リーベル戦記~セイト・イミバシ18歳、ハイスクールを辞めて銀河を駆ける賞金稼ぎのパイロットになる~

千王石ハクト

セイト、賞金稼ぎになる

#1 ニコとの出会い

「あーあー、ヲッチ号から『リーベル』へ。感明送れ。どうぞ」


 青い肌の青年が、無線の送受話器を口に持っていき、気怠そうに言う。


『こちらリーベル。メリットファイブ』


 まだ垢抜けない、若い声が応じる。ここは宇宙船ヲッチ号の艦橋。青肌の彼の前には、白と青で彩られた人型機動兵器が飛んでいた。


「セイトくんも、最新鋭機だってのに、あっという間に慣れちまって……」


 セイト。十八歳の若きパイロット。人型兵器『リーベル』を駆る彼は、本来ならばこんな所にいる筈はなかった。寂れた賞金稼ぎクランの、オンボロ船になど。


「ホントに、孤児からパイロット科に入ったのにねえ」


 白人の女が、舵輪を握って言う。


「不良に脅されたことがきっかけでハイスクールを辞めちまうなんて、勿体ない人生だよ……」





 数日前、午後十二時三十分。黒髪黒目という典型的な黄色人種の少年は、ハイスクールの校舎裏で、オリーブドラブのジャケットを着崩した、恰幅のいい生徒たちに囲まれていた。


「で……セイト・イミバシくん、ちょいと遊んでくれないか? 暇しててねえ、俺たち」


 セイトと呼ばれた少年は、百七十センチの体であっても見上げるしかない相手を前に、目を逸らす。濃紺のジャケットは、少しくたびれていた。


「おいおい、目を合わせてくれよ。ト・モ・ダ・チなんだから」


 生徒の一人が、セイトの頭をグワシと掴んで、視線を合わせさせる。


「なあ、何か物真似しろよ。お前の親が帝国の軍人にレイプされる所とか!」

「陸軍のアカデミーに行くんだろ。こんなこと、やるだけ無駄だ」


 セイトは向けられるだけの敵意を黒い瞳にくべるが、陸軍エリート志望の彼らには、一笑に付されるだけ。パシャリ、スマートフォンのシャッター音。ケラケラ、グヒヒヒと嘲る声が校舎裏の日陰に響く中、少しセイトから距離を置いていた、一際筋肉のある者がやってくる。


 その者は、小さな角を禿頭に幾つか持つ、まさに筋肉達磨と言っていい容貌だった。


「孤児の癖にハイスクール、それもパイロット科まで頑張ったのは認めるが、やめとけ。お前も親みたいに、宇宙で行方不明になっちまうぜ?」


 筋肉達磨がそう言うと、取り巻きの学生たちは低い笑いを共有する。


「父さんと母さんは、戦ったんだ」


 だが、その言葉がセイトの心に火を点けた。


「いつまでも重力に頼ってる、お前らみたいな陸軍とは違う、宇宙軍として」

「おい、今なんて言った」


 筋肉達磨の取り巻きが、セイトの胸倉を掴む。


「わかりやすく言ってやる。重力にしがみついてるお前らより、俺の両親の方がよっぽど偉いんだよ!」


 彼は、声を張り上げた。取り巻きが拳を作ったが、筋肉達磨が、


「やめろ!」


 と言う。


「先に手を出したら退学になっちまう。こんな奴のせいで、な」

「それは……そうっすけど……」

「どけ、俺が教育してやる」


 筋肉達磨の手が、取り巻きを退かす。その顔に最大限の嗤笑を浮かべ、地面に落ちたセイトへこう言った。


「今頃、両親揃ってマフィアの肉便器だろうに、何を誇れるんだ?」


 ぴくり、セイトの眉が動く。


「兄弟がたくさん増えて嬉しいよなあ。ま、軍人のアソコなんて、脂肪が無くて抱き心地は悪いかも──」


 筋肉達磨が言い切る前に、彼の拳が動いていた。一撃、握り締められた右ストレートが相手の顔に突き刺さった。


「こっちの番だな、もう一回言ってみろ! その歯ァ、全部折ってやる!」

「はい、証拠確保~」


 倒れた筋肉達磨の横、スマートフォンを掲げる痩躯の取り巻きの姿。いや、それだけではない。複数の端末が、今しがた相手を殴ったセイトの姿を写していた。


「いいストレートじゃねえかよ、セイトくん」


 パンパン、と土を払いながら筋肉達磨が立ち上がる。その頬には、内出血の青黒い傷が出来ていた。


「さて、と」


 取り巻きの作る輪はぐっと狭まり、乗せられた彼の逃げ場をなくしていく。


「やっちまったなあ。これじゃ除籍だよなあ。バラされたら、一生を棒に振るよなあ」


 スマホの画面を見せつけながら、エリート志望の少年たちは殴りも蹴りもせず、ただ嗤っていた。


「だが、俺も鬼じゃねえ」


 筋肉達磨は、頬の鈍痛も気に掛けず、この状況を楽しむような声音を発した。


「今夜十一時、ゼーエンって船に新型機が極秘裏に納入されるらしいが……お前、その写真を撮ってこい」

「そんなこと、やったら逮捕──」

「除籍と逮捕、どっちがいいかって訊いてんだよ。バレなきゃ無罪放免だしよ……」


 セイトの口端が歪む。


「ほら、チャンスをくれてやったんだ。感謝の一言でもありゃ嬉しいんだがなあ」

「……ありがとう」


 その夜、セイトは電動スクーターでストラト共和国軍の基地へ向かうこととなる。


(三年になっててよかった。金曜の夜からは自由に外出できる……)


