勝ち方まで、請求書に値札を付ける

雷鳴獅子は、観客の歓声を雷に変えた。


 光輝は剣を掲げ、光った。攻撃ではない。ただ、闘技場の中央で、誰より目立つ標識になった。


 獅子が爪を掻く。


 俺は風を一つ置いた。砂の上に見えない坂を作る。


 獅子の前足が滑った。放たれた雷が、自分の足元へ落ちる。観客には、光輝がまばゆい光で雷を受け流したように見えただろう。


 実際には、獅子が自分で転んだだけだ。


 使用魔力、二。


 試合終了の鐘が鳴ると、観客は光輝の名を叫んだ。


「光帝! 光帝!」


 光輝は笑っていた。だが、控室へ戻ると最初に靴を脱いだ。


「壊れてないかな」


「見た目はな」


 リゼッタが装備貸与契約を確認する。増幅靴、消耗率三パーセント。治療石、未使用。護符、二枚使用。


「護符二枚分が、金貨六百枚です」


 光輝の笑顔が止まった。


「勝利報酬は?」


「金貨二百枚」


「赤字じゃないか」


「だから言った」


 俺は伝票を指で叩いた。


「派手に勝つほど、請求書のほうが強くなる」


 そこへ、ドマ侯爵の使いが来た。白い手袋をした男で、口元だけが笑っている。


「光帝殿、次の試合は大討伐祭の目玉です。装備もさらに整えます」


「必要ない」


 光輝が言った。


 使いの笑顔が薄くなる。


「安全のためです」


「俺は、必要なものを自分で決める」


 初めて、光輝が契約書の束を見た。


「凪くん。次の条項も、読んでくれる?」


「自分で読め」


「読んでる。けど、分からないところがある」


 彼は紙を一枚ずつめくった。


 その姿を見て、俺は少しだけ安心した。借金を減らす方法は、戦い方だけではない。請求書を読む人間を増やすことだ。


 リゼッタが契約の末尾を指した。


「次の対戦相手は、光帝殿ではありません」


「誰だ?」


「大討伐祭の特別規定により、勝者が次の出場者を指名できます」


 使いの男が笑った。


「光帝殿には、凪殿を指名していただきます」


 光輝が俺を見る。


「俺が?」


「負けオッズは、もう二百倍ではありません」


 俺は伝票を置いた。


「上がったのか」


「逆です。あなたが勝つと思う客が増えました」


 勝ちオッズが下がる。つまり、報酬も下がる。


 胴元は、勝ち方まで値札を付けるらしい。


「なら、次は観客が一番つまらない勝ち方をする」


 光輝が笑った。


「それ、凪くんらしいね」


 使いの男の手袋の中で、紙が一枚だけ震えた。


 その紙には、出場者ではなく、借金の増減を決める名前が書かれていた。


 俺は紙を奪わず、まず光輝に内容を読ませた。彼の名前の横には、勝てば借金が減る、負ければ利息が増える、とだけ書かれている。勝敗の条件がない。つまり、試合の結果ではなく、誰かの都合で数字を動かせる契約だった。


 リゼッタは紙の端に、闘技場の印とは違う黒い印を見つけた。正式な試合書類なら、観客席の管理印と同じ位置に押される。これは裏口から帳簿へ入れられた紙だ。


「破れば証拠がなくなる」


「写せば、破ったことも証拠になる」


 俺は風を薄く流し、紙の表裏を同時に写した。光輝は観客へ笑顔を向けたまま、契約のどの欄が空白なのかを数えた。


 光輝は、観客へ見せるための勝敗と、帳簿の中で動く勝敗を分けて考えた。前者は剣で決まり、後者は紙を持つ者が決める。ならば、剣を振る前に紙の条件を明らかにする必要がある。


 リゼッタは、同じ印が押された契約書を探すため、闘技場の受付へ向かった。受付係は最初、書類を見せることを拒んだ。だが、光輝が観客の前で確認を求めると、規則上は閲覧できると認めた。


 写した契約には、勝敗の欄の下に「興行主の判断で修正できる」という小さな文があった。俺はその文を囲み、観客にも読める大きさへ拡大する。勝敗を決める人間が、勝敗後の数字まで決める構造だった。


 光輝は、契約の文を自分の言葉へ直さなかった。観客が読み間違えないよう、原文の横へ「勝敗後も興行主が金額を変えられる」とだけ書く。リゼッタは、意味を変えない要約であることを確認し、原文と要約を一緒に綴じた。


 受付係が、同じ条文の契約をもう二枚持ってきた。名前は違うのに、修正できる欄の位置と印の向きが一致している。俺たちは三枚を並べ、偶然ではない共通点を記録した。


 大討伐祭の胴元は、次の勝者をもう決めている。

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