売り物にするなら、値をつけるのは本人にしました

 興行委員会の掲示は、取り下げられなかった。


 ドーレンは執務室で、湯気の立つ茶を俺の前へ置いた。


「文句なら聞くが、順序が違う。あの対戦は座席主四十一家の要望だ」


「基金に賛成した家がですか」


「賛成したから、だ」


 彼は茶を啜った。


「今年、座席主は一枚も出さない。出さない代わりに、興行の中身に口を出す権利を強めた。君が作った順番だよ」


 俺は自分の設計に足をすくわれたことを認めた。


 認めた上で、認めたまま止まらないことにした。


「対戦は行います。ただし条件を一つ足させてください」


「聞こう」


「勝敗ではなく、入場料の分配に条件をつけます」


 ドーレンの目が細くなった。


「言ってみろ」


「この対戦の入場料の一割を、剣鬼バンの帰還権の買い戻し原資に充てます。買い戻し価格は、委員会が十五年前に払った額と同額。上乗せなし」


「うちが損をする話に聞こえるが」


「委員会は十五年前と同じ額を受け取ります。損はしません」


「その紙は、うちの資産だ。値上がりしている」


「行使できない資産に、値上がりはありません」


 俺は登録簿の写しを机に置いた。


「行使記録ゼロ。名義人以外が使えない権利を、十五年、引き出しに入れているだけです。帳簿の上では資産ですが、いつまでも売れない資産は、いつか誰かに評価損として指摘されます。……たとえば、来年から自分の金を出す座席主に」


 ドーレンはしばらく茶碗を回していた。


「君は本当に、俺の客に俺を殴らせるのが好きだな」


「委員長が損をしない形しか作っていません」


「それが一番腹が立つんだ」


 彼は書式を引き寄せた。


「条件を足す。買い戻しの相手は基金ではない。バン本人だ」


「それは」


「君が払えば、君が買ったことになる。君はまた誰かの胴元になるぞ」


 俺は、その一言で自分の設計の穴を見た。


 基金が買えば、バンの帰還権は基金の資産になる。使えるのは本人だけなのに、持ち主は基金だ。委員会の引き出しが、俺の引き出しに変わるだけだった。


「……ありがとうございます」


「礼を言うな。気味が悪い」


 ◇


 バンには、対戦の三日前に話した。


 薪割り場ではなく、砂場の縁に座って。


「入場料の一割で、あんたの帰還権を買い戻します。買い主はあんた本人。金は前借りで、返済は基金の共同債務にはしません」


「じゃあ誰が背負う」


「あんたです」


 バンは眉を上げた。


「借金を増やす提案か」


「はい」


 俺は言った。


「借金じゃなく救済にすると、あんたは受け取らないと思ったので」


 バンは笑った。今度は声を出して。


「性格が悪いな」


「胴元なので」


 彼は砂を一つかみ取って、指の間から落とした。


「返済の当てはあるのか」


「売店の給金では二十年かかります。興行の出演料なら四年。……ただ、出演料で返すと、帰るために興行に出続けることになります」


「堂々巡りだ」


「なので、三つ目を用意しました」


 俺は紙を出した。


「あんたが十五年やってきたことを、値のつく仕事にします。個別債務を抱えた勇者への助言役です。誰がどこで何を売って何を失ったか、あんたは全部見てきた。基金はその知識に金を払います」


 バンは紙を受け取らなかった。


 受け取らずに、しばらく砂場を見ていた。


 夕方の砂場は、白くて、何の跡も残っていない。


「凪」


「はい」


「帰りたいかと聞かれて、俺は答えられなかった」


「覚えてます」


「答えられない理由が、今日分かった」


 彼は手のひらの砂を払った。


「帰る手段が無かったから、考えないようにしてたんだ。無いものは、欲しがると痛いからな」


 バンは紙を受け取った。


「手段ができたら、考える。考えてから決める。……それは、してもいいことか」


「本人が決めることです」


 俺は言った。


「値をつけるのも、使うのも、寝かせておくのも」


 ◇


 対戦当日、俺は箱席で見ていた。


 光輝は勝った。三十秒だった。


 勝った後、あいつは砂の上でバンへ手を差し出して、引き起こした。それから客席へ向き直って、こう言った。


「今の一割は、この人の切符になります」


 説明を読むようになった男の言い方は、ずいぶん雑だった。


 雑だったが、四十一の箱席は静かになって、それから拍手が起きた。


 俺は掲示板を見ていた。


 入場料一割の額が、そこに出る。


 出た数字は、十五年前の買値をわずかに超えていた。

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