#2 リーベル、起動
セイトは、自らの前にあるタッチパネルのディスプレイを見た。機体の情報が表示される。
「『TPZX-36 リーベル』……まだ制式採用されてない、試作機なんだ」
コックピットハッチは固く閉ざされている。銃弾の跳ねる音も聞こえてこない。
その静かなコックピットの中で、ディスプレイの表示が変わる。機体全体のシステムチェックが走った。
『パラレル・リアクター・オペレーティング・システム、正常に起動しました』
『レビトンリアクター、脱色状態で起動。以降、当該
『機体システムにパイロットの脳波を登録。以降、当該パイロットの脳波のみで制御されます』
『思考制御システム、起動します』
『R鉱石、質量崩壊反応を開始』
コックピット内壁が光り、全天周囲モニターとなる。股座から生えるタッチパネルに表示されるウィンドウを確認し、消す。
「起動完了だよ、セイト」
ニコの声を聞いて、彼は両手を伸ばした位置にある武器管制スティックを握る。そこで、リーベルの頭部バイザーが輝いた。
外の酷く騒がしい声を、機体の集音機が拾う。
「起動したぞ……動く、動くぞ!」
「ザンクトを持ってこい! 多少壊してでも止めろ!」
リーベルは、キャットウォークを破壊しながら、歩き出す。手に武器はない。セイトの考えるままに、機体は鋼の足場を徒手でありながら捻じ曲げ、引き千切る。
「スラスターは⁉」
セイトはタッチパネルに触れて、機体の情報を探る。一歩歩きだした状態で、機体が止まっている。ピッ、ピッと電子音が響く中、彼はやっとお目当てのものに到達した。
「ニコ、リアクターに異常は⁉」
「ないよ、セイト」
「なら、最大出力!」
背中に備わっていた二基の大型のスラスターユニットが、瞬時に蒼い光を放つ。すると、セイトを暴力的なGが襲った。手が震え、意識が飛びそうになるほどの、加速度。
「ザンクトとは……桁違いだッ!」
そう呻いた時、機体は格納庫のハッチにぶつかって止まる。激しい金属音が響くその密室で、青いゼロアニマが動いていた。全天周囲モニターに表示された情報は、それを『ZANCT』であると、セイトに告げる。
ザンクト。ストラト共和国の主力機。球状のカメラアイが特徴の、ごつごつとした機体だ。腿に備わっていたビームソードを抜いて、赤い光の剣を生成した。
「ニコ、この機体、武器は使える?」
彼は、タッチパネルを操作して、武器の存在を確かめる。背部スラスターユニットに、一基ずつビームソードがある。
下にいたマフィアたちは、既に退避していた。ここにあるのは、魂の宿らない人型兵器、ゼロアニマのみ。
「リアクターは既定の出力を維持してる。ビームソードも使えるよ」
その声を聞いた彼は、思考を機体に送りつつ、右手の武器管制スティックのボタンを押した。命令に従った機体は、柄だけの剣を取る。
「大丈夫。大丈夫。訓練通りに、やればいい!」
自分に言い聞かせながら、彼の思惟はビームソードを発振させた。極めて細い、糸のようなビームの剣が生成された。眼前に立つザンクトのそれとは、比べ物にならないほど細い。
「今機体を降りるなら、我がソージ・デンドの名に於いて、半殺しで済ませてやるが?」
ザンクトから声が聞こえてくる。
「駄目、セイト。ここから、私を連れだして」
「連れ出す、って……捕まってるのか?」
「詳しいことは後で話す。だから、戦って」
ドクン、とセイトの心臓が酷く脈打つ。これは実戦。シミュレーターとはわけが違う。どうすれば勝てるか、どうすれば生き残れるか。それら全ての思考を、彼はかなぐり捨てる。
「兵貴神速!」
ビームソードを両手に持ち、前進。スラスターのパワーで強引に接近した彼の機体は、ザンクトの武器と斬り結ぶ。ジジジッ、と飛散粒子が格納庫を焼き、装甲に僅かな傷を作る。
だが、勝ったのはリーベルだ。その細すぎるビームの束は、ザンクトのものを乱し、一方的に相手の胸を裂いた。ワンオブゼムのパワーでは、ワンオフ機のパワーには勝てない。
そして、爆発。格納庫の内壁が吹き飛んで、夜空に煙が昇る。サイレン鳴り響く基地の喧騒が、届いた。スティックのボタンから指を離したことで、剣が消える。
「ゼーエンにて緊急事態発生! ゼロアニマ隊は出撃せよ!」
「いや、俺に任せな!」
夜空から、単胴の宇宙船が降下してくる。有翼であることは、この場にある戦艦と変わりはない。その船首から、オレンジのゼロアニマが飛び立った。
スラスターの噴射で減速、からの着地。オレンジに塗り、装甲を削ったザンクトだ。頭部は球状のセンサーではなく、横一文字のバイザー型になっている。
