やめられる値段を、平年の表では決めませんでした
朝のうちに、畑の四隅と真ん中へ棒を刺した。
鉄の棒の先へ硝子の管を仕込んだもので、王都の病院が薬の保管に使っている。リゼッタが借りてきた。
真ん中の一本が、いちばん高い数字を出した。
「十二度です」
リゼッタが帳面に書いた。
「外は氷点下四度ですから、差は十六度」
雪は畑の上だけ積もらない。境目は畝一本ぶんもなく、そこから先は白かった。
水汲みの女が、湯気の立つ鍋を持って出てきた。
菜を茹でた匂いがした。青いのに、根のほうが甘い匂いをしている。
「食べていってください。今が一番いい時期です」
一口もらった。冬にこんなものを食べたのは初めてだった。
「畑の外では育ちませんか」
「育ちません。三軒目の人が二度試して、二度とも枯らしました」
昼前に、財務側の使いが来た。
ギデオンの部下で、まだ若い。雪道を歩き通してきたらしく、脛まで濡れている。
「補償額の算定が出ました」
彼は袋から紙を出した。
「一軒あたり四十二スート。区画だけの二軒には、面積に応じて」
光輝が受け取って読んだ。
端から端まで読んで、それから裏を見た。裏に、算定の元になった表が刷ってあった。
「作付表ですね」
「はい。辺境北部の、平年の」
「冬の行がありません」
光輝が言った。
「麦、豆、根菜。どれも春から秋です。冬に採れるものの行が、この表には無い」
「北部で冬に採れるものはありませんので」
「ここでは採れています」
光輝は鍋を見た。まだ湯気が立っていた。
「行が無ければ、収量は」
「ゼロとして計算されます」
使いは正直だった。
「ですので、補償は土地の面積からのみ出しています」
筋は通っていた。表に無いものを勝手に足せば、それこそ後で誰かに削られる。
問題は、この土地に住んでいる理由が、まさにその無い行のほうだということだった。
「四十二スートで、どこへ行けますか」
三軒目の男が聞いた。
「南なら、家が建ちます」
「南は冬に凍るね」
「凍ります」
「じゃあ、こことは違う」
男はそれだけ言って、鍋のほうへ戻った。
俺は額を上げろとは言わなかった。
言えば使いが持ち帰り、ギデオンが渋り、二往復で十日が消える。準備金は残り八十日を切っている。
それに、額を上げたところで、この人たちが要るものにはならない。
「額はそのままで結構です」
そう言うと、使いが顔を上げた。
「条項をひとつ足してください」
「どのような」
「掘り始めてから地面の温度が下がったら、止める」
彼は帳面を開いたが、すぐには書かなかった。
「温度、というのは」
「今朝、真ん中で十二度でした。ここに書いてあります」
リゼッタが帳面を見せた。四隅と中央、朝と夕、六日ぶんが並んでいる。
「六日で、いちばん低い日が十一度四分。いちばん高い日が十二度二分」
「それが下がったら」
「五分下がったら、その日のうちに止めます」
使いはしばらく数字を見ていた。
「測るのはどなたですか」
「住んでいる人です」
俺は言った。
「王都から人を寄越すと、寄越した側が測る時期を選べます」
彼は書いた。書いてから、書いた手を止めた。
「一つ、申し上げてよろしいですか」
「どうぞ」
「五分は、掘れば下がります。ほぼ確実に」
彼はこちらを見ず、紙を見たまま言った。
「地下の熱を汲み上げるのですから、汲めば減ります。初日に止まる可能性があります」
「知っています」
「八十日しかありません」
「八十日です」
俺は言った。
「八十日で止まる仕組みを作るのが自分の仕事ではないと、今朝までは思っていました」
使いは黙って、四十二スートの紙を袋へ戻した。
「持ち帰ります。財務は反対します」
「反対の理由を、書いた形でください」
「なぜです」
「十一軒が読める形で回ってきますから」
彼が発ったあと、光輝が棒のところへ行った。
硝子の管を覗き込んで、しゃがんだまま動かない。
「凪」
「なんだ」
「これ、俺が読み上げる係でいいか」
「読み上げる」
「毎朝、数字を。皆の前で」
理由は聞かなかった。
光輝は自分の光を止めるときも、自分で読んでから止めた。
「頼む」
夕方、もう一度測った。
十二度一分。朝より高い。日の当たった側だけ、雪が輪になって解けている。
水汲みの女が、その輪の縁を靴で押していた。
「これ、下がったら」
「止まります」
「掘るのが」
「掘るのが」
彼女は縁をもう一度押して、それから顔を上げた。
「止めたら、王都の人は困りますか」
「困ります」
「あなたも」
「俺も困ります」
彼女は頷いて、鍋を取りに戻った。
湯気は、まだ立っていた。
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