 ヒュルル、というモーターの駆動音が星空に消えていく中、彼は基地のゲートの前に立った。カービンライフルを持つ衛兵が、手を挙げて彼を止める。


「IDカード──ああ、ハイスクールのパイロット候補生か。現役パイロットとの面接かな?」

「まあ、そんな所です」

「制限エリアには入らないようにね。気を付けて」


 特に止められないこの国のセキュリティ。不安を抱きながら、セイトのスクーターは、広大な敷地を持つ基地を移動し始めた。


 月が昇っている。小さな星々を掻き消す電灯の列が、彼を導いていく。目指すのは港。宇宙船が係留される、巨大な港だ。見えてくる。全高数十メートルにもなる宇宙船がずらりと並ぶ、途方もない平地が。


「機密を扱うから、って人払いされちまってよぉ」


 そんな会話が聞こえてきた。


 彼はスクーターを近くの駐輪場に止めた。深呼吸して、胸をパスンと叩く。港へのゲートの上には、赤い文字で『RESTRICTED』の文字がホログラムで浮かんでいる。その横には、金網がずらりと並ぶ。


(大丈夫、ちょっと忍び込んで、写真撮ったら逃げるだけ……)


 機を待つ。ポケットから軍手を取り出し、嵌める。衛兵が別の者の検問を行っているのを見て、彼は金網を一気に登った。頂上の鉄条網を軍手で乗り越え、制限エリアの内側へ。


 そこから、走った。只管に走る。三胴の戦艦が無数に停泊している。それらの横には艦名が刻まれ、その名前を頼りに、彼は目的の船を探した。


 彼は、左腕の腕時計をちらりと見る。時刻は十時四十五分。時間はない。やっと、『ZE-EN』を見つけた。


 不思議なことに、その船には衛兵がいなかった。タラップも出しっ放しで、銃口の気配すら感じさせない。これ幸い、とセイトは船に乗り込んだ。


 入ったのは、右舷格納庫。人型機動兵器──『ゼロアニマ』と総称されるそれらは確かにそこにあった。だが、整備ボット、作業機械『シングル』は動いておらず、パイロットや整備員に至っては、姿さえまるでない。


(左舷の格納庫か?)


 なるべく足音を立てないように歩き、中央ブロックを抜ける。左舷格納庫のキャットウォークに立ち……スマートフォンのカメラをオンにした。


「いやあ、これほどのものを提供してもらえるとは、思ってもみなかった」


 赤髪赤目の赤い肌。そんな男が、濃紺のジャケットを着た軍人と話している。整備ボットが駆動音を鳴らしながら、忙しなく動き回る。黒い三つ揃いのスーツを着たマフィアたちが、サングラスで視線を隠して立つ。


そこから視線を動かすと、白をベースに、青をアクセントとして付け加えたゼロアニマが立っていた。十八メートルの、巨人。


「あれが、新型……」


 盛り上がる会話と駆動音で、シャッター音は掻き消された。さあ逃げよう──。


「セイト、何してるの?」


 顔のすぐ横で、声がした。セイトは一瞬冷静になってから、目をそちらに向ける。桃色の髪に赤い髪の、少女だ。整った顔立ち。それに反比例するように、冷たい光を放っていた。


「いや、別に、疚しいことは。というか、なんで俺の名前を──」

「何してるの?」

「ハ、アハハ、じゃ、見なかったことにしてもらえると……」


 セイトは阿るような笑みを浮かべながら、一歩一歩後退る。だが、遅かった。


「誰だ!」


 下にいるマフィアの一人が、ジャケットの内側から短機関銃を出した。


「撃つな! ニコに当たる!」


 誰かが言う。これ幸い、と彼は扉の裏に飛び込んだ。


「ねえ、セイト、何してたの?」


 されど、少女は着いてくる。


「何だっていいだろ! ちょっと写真撮りに来ただけだ!」


 そう声を荒げると、彼は走り出した。背後に少女がずっといる。安全な右舷格納庫から脱出、と思っていたのだが、そこに至る隔壁が閉鎖された。右手も左手も、隔壁が閉まっていく。


「……君、名前は」


 セイトは、一つ覚悟を決めた。


「ニコだよ、セイト」

「ニコ、あの機体、動かせるのか」

「うん。まだ、『染色』を済ませていないから」


 決断したならば、すぐに動く。彼はニコの手を引いて、隔壁が閉じかける所で左舷格納庫に滑り込んだ。


「ねえ、何をするの?」


 問われながら、彼はあのゼロアニマへと駆け寄った。銃弾は飛んでこない。


(ニコに利用価値がある、ってことなのか? なら、ゼロアニマの起動だって!)


そのコックピットハッチは開いたまま。上から、タンデム複座のシートへと飛び込んだ。前にセイト、後ろにニコの形だ。


「逃げよう」


 その声に呼応するように、セイトの前にあるタッチパネルが点灯。全天周囲モニターも、外の光景を映し出す。


 機体の名前は、『リーベル』。

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