#4 帰る場所など
『レビトン粒子の戦闘濃度散布を確認』
ヲッチ号の格納庫で、セイトはブリッジからの声を聞いていた。
『電波障害発生。以降、通信及び索敵は可視光レーザーを使用して行う』
ナービの声は、つい先ほどまで熱唱していたとは思えないほど、落ち着いていた。
『あたしらは正規軍に先行して現場に行くよ! リーベルは発進用意!』
ヂオウの力強い声も重なる。白と青のパイロットスーツに身を包んだセイトは、ヘルメットを被ってコックピットに飛び込んだ。後部座席には、同じような格好のニコがいる。
「セイト。リアクター起動するよ」
暗いコックピットに、ニコの平坦な声。その特殊な脳波が両脚部のレビトンリアクターに届くことで、コアとなる物質の質量が、エネルギーへと変換される。
『パラレル・リアクター・オペレーティング・システム、正常に起動しました』
二度目の起動シークエンス。
『感応波照合。ニコ』
『パイロット脳波照合。セイト』
球殻となっているコックピットブロックの内壁が、ディスプレイとして点灯する。
『TPZX-36リーベル』
セイトの前にあるタッチパネルに機体名が表示される。そこには、『STAND BY』の文字も。
「リーベルからヲッチ号ブリッジへ。リーベル、発進準備完了。どうぞ」
『ブリッジからリーベルへ。了解した』
応じるのはナービ。
(通信と索敵、って言ってたけど、管制もやるんだ……)
内心驚きながら、表情は動かさない。
『カタパルトデッキ解放。整備ボットに退避命令』
ウゥウゥというサイレンが鳴って、格納庫の正面にあったシャッターが上がっていく。ビュウウッ、と風が吹き込んでくる。
『今回は敵機との距離が近いため、カタパルトによる射出は行わない。降下タイミングはリーベルに一任する』
「了解」
両手で武器管制スティックを握る。武装チェック。ビームソードはオールグリーン。左腕部の複合シールドは、粒子シールドの展開機能まで備わっている。それを認めて、格納庫の壁にある、ドラムマガジンつきのビームカービンを手にする。タッチパネルにエラー表示が出る。
「ニコ、エラーが!」
「大丈夫。私が調整するよ、セイト」
十八メートルの巨人が、赤い非常灯が回る格納庫を出た。
「ニコ、リアクターの出力に異常は」
「ないよ、セイト」
「なら……」
ごくり、セイトは唾を呑んだ。
「リーベル、出ます!」
船首のデッキに出ると、既に対空砲の赤い光が空を駆けていた。だが、緑で塗装された、禿頭のようなゼロアニマの降下は、止められていなかった。
「あれは、確か、マリンク!」
「セイト、射撃システム、エラーだけは消せたよ」
「ありがとう!」
スラスターを吹かして飛び降りた、リーベル。その右手にあるビームカービンから、赤い光弾が連続して放たれた。不意打ちとなった第一撃は、地面で掃射を行っていたマリンクの一つを撃ち抜き、爆発させた。一方で、地面にも深い弾痕を残す。
残る下半身は、無言のままに立っている。
降下しながら、セイトは周囲の状況を確認していた。孤児院が近くにある。市街地も、遠くない。
「セイト、射線上に民間人がいるかもしれない」
「ビームをばら撒けば、危ないか……!」
彼はカービンを背中に懸架し、ビームソードを抜く。同時に、緑のマリンクも腰背部にあった武器を手にした。ビームアックスだ。低空に浮いている敵に対し、彼は突撃を選んだ。
ソードが、アックスと打ち合う。赤い粒子ビームで作られた斧であったが、それはあっという間に剣に押し負け、発振ユニットを両断される。爆ぜる、ビームアックス。
煙に紛れて高度を上げようとした相手に、セイトは更なる突撃を敢行する。
「逃げるなァッ!」
マリンクの胸部に備わるガトリング砲が、火を放つ。同時に、リーベルの左腕に備わっていた実体シールドから、赤い粒子シールドが作られる。光弾は、簡単に防がれた。
「スラスターの、パワーで!」
マリンクとリーベルの推力差は、何をどうしたって埋められないものだった。逃げることも反撃することも叶わないマリンクの右腕を、ビームソードが断つ。そこから、リーベルは左手にも剣を握り、胸部のリアクターを断ち切った。爆発。
『こちらヲッチ号! リーベル、速いのがいる、潰してくれ!』
母艦から送られるライダー──レーザーセンシング機器の情報が、全天周囲モニターに重ねられる。未確認機が一つ、猛烈なスピードで急降下を行っている。
「了解!」
セイトは、背部のスラスターユニットから大量の粒子を放ちながら、その機体を追った。
紫。機体のコンピューターも、相手の機種を同定できていない。右手に直刀型のビームブレイドを握り、腰部には大型のスラスターユニットが備わっていた。
そのユニットに内蔵されたビーム砲が、地上へと狙いを定める。照準の先は、孤児院の細長い建物。
「やらせるかァ!」
セイトは叫びながら、全身の推進器のスロットルを、全開に持っていく。だが、遅かった。艦艇用のビーム砲も斯くや、というエネルギー量を、リーベルのセンサーが捉える。
結果として、孤児院は跡形もなく消失した。地下のシェルターまでも、抉られている。爆発の後に残ったのは、溶融した鉄筋の残滓だけ。
「嫌ッ、入ってくる!」
ニコが悲鳴を挙げながら、頭を抱える。
「みんな、死にたくなかったのに!」
その最中、セイトは静かに指先を痙攣させていた。
「……やったな」
気づけば、スピーカーをオンラインにしていた。
「やったな、紫の機体!」
そして、痙攣を押し殺す。
「ここで、墜とす!」
二振りのビームソードを携え、セイトは真正面から敵に仕掛ける。二度、三度と振るわれる糸のようなビームの刃は、そのどれもが躱される。更には、振り抜いた後の僅かな隙で蹴り飛ばされ、ロックオンまでされてしまう。
半ば反射で機体を動かせば、その横を高エネルギー反応が駆け抜けていく。掛かるGに、彼は奥歯を砕かんほどに噛み締める。右手のソードを振り上げ、相手の直刀に打ち付ける。
巻き取って無力化──とはいかなかった。相手は単に受けるのではなく、弾くように得物を動かして、リーベルのビームソードの軌道を逸らしたのだ。
開いた胴体。紫の機体は、ハイキックでリーベルの右腕を打つ。ビームソードが手から離れて、光の刃が立ち消える。ふらついた所へ、刺突が来る。
その時、相手は突然に機体を後退させた。直後、ヲッチ号からの艦砲射撃が飛ぶ。紫の機体は、急上昇を始める。上空には、恰幅のいい宇宙船の群れが浮いている。
『小僧、吾輩の援護の感想はどうだ!』
合成音声が届いた。
『イズモ、ちょっと黙りな──リーベル、コントロールから指示が入った。敵は後退を始めたよ』
「追撃しますか」
『別の賞金稼ぎが行ったよ。あたしらの仕事は、ここまで』
ヲッチ号をそのまま大きくして三胴船にした、まだ新しい船が高度を上げていく。されど、それが追い付く前に、敵の宇宙船は姿を消した。
「レビトンジャンプされたら、追いつけないもんな……」
セイトは静かに呟いた。裏世界に入るワープ航法だ。追跡は、難しい。
「そうだ! ニコ、大丈夫⁉」
振り向くと、ニコは目の前のディスプレイに体を預けて、体を小刻みに揺らしていた。
「休ませて、セイト……」
彼は落ちたビームソードを拾ってから、機体を母艦に戻した。セイトが一報を入れていたことで、格納庫には白衣の医者と医療ボットが控えていた。
「少年、君も来るといい」
医者は、そう言ってストレッチャーに乗ったニコを、セイトに追わせた。
彼女に施されたのは、休養と点滴だった。真っ白なベッドの上で、彼女は魘されているようにか細い声を出す。
「
医者は、診察室でセイトの前に座り、そう言った。胸の名札には、『ZOBA』という名前がある。
「レビトンリアクターのコアに質量崩壊反応を引き起こさせる、特殊な脳波を持った人間……それは、知っておるな?」
「ええ、まあ」
ゾバは、何度か頷いてみせる。
「それが一側面でしかないことも、か?」
「はい。優れた素質がある場合、他者の脳波を読み取ることさえ可能……ですね?」
「うむ」
ゆっくりと、立ち上がるゾバ。
「ニコは、その中でもとびっきり優秀な存在と言えるであろう。しかし、同時にデメリットでもある」
「デメリット?」
「他者が抱く死の恐怖をも、感じ取るのだよ。特に、弱き者が見せる、劈くような恐怖を」
孤児院が焼かれた時、そこに暮らしていた子供たちは何を思っていたか。セイトは、静かに考えた。
「しっかり、傍にいてやるのだぞ。そうしなければ、ニコは壊れてしまうかもしれん」
それから、暫くセイトはニコから離れられなかった。一言も発さないで、恐怖に脅かされる少女を、見つめていた。何も守れなかった、と悔恨を抱きながら。
後書き
紫の機体(ジーベン)設定資料 https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051603595249410
マリンク 設定資料
https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051603597814971
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