借金契約の赤字は、魔王領から届く

古い地図の赤い線は、魔王領から王都まで続いていた。


 線の上に、魔力庫の消費量が書かれている。


 毎年、魔力の使用量が増えている。勇者の召喚。治療石。興行の魔法装備。どれも国の帳簿では利益として処理されていた。


 だが、魔力庫の残量だけが、赤字になっている。


「これ、世界の借金じゃないか」


 光輝が呟いた。


「そうだ。個人に請求しているだけで、足りない分は消えていない」


 ギデオンが地図を裏返した。


「魔王領は、最初に魔力が枯れた土地だ」


「魔王が魔力を盗んだんじゃないのか」


「盗んだと説明すれば、勇者が必要になる。勇者が魔法を使えば、残量はさらに減る」


 リゼッタが地図を見つめた。


「では、召喚事業そのものが、魔力枯渇を早めている?」


「違う。召喚は、枯れた世界を延命するための装置でもある」


 ギデオンの言葉は、初めて悪辣さを失っていた。


 光輝が立ち上がる。


「じゃあ、俺たちは何のために戦ってる?」


「質問が大きすぎる」


「凪くんは、いつも帳簿の小さい字を読めって言うだろ」


 光輝は自分の契約書を広げた。


「ここに、世界のために戦うとは書いてない。俺が使った魔力を返す、としか書いてない」


「なら、契約の範囲で動け」


 俺は地図の赤線を指した。


「魔王領から、魔力庫へ何かが流れている。借金の数字と同じ方向だ」


 バンの古い記録には、十五年前の召喚勇者が最後に向かった場所が記されていた。


 魔王領の手前にある、枯れた井戸。


「大討伐祭の次の会場は、王都ではない」


 ギデオンが言った。


「魔王領の入口だ。そこで、勇者の借金が本当に何へ変わっているのかを確かめる」


 光輝が契約書を閉じた。


「勝てば、借金は減る?」


「勝ち方による」


「じゃあ、凪くん。次も一番安い勝ち方を考えて」


 俺は地図を畳んだ。


 赤字は、帳簿の中だけにあると思っていた。


 けれど、王都の外には、世界そのものが赤字になった土地がある。


 次の請求先は、魔王領だ。


 魔王領へ向かう馬車には、武器より帳簿を多く積んだ。リゼッタは契約書の写し、光輝は配当表、俺は魔力測定器の記録を持つ。どれか一つを失っても、他の二つから数字の流れを追えるようにした。


 道中の宿で、御者が俺の名前を聞かなかった。代わりに、風を使って荷崩れを防いだことだけを覚えていた。生活魔法の結果は、借金の数字より確かに残る。


「魔王領の人間も、魔力を借りるのか」


「借りるのは魔力だけじゃない。土地も、時間も、命も」


 光輝は、王都で自分が受けた契約を見直した。借りたものを返すだけなら、利息は一つでいい。複数の利息が並んでいるなら、誰かが同じものを何度も請求している。


 赤い帳簿の最初の頁には、魔王領の入口が記されていた。


 旅の途中で、俺たちは同じ契約を持つ冒険者に会った。彼は魔力を使っていないのに、返済額だけが増えていると言う。契約の裏には、宿泊、移動、治療の全てを魔力の借り入れとして扱う欄があった。


 リゼッタは、冒険者の承諾を得て契約を写した。光輝の書類と比べると、欄の順番だけが違う。同じ仕組みを別の町へ広げるため、書き手は形式を少しずつ変えていた。


 俺は馬車の荷台へ、契約の流れを線で描いた。借りる、使う、記録する、請求する。請求する人間だけが同じなのに、借りた人間は毎回違う。

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