凪の勇者は、勝者を指名される
大討伐祭の控室に、対戦表が貼り出された。
光帝、大鷹光輝。
次の指名相手、凪。
名前の横には、E級、生活魔法、借金契約中と並んでいる。観客に笑わせるための情報だ。
「俺が凪くんを指名したことになってる」
光輝が対戦表を見て言った。
「指名したのか?」
「してない。さっきまで、次の相手は光属性の剣士だって聞いてた」
リゼッタが紙の端を撫でた。
「印刷された時刻が、決定通知より前です」
「つまり、指名は後から作られた」
「ええ。ですが、規定には『勝者の指名』としか書いていません。本人が指名したとは書かれていない」
文言の穴だ。
だが、穴を見つけたところで、試合を断れば敗北扱いになる。出場しなければ、違約金。勝てば報酬。どちらを選んでも胴元は儲かる。
「凪くん、出るよね」
「出る」
「勝てる?」
「勝つ必要はない」
光輝が眉をひそめた。
「でも、負けたら借金が」
「試合の勝敗と、契約の勝敗は別だ」
闘技場へ入ると、観客が笑った。
光帝の光と、俺のそよ風。派手さの差が分かりやすい。
「凪の勇者に、勝ち目はあるのか!」
司会が叫ぶ。
俺は観客席を見た。ドマ侯爵の席だけ、風が動いていない。厚い防壁を張っている。俺の魔法を警戒しているわけではない。会話を聞かれたくないのだ。
風聞きで、席の下の紙がめくれる音を拾った。
「賭けの配当を、先に決めている」
俺が言うと、リゼッタが小さく頷いた。
「証拠にできますか」
「勝ってから考える」
試合開始。
光輝が光る。俺はそよ風を置く。正面から攻撃はしない。相手の足元の砂を一粒だけ転がし、観客席へ流れる空気を変える。
ドマ侯爵の席から、紙が飛び出した。
観客は、俺が風で攻撃したと思った。
紙は俺の手元へ落ちる。
そこには、試合結果ではなく、勝敗ごとの借金配分が書かれていた。
俺は紙を拾い、光輝へ渡す。
「読め」
「試合中に?」
「読むだけなら、魔力は使わない」
光輝が目を走らせた。
その顔から、笑みが消える。
「俺が勝っても、装備代は戻らない」
「そういうことだ」
「じゃあ、俺は何のために勝ってたんだ」
光輝の光が、初めて揺らいだ。
観客には演出に見えただろう。だが、光の向こうで、彼は自分の請求書を見ていた。
俺は風を止めた。
「勝つためじゃない。負けたことにされないためだ」
対戦表の裏に、もう一枚の紙が貼られていた。
そこには、ギデオン・ヴァルト財務卿の印がある。
胴元は、光輝ではなく、契約そのものを賭けていた。
対戦表を剥がすことはできない。剥がせば、俺たちが不正を疑っていると知らせることになる。リゼッタは表の前に立ち、観客へ見せる情報と、帳簿へ残す情報を分けた。
光輝は自分の欄を指した。勝者の名前が大きく書かれているのに、賞金の受取人だけが空白だった。勝てば光輝の借金を減らせるように見せて、実際には胴元が誰かへ金を渡す仕組みだ。
「俺が勝っても、俺の勝ちにならない」
「なら、勝敗以外の条件を先に確定させます」
リゼッタは対戦表の写しへ、貼られていた時刻と、貼った係の名前を書いた。俺は風で裏紙を浮かせ、財務卿の印が一度だけ押し直されていることを見つけた。書き換えは、試合の前から始まっていた。
光輝は対戦表を破らず、上から透明な紙を重ねた。変更された欄を赤い線で囲み、元の情報を下へ残すためだ。観客は最初、子どもの悪戯だと思った。リゼッタが変更時刻を読み上げると、笑い声が止まった。
受付係は、対戦相手が変わった理由を知らないと言った。彼女の勤務表には、変更された時刻だけが空白になっている。空白を埋めるため、俺たちは同じ時間に働いていた別の係の証言を取った。
証言は一致しなかったが、空白の位置は一致した。誰かは、対戦表より先に人の勤務表を操作している。ギデオンの印は、契約そのものだけでなく、記録の順番へ触れていた。
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