#3 マフィアの胎動
パリン、グラスが床に落ちて、割れた。
「死んだのか」
赤髪赤目、赤い肌の男は、銀で装飾された椅子から立ち上がり、そう呟いた。
「はい。サン・デンド様。ソージ様は、リーベルを奪った謎のパイロットの手で……」
跪く部下を見下ろす、サンという男は、拳をわなわなと震わせる。奥歯が噛み締められ、ギリリと軋む。
「……殺せ」
静かな命令が下る。
「どこのどいつかは知らんが、我が『デンド・ファミリー』に喧嘩を打ったことを、あの世でも後悔させてやれ!」
サンのよく通る声が、部下を怯ませる。
「その、カッタは使うのですか」
「ほう、ノービード星付近にいるのか?」
「裏世界に潜伏しております」
彼の口端の、確かな歪み。
「カッタにやらせろ。あいつなら、殺せるだろうからな……」
動き出したマフィア、デンド・ファミリー。セイトにとって、その出会いは運命だた。
◆
「院長、これまでお世話になりました」
セイトは、孤児院の前でそう頭を下げた。
「ああ、頑張りなよ」
前にいるのは、院長と呼ばれた初老の男。金属製の右手で、ポスンと彼の肩を叩く。
「にしても、賞金稼ぎになるとはね……」
男が言うと、セイトは気まずい気持ちでその顔を見ることになる。穏やかではない。唇は微かに震え、眉にはぐっと力が籠っている。
「送るよ。おいで」
院長に告げられ、彼は脚元に置いていたボストンバッグを持ち上げ、後を追った。
「この孤児院も、かなり古い」
電柱と電線の青空。茶色い砂のグラウンド。白かった壁は、既に黄ばんでいる。そういう孤児院の中を、二人は歩き始める。
「マフィアや脱走兵が悪さを働いているせいで、孤児は増えるばかり。だけど、大人は悪人に対処する人員を用意するだけで手いっぱいだ。自分の子以外を育てる余裕があるのは、私のような恋愛も結婚もしないまま退役した、老いぼれだけ」
「しかし、孤児院には補助金が出るのでしょう?」
「食べ盛りの三十人も抱えれば、育てるだけでギリギリさ」
緩やかな足取りで行き着いたのは、駐車場。院長はワンボックスカーのスイッチを入れ、静かなモーターの駆動音と共に走り出す。
「その、院長は、俺がパイロットになるのは反対していたんですか」
助手席で、セイトは伏し目がちな顔で問う。
「反対、というよりは……君が生き急いでいるなら、止めてやりたい。パイロットになること自体は否定しないさ。一年で十八万クレジットも稼ぐ、高給取りだしね」
院長はそっと窓を開け、秋風を取り込んだ。
「だから、約束してほしい。自分から死にに行くようなことはしない、と」
「わかってます。両親のことを知るまでは、死ねません」
「その心意気も危うい。君は、君の両親に羈束されているんだ」
「だとしても、俺は決めたんです。どうして二人が行方不明になって、今どこにいるのか。生きていないなら、どこで死んだのか。それを知るんだ、知るために同じ宇宙を目指すんだ、って」
院長はそれ以上何も言わなかった。すぐに宇宙港の入り口に来たからだ。
「それじゃあ、いつかは出世払いで奢ってくれよ、セイトくん」
院長にそう見送られ、少年はバッグ片手に港を進む。待っていたのは、有翼の単胴船だった。
それは、セイトの知る船には当てはまらないものだった。いや、退役した船として紹介される一幕もあったかもしれない。そう思わせるほどに、古い船だ。高さは四十メートル、胴体の幅は十五メートルほど、と彼は推定する。
両翼には動力ユニットが吊り下げられ、更にそこに砲身が直結されている。その上には単装砲。
(重武装っぽいけど、軍の船よりはシンプルだな……)
そう思いながら、周囲を回る。後ろに来ると、艦尾と両翼部のユニットにスラスターがついているようだとわかる。
「いい船だろ?」
酒焼けした声が、彼の背後から降りかかる。体を回せば、茶色い肌に角を持つ男──エイダーがそこにいた。革──本革か合皮かはわからないが、そういうものでできていそうなジャケットを、エイダーは身に着けていた。
「セイト・イミバシ、到着しました」
反射的に、セイトは挙手の敬礼をした。
「時間通りの到着、ご苦労。乗れよ、狭い船だが、満足できるはずだ」
歩きながらの答礼。船首のカタパルトデッキから入ると、ゼロアニマが二機、立っていた。人型整備ボットが十五体ほど稼働し、腕を失ったエイダーのザンクトを修理する光景が、広がる。若い女性が、二人の助手を連れて、手元の端末でボットに指示を出しているのも見える。
「腕の分、稼いでもらうからな」
「大体、いくらくらいですか」
「さあね、百万クレジットくらいか?」
セイトは、パイロット候補生として支給された手当を計算する。一年で三万クレジット。正式にパイロットになっても年収は十八万だ。
「そう絶望すんな。賞金稼ぎってのは、結構実入りがいいんだぜ?」
「だと、いいんですが……」
