PUZZLER✕PUZZLER
「俺はさっきの話、露悪的すぎる気もするがな。
当人の遺書や何かが見つかったわけでもない。
彼の気分に引っ張られた解釈に聞こえたよ」
「でも、自殺だとは思う」
「殺人より無理がないのはたしかだ」
「殺人なら、犯人は遠田さん?」
「ナイフが凶器な以上はな」
「けどさ」
太陽は何か思い出すような顔つきで言う。
「あのダクトの穴、空けたのも塞いだのも自分って言ったじゃん?
犯人なら知らないって言うとこじゃない?
あの時は遠田さんが犯人じゃない流れだったでしょ。
その流れを自分で壊すかな」
「そんな嘘ついてもすぐバレると思ったんじゃないか?」
「んん~~……そう、かも。
ナイフ、ナイフ。……遠田さんと、アーニャさんだけ……。
…………アーニャさんから盗ったっていうのは?」
「は?」
「あのナイフを持ち込んでたのがアーニャさん。
犯人はそれを勝手に使ったんだよ」
吸血鬼の彼女がなぜ聖銀のナイフを持っていたのか、どう盗んだのかなどツッコミどころは残るが、最大の障壁をクリアできるのはたしかだ。
「上手いアイディアだが、どう殺したんだ?
ボウガン仕掛けるのは遠田さん以外には無理だ」
「……そう、だね。やっぱり遠田さんなのかな。
糸の跡もあったし」
「糸? ……ああ」
祭壇下の横棒に積もったホコリに、細い溝ができていた。
言われてみれば結局あれが何かはわからないままだ。
太陽はトリックの痕跡と決め込んでいる様子で、例のホームズ・ハンドの姿勢で考え込む。
それでも時間の無駄だからやめろという気にはならず、別な書類仕事を片付けようとその場にパソコンを広げる。
ほんの些細なミスだった。
メニュー立ての隣、七味や食卓塩と一緒に置かれた楊枝入れ。
左手が当たり、倒してしまう。
中身の楊枝が数本、じゃらