#3 マフィアの胎動

 パリン、グラスが床に落ちて、割れた。


「死んだのか」


 赤髪赤目、赤い肌の男は、銀で装飾された椅子から立ち上がり、そう呟いた。


「はい。サン・デンド様。ソージ様は、リーベルを奪った謎のパイロットの手で……」


 跪く部下を見下ろす、サンという男は、拳をわなわなと震わせる。奥歯が噛み締められ、ギリリと軋む。


「……殺せ」


 静かな命令が下る。


「どこのどいつかは知らんが、我が『デンド・ファミリー』に喧嘩を打ったことを、あの世でも後悔させてやれ!」


 サンのよく通る声が、部下を怯ませる。


「その、カッタは使うのですか」

「ほう、ノービード星付近にいるのか?」

「裏世界に潜伏しております」


 彼の口端の、確かな歪み。


「カッタにやらせろ。あいつなら、殺せるだろうからな……」


 動き出したマフィア、デンド・ファミリー。セイトにとって、その出会いは運命だた。





「院長、これまでお世話になりました」


 セイトは、孤児院の前でそう頭を下げた。


「ああ、頑張りなよ」


 前にいるのは、院長と呼ばれた初老の男。金属製の右手で、ポスンと彼の肩を叩く。


「にしても、賞金稼ぎになるとはね……」


 男が言うと、セイトは気まずい気持ちでその顔を見ることになる。穏やかではない。唇は微かに震え、眉にはぐっと力が籠っている。


「送るよ。おいで」


 院長に告げられ、彼は脚元に置いていたボストンバッグを持ち上げ、後を追った。


「この孤児院も、かなり古い」


 電柱と電線の青空。茶色い砂のグラウンド。白かった壁は、既に黄ばんでいる。そういう孤児院の中を、二人は歩き始める。


「マフィアや脱走兵が悪さを働いているせいで、孤児は増えるばかり。だけど、大人は悪人に対処する人員を用意するだけで手いっぱいだ。自分の子以外を育てる余裕があるのは、私のような恋愛も結婚もしないまま退役した、老いぼれだけ」

「しかし、孤児院には補助金が出るのでしょう?」

「食べ盛りの三十人も抱えれば、育てるだけでギリギリさ」


 緩やかな足取りで行き着いたのは、駐車場。院長はワンボックスカーのスイッチを入れ、静かなモーターの駆動音と共に走り出す。


「その、院長は、俺がパイロットになるのは反対していたんですか」


 助手席で、セイトは伏し目がちな顔で問う。


「反対、というよりは……君が生き急いでいるなら、止めてやりたい。パイロットになること自体は否定しないさ。一年で十八万クレジットも稼ぐ、高給取りだしね」


 院長はそっと窓を開け、秋風を取り込んだ。


「だから、約束してほしい。自分から死にに行くようなことはしない、と」

「わかってます。両親のことを知るまでは、死ねません」

「その心意気も危うい。君は、君の両親に羈束されているんだ」

「だとしても、俺は決めたんです。どうして二人が行方不明になって、今どこにいるのか。生きていないなら、どこで死んだのか。それを知るんだ、知るために同じ宇宙を目指すんだ、って」


 院長はそれ以上何も言わなかった。すぐに宇宙港の入り口に来たからだ。


「それじゃあ、いつかは出世払いで奢ってくれよ、セイトくん」


 院長にそう見送られ、少年はバッグ片手に港を進む。待っていたのは、有翼の単胴船だった。


 それは、セイトの知る船には当てはまらないものだった。いや、退役した船として紹介される一幕もあったかもしれない。そう思わせるほどに、古い船だ。高さは四十メートル、胴体の幅は十五メートルほど、と彼は推定する。


 両翼には動力ユニットが吊り下げられ、更にそこに砲身が直結されている。その上には単装砲。


(重武装っぽいけど、軍の船よりはシンプルだな……)


 そう思いながら、周囲を回る。後ろに来ると、艦尾と両翼部のユニットにスラスターがついているようだとわかる。


「いい船だろ?」


 酒焼けした声が、彼の背後から降りかかる。体を回せば、茶色い肌に角を持つ男──エイダーがそこにいた。革──本革か合皮かはわからないが、そういうものでできていそうなジャケットを、エイダーは身に着けていた。


「セイト・イミバシ、到着しました」


 反射的に、セイトは挙手の敬礼をした。


「時間通りの到着、ご苦労。乗れよ、狭い船だが、満足できるはずだ」


 歩きながらの答礼。船首のカタパルトデッキから入ると、ゼロアニマが二機、立っていた。人型整備ボットが十五体ほど稼働し、腕を失ったエイダーのザンクトを修理する光景が、広がる。若い女性が、二人の助手を連れて、手元の端末でボットに指示を出しているのも見える。


「腕の分、稼いでもらうからな」

「大体、いくらくらいですか」

「さあね、百万クレジットくらいか?」


 セイトは、パイロット候補生として支給された手当を計算する。一年で三万クレジット。正式にパイロットになっても年収は十八万だ。


「そう絶望すんな。賞金稼ぎってのは、結構実入りがいいんだぜ?」

「だと、いいんですが……」


 格納庫を抜けると、居住区だった。奥行きは三十メートルほどか。廊下の壁際には、何体ものボットがスリープモードで置かれている。その様は、まるで遥か昔にあったという磔刑にも似ている、とセイトは感じた。


「わりいな、人を減らしたくてボット大量に使ってんだ。あれは警備ボット、あれはリアクター整備用の専門ボット。整備ボットも結構な数──」


 説明を聞いている内に、居住区中央を貫くエレベーターに着く。円筒状の構造物を伝って、セイトは歪んだ音色を聞いた。熱唱も、伝わってくる。


「誰か歌ってるんですか?」

「あー……いるんだよ、ミュージシャン志望。へたくそなギターだが……」

「結構上手だと思いますけど」


 スーン、とエレベーターは二人を上層へと運んでいく。だが、途中で停まった。


「ありゃ、全員上層階にいる筈なんだが……」


 そうエイダーが訝った一瞬、入ってきたのは桃髪の少女だった。


「久しぶり、セイト」

「一日しか空いてないよ……」


 ニコ。紙パックの牛乳をストローで飲みながら、彼女はセイトの隣に立った。


「あのさ、ニコ」

「名前を知ったのは、感応者としてセイトの思考を読んだから。名乗るか迷って、自分の名前と偽名を思い浮かべてた」

「その発言も、思考を読んで?」

「うん。私は、人の心を聞くのが得意だから」


 何もかも見透かされているようで、セイトは一抹、居心地の悪さを感じた。


「さて、艦橋だぜ」


 ポーン、と電子音が鳴って、エレベーターの扉が開いた。


『ハーッハッハ! やっと来たか、吾輩の忠実なる従僕よ!』


 合成音声が、艦橋に入るなり聞こえてきた。更にディストーションの掛かったエレキギターの大音量と、それに負けない歌声で満たされている。


「イズモ、元気か?」

『うむ! 吾輩のシステムに異常はない! 所で、その子供は何者だ?』

「新しい従僕だよ」

『そうかそうか。名乗れい!』


 セイトは、エイダーの顔と、天井に掛かった小さなディスプレイの間で視線を行き来させる。十三歳程度の、子供の顔が浮かんでいるディスプレイだ。


「セイト・イミバシ。それで、えっと──」

『イズモ! 真名はイズーモ・エツマダ──』

「静かにしてくれ!」


 エレキギターを抱えていた青肌の青年が、声を荒げた。


「音色が乱れるだろうが」

「元から大した音楽性もねえだろ」

「エイダー、もっと手心を……というか、新入り二人目が来たんだな」

「おう。セイト・イミバシ。パイロット資格は持ってるみたいだぜ」


 青肌の彼は、立ち上がってウィンクをセイトに向ける。


「ナービ。通信と索敵を担当してる。お前とは、結構話すことになりそうだ」

「よろしくお願いします、ナービさん」

「初陣で一機墜としたんだって? 将来有望なパイロットは、歓迎だ」

「性能で勝ったんですよ」


 握手を交わした後、ブリッジ内にキーン、と甲高い、耳鳴りのような音が走った。


「こちらヂオウ。飯ができたよ、とっととおいで!」


 パン、とエイダーが手を叩いた。


「んじゃ、早速うちのシェフの腕前を見せてやる! ついてこい!」


 生身の肉体を持つ彼らは、イズモを置いてエレベーターへ。一層下には、食堂があった。十五人が揃う、食卓だ。


「おーっす、エイダー!」


 一つしかないテーブルに、もう一人着いていた。茶色い肌に赤い入れ墨を入れた、長身の女性だ。手元には、瓶詰がある。


「ねえねえ、エイダー、お酒飲んでいい?」

「もうじき出港だぞ、ヘルト。出撃に備えなきゃならねえんだ」

「でも、どうせエイダーのザンクト使えないじゃん!」


 そう言いながら、ヘルトという彼女は瓶詰の塩辛を一つ、箸で頬張った。


「ほらほら、座りなよ。飯が冷めちまうんだから」


 今日の昼食は、白米に唐揚げ、牛蒡のサラダ。味噌汁とブラウンの茶もある。


「ここらの食事を再現したんだ。セイトなんかは、結構気に入ると思うよ」


 配膳する、一人の白人女性。中年程度の人間だろう、とセイトは推測したし、それは事実当たっていた。


「あたしゃ、ヂオウ。一応、艦長とコックを兼任してる」

「艦長と、コック?」

「いいから食うんだよ!」


 そう、ヂオウが怒鳴った。だが、そこでサイレンが鳴る。


『お前ら、通信が入ったぞ。吾輩が繋げてやる!』

『こちら宇宙港警備隊。付近にアンノウンが接近している。停泊中の部隊と賞金稼ぎクランに、臨時の討伐任務を言い渡す』


 食事を前に、セイトは椅子を蹴飛ばす勢いで、立ち上がる。


「行きます」

「大丈夫なんだな?」

「ここには、俺の育った孤児院がある。だから、行かないと」


 牛乳パックを置いたニコが、彼の手を掴んで歩み出した。


「じゃあ、行こうよ、セイト。きっと、大丈夫だから」


 しかし、セイトは敗北を喫する。


後書き

ヲッチ号設定資料 https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051603591038463

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