格納庫を抜けると、居住区だった。奥行きは三十メートルほどか。廊下の壁際には、何体ものボットがスリープモードで置かれている。その様は、まるで遥か昔にあったという磔刑にも似ている、とセイトは感じた。
「わりいな、人を減らしたくてボット大量に使ってんだ。あれは警備ボット、あれはリアクター整備用の専門ボット。整備ボットも結構な数──」
説明を聞いている内に、居住区中央を貫くエレベーターに着く。円筒状の構造物を伝って、セイトは歪んだ音色を聞いた。熱唱も、伝わってくる。
「誰か歌ってるんですか?」
「あー……いるんだよ、ミュージシャン志望。へたくそなギターだが……」
「結構上手だと思いますけど」
スーン、とエレベーターは二人を上層へと運んでいく。だが、途中で停まった。
「ありゃ、全員上層階にいる筈なんだが……」
そうエイダーが訝った一瞬、入ってきたのは桃髪の少女だった。
「久しぶり、セイト」
「一日しか空いてないよ……」
ニコ。紙パックの牛乳をストローで飲みながら、彼女はセイトの隣に立った。
「あのさ、ニコ」
「名前を知ったのは、感応者としてセイトの思考を読んだから。名乗るか迷って、自分の名前と偽名を思い浮かべてた」
「その発言も、思考を読んで?」
「うん。私は、人の心を聞くのが得意だから」
何もかも見透かされているようで、セイトは一抹、居心地の悪さを感じた。
「さて、艦橋だぜ」
ポーン、と電子音が鳴って、エレベーターの扉が開いた。
『ハーッハッハ! やっと来たか、吾輩の忠実なる従僕よ!』
合成音声が、艦橋に入るなり聞こえてきた。更にディストーションの掛かったエレキギターの大音量と、それに負けない歌声で満たされている。
「イズモ、元気か?」
『うむ! 吾輩のシステムに異常はない! 所で、その子供は何者だ?』
「新しい従僕だよ」
『そうかそうか。名乗れい!』
セイトは、エイダーの顔と、天井に掛かった小さなディスプレイの間で視線を行き来させる。十三歳程度の、子供の顔が浮かんでいるディスプレイだ。
「セイト・イミバシ。それで、えっと──」
『イズモ! 真名はイズーモ・エツマダ──』
「静かにしてくれ!」
エレキギターを抱えていた青肌の青年が、声を荒げた。
「音色が乱れるだろうが」
「元から大した音楽性もねえだろ」
「エイダー、もっと手心を……というか、新入り二人目が来たんだな」
「おう。セイト・イミバシ。パイロット資格は持ってるみたいだぜ」
青肌の彼は、立ち上がってウィンクをセイトに向ける。
「ナービ。通信と索敵を担当してる。お前とは、結構話すことになりそうだ」
「よろしくお願いします、ナービさん」
「初陣で一機墜としたんだって? 将来有望なパイロットは、歓迎だ」
「性能で勝ったんですよ」
握手を交わした後、ブリッジ内にキーン、と甲高い、耳鳴りのような音が走った。
「こちらヂオウ。飯ができたよ、とっととおいで!」
パン、とエイダーが手を叩いた。
「んじゃ、早速うちのシェフの腕前を見せてやる! ついてこい!」
生身の肉体を持つ彼らは、イズモを置いてエレベーターへ。一層下には、食堂があった。十五人が揃う、食卓だ。
「おーっす、エイダー!」
一つしかないテーブルに、もう一人着いていた。茶色い肌に赤い入れ墨を入れた、長身の女性だ。手元には、瓶詰がある。
「ねえねえ、エイダー、お酒飲んでいい?」
「もうじき出港だぞ、ヘルト。出撃に備えなきゃならねえんだ」
「でも、どうせエイダーのザンクト使えないじゃん!」
そう言いながら、ヘルトという彼女は瓶詰の塩辛を一つ、箸で頬張った。
「ほらほら、座りなよ。飯が冷めちまうんだから」
今日の昼食は、白米に唐揚げ、牛蒡のサラダ。味噌汁とブラウンの茶もある。
「ここらの食事を再現したんだ。セイトなんかは、結構気に入ると思うよ」
配膳する、一人の白人女性。中年程度の人間だろう、とセイトは推測したし、それは事実当たっていた。
「あたしゃ、ヂオウ。一応、艦長とコックを兼任してる」
「艦長と、コック?」
「いいから食うんだよ!」
そう、ヂオウが怒鳴った。だが、そこでサイレンが鳴る。
『お前ら、通信が入ったぞ。吾輩が繋げてやる!』
『こちら宇宙港警備隊。付近にアンノウンが接近している。停泊中の部隊と賞金稼ぎクランに、臨時の討伐任務を言い渡す』
食事を前に、セイトは椅子を蹴飛ばす勢いで、立ち上がる。
「行きます」
「大丈夫なんだな?」
「ここには、俺の育った孤児院がある。だから、行かないと」
牛乳パックを置いたニコが、彼の手を掴んで歩み出した。
「じゃあ、行こうよ、セイト。きっと、大丈夫だから」
しかし、セイトは敗北を喫する。
後書き
ヲッチ号設定資料 https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051603591038463
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