光帝は、勝てない試合を買い取る
公開された帳簿のせいで、大討伐祭は一日だけ休止になった。
観客は怒り、賭け屋は慌て、勇者たちは自分の契約書を読み始めた。
光輝は控室の机いっぱいに紙を広げている。
「装備費、治療費、勝利報酬。全部、別の契約書に書いてある」
「一枚にまとめろ」
「まとめると、見たくない数字が見える」
「見えない数字は、もっと危険だ」
リゼッタが、ひとつの契約書を持ち上げた。
「古参勇者バンの債務が、興行の配当金に組み込まれています」
俺は紙を見た。
勝敗のたびに、誰かの借金が別の誰かへ移される。負けた勇者の債務を、次の出場者が買い取る仕組みだ。
「これ、勝ち続けても終わらない」
光輝が言った。
「胴元は、勝者を増やしているんじゃない。借金を移している」
控室の扉が開き、バンが入ってきた。
古びた鎧。片方だけの手袋。目の奥に、長い疲れがある。
「俺の債務を、買えるか」
光輝が顔を上げた。
「俺が?」
「お前は光帝だ。勝利報酬も高い。どうせなら、誰かを救ったという勲章を買えばいい」
「勲章じゃ、借金は返せない」
光輝は契約書をめくった。
「でも、買い取ることはできる」
リゼッタが止める。
「自分の債務も整理できていないのに、他人の債務を引き受けるのは危険です」
「危険だから、条件を変える」
光輝は紙に指を置いた。
「債務を買う代わりに、バンさんが持っている過去の試合記録を受け取る。借金じゃなくて、情報を買う」
バンが笑った。
「俺の古い記録に、価値があると思うか」
「帳簿に書かれているなら、価値はある」
俺は、光輝の顔を見た。
派手に勝つだけだった男が、初めて勝てない試合を買おうとしている。
その取引は、契約書のどこにも禁止されていなかった。
リゼッタが認定印を押す。
「腹立たしいほど合法です」
バンが古い筒を差し出した。
中には、十五年前の大討伐祭の記録が入っている。
最後の一枚だけ、紙ではなかった。
魔力の減少を記した、王国全土の地図だった。
赤い線は、魔王領から王都へ向かって伸びている。
借金の根は、王都の帳簿より深い。
買い取る対象は勝利ではなく、試合に参加したという事実だった。光輝が勝っても負けても、誰かが賭けを成立させる。俺たちは観客席の配当表を三つ写し、同じ試合なのに倍率が違うことを確認した。
リゼッタは、数字が変わる時刻を鐘の音と照合した。試合中ではない。光輝が剣を掲げた直後、観客が歓声を上げた瞬間に、帳簿係が一枚だけ紙を抜いていた。
俺は風を通し、抜かれた紙が地下の保管庫へ運ばれた跡を見つけた。風は魔力の残り香を追えるが、誰の指が触れたかまでは分からない。分からないことを決めつけないため、俺たちは追跡を二人で行うことにした。
地下の壁には、王都から魔王領へ向かう赤い線が描かれていた。試合の借金は、ここで始まったのではない。借金の根は、王都の帳簿より深い。
赤い線の交差点には、小さな石が置かれていた。石の裏へ、魔力の受け渡しを記す数字が刻まれている。使われた魔力ではなく、移された魔力を請求していた証拠だ。
俺は風で石の粉を集め、光輝の契約書と同じ銀色が混じっていることを確かめた。リゼッタは石の位置を地図へ写し、魔王領へ届く前に、王都の別の帳簿へ繋がっていると指摘した。
追跡中、地下の扉が閉まった。俺は風で蝶番を押さえ、光輝は扉を壊さず、外の係員へ中にいる人数を伝えた。力で抜ければ証拠を失う。出た後に誰が扉を閉めたかを残すため、時間をかけた。
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