「誰が操縦してるかは知らねえが、感応者の名前はニコ。だろ?」
「何で知って……ッ!」
セイトは、酒焼けした声の男に向け、再び剣を作った。頭が熱い。どこか、ブレーキが壊れたように前進の思考を機体へ送っていた。
「マフィアに、ゼロアニマなんてくれてやるもんか!」
ビームソードの、横薙ぎ。受け止めようとしたザンクトだったが、先程戦ったものと同じように、刀身を断たれて頭を溶かされる。
「俺はマフィアじゃねえ、話を聞け!」
「命乞いかァッ!」
一歩、また一歩と後退るオレンジのザンクト。その腕を、リーベルの剣が断ち切った。セイトは、胸へと狙いを定めた。
「これで、終わりにッ!」
「駄目!」
ニコが叫ぶ。
「その人は、私を助けたいの!」
「ええッ⁉」
ビームソードの先端が、コックピットブロックの正面を焼く。だが、そこまでだった。反射的にボタンから指を離していたことで、ザンクトの胸を打ったのは柄だけだ。
「あっぶねぇな……」
周囲に青いザンクトが集まる。やってしまった。そう思いながら、セイトはコックピットハッチを開いた。
◆
夜が明けた。軍の独房に放り込まれていたセイトの前に、鍵を持った看守がやってくる。
「セイト・イミバシ。出ろ」
そう告げられ、彼は手錠が掛かったまま歩かされる。向かう先は、黴臭い尋問室だった。
「お前が、セイトねえ」
目の前に座っているのは、髪の無い頭に小さな角がある、茶色い肌の男。赤い入れ墨まで入っている。あの筋肉達磨と同じ種族だ、とセイトは少し嫌悪感を顔に出す。
「ま、座れよ。大事な話だからな」
勧められたものと隣り合う席には、紙パックの牛乳を持った、桃髪のニコがいる。看守が出て行くのを認めた目の前の男は、酒焼けした声で、
「お前のやったことは、普通なら除籍じゃ済まねえ」
と言う。知っている声だ、とセイトは感じた。あの、オレンジのザンクトに乗っていたパイロットだ、と。
「制限エリアへの不法侵入。許可を得ずに軍艦へ入り込んだ。更には、最新鋭の試作機を勝手に動かした」
並べられると、セイトは何も言い返せない。
「軍事法廷にかけられて、一生刑務所に入ることになってもおかしくねえ。それはわかってるな?」
「……はい」
彼は、静かな声で応じた。
「だが、一つだけ、真っ当に生きる方法がある」
少年の目は、真っ直ぐに男を見つめる。
「俺の所に来い。賞金稼ぎ、俺──エイダー率いるクランのパイロットとしてな」
「賞金稼ぎって……銀河を飛び回る、いわば傭兵ですよね。なんで、それが軍事法廷を回避する理由になるんですか」
「簡単さ。俺はそのニコってガキをマフィアから取り戻すよう、ストラト軍から依頼を受けていたんだ。成功すれば、多額の報酬と新型機をくれてやる、という条件でな」
セイトは、傍らにいるニコに視線を落とす。百四十センチほどの、小柄な肉体。
「だが、その新型機のリアクターはニコの脳波でしか動かねえし、システムにはお前、セイトの脳波が登録されちまった。マフィアが作り上げた、強固なプロテクトと一緒にな」
「つまり、俺とニコの組み合わせ以外では運用できない?」
「ああ、そうだ。だから、俺と来い。お前がぶっ壊した機体の弁償も兼ねてるからな」
「拒否したら、無期懲役なんですよね」
エイダーは、ニイッと笑う。
「ああ、ハイスクールを除籍になった上で、な」
「応じたら、学校はどうなるんですか」
「自主退学で済ませてやるそうだ。幸い、パイロット資格は取ってるみたいだし、法的な問題はねえよ」
ニコは何も言わない。ただ、牛乳を飲んでいるだけ。
「……行きます」
孤児院の院長の穏やかな顔が浮かぶ。奨学金の手続きも、受験費用の捻出もやってくれた存在だ。除籍になれば、ハイスクールに入ったということさえ公的に語れなくなる。
「まだ、そっちの方がやり直しのできる道なら、俺はやります」
「交渉成立だ、セイト・イミバシ」
がたりと立ち上がったエイダーが、手を差し出す。
「これから、よろしく頼むぜ」
セイトも腰を上げ、手錠が嵌められたままの手首を前に向ける。確かな握手が、交わされた。
後書き
ザンクト 設定資料 https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051603526867979
ザンクト・ライトアーマー 設定資料
https://kakuyomu.jp/users/CatFieldSlashDriedFish/news/2912051603526891159
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