掘った初日に止められて、止めました
財務の反対理由書は、十一軒へ別々に届いた。
同じ紙が十一枚。宛名だけが違う。区画の線しか引かなかった二軒にも、区画の番号を宛名にして届いていた。
あの使いが、宛名の書き方まで持ち帰ってくれたらしい。
「反対の理由が三つあります」
光輝が畑の真ん中で読み上げた。集落の全員と、掘削隊と、ギデオンが立っていた。
財務の長が自分で来たのは、十一軒にも意外だったようだ。
「一、初日に止まれば掘削隊の費用が丸損になる。二、温度の基準に前例が無い。三、住民が止める権利を持つと、他の採取地にも同じ要求が出る」
「三つ目が本音ですね」
俺が言うと、ギデオンは否定しなかった。
「本音です。それでも私は署名しました」
「なぜです」
「掘って下がるなら、この源はもとから八十日を賄えない。それを先に知るほうが安い」
掘り始めたのは、その日の昼だった。
地面は柔らかく、鋤がよく入った。掘った土から湯気が出た。錆に似た匂いがして、掘削隊の年かさの男が鼻を覆った。
運び出した土は、畑の外の雪の上へ積んだ。積んだそばから雪が解けて、土の山の裾に黒い輪ができた。
夕方、光輝が読み上げた。
「十一度七分。朝より四分下がりました」
誰も何も言わなかった。止める線は五分だった。
その晩、水汲みの女は鍋を出さなかった。
翌朝は冷えた。棒の硝子が白く曇って、リゼッタが袖で拭いた。
「十一度三分」
光輝が読み上げて、それから同じ数字をもう一度言った。
「八分、下がっています」
止める条件を超えていた。
誰も動かなかった。
俺は自分の穴に気づいた。測るのは住んでいる人だと決めた。誰が止めると言うのかを、決めていなかった。
「言えばいいのは、誰ですか」
三軒目の男が聞いた。
「話し合って決めるのですか」
話し合えば、九軒と二軒に分かれる。名前を載せなかった二軒は、載せなかったぶんだけ声が小さくなる。多数で決めれば、いちばん困る側が負ける。
「一人でいいです」
俺は言った。
「一人が止めると言えば、止まります。理由も要りません」
「他の十軒が続けたいと言っても」
「止まります」
ギデオンが息を吐いた。文句ではなく、計算をやめた音に聞こえた。
それでも、誰も言わなかった。
王都が困ると、俺が昨日この人たちに言ったからだ。
言った本人が黙っていれば、誰も言えない。
「凪」
光輝が数字の紙を下ろした。
「俺が言うのは、なしだよな」
「なしだ。俺もだ」
そのとき、区画の線だけを引いた二軒のうち、年寄りのほうが手を挙げた。
「止めてくれ」
声は大きくなかった。
「うちは名前を出しとらん。だから、あんたらの誰にも迷惑はかからんだろう」
迷惑がかからないから言う、という理屈だった。
それが、この六日で一番よく効いた理屈だった。
「止めます」
俺は掘削隊のほうを向いた。
「今日ぶんの費用は、基金から出します」
鋤が抜かれ、土が戻された。戻すのに、掘るときの倍の時間がかかった。
午後、湯気は減った。土の山の裾の黒い輪が、外側から白く塞がっていった。
夕方に測ると、十一度五分だった。少し戻っている。
翌朝は十一度九分。全部は戻らなかった。
畑の北の端で、菜の一畝が根から黒くなっていた。
水汲みの女は、その畝の前にしゃがんでいた。
「一畝ぶんですね」
「一畝ぶんです」
俺は言った。
「補償に載せます。実測で」
「載せなくていい」
彼女は黒くなった葉を一枚、指で潰した。
「載せたら、次に掘るとき、一畝ぶんの値段で買えることになる」
言い返せなかった。
ギデオンが発つとき、俺は八十日の話をしなかった。
彼のほうから言った。
「二日で分かったことを、書いて出します。ここは足しにならない」
「では、何が残りますか」
「帰る陣と、呼ぶ陣です」
彼は雪の上の黒い輪を見た。
「どちらも同じ準備金から出ています。そろそろ、並べて見るしかない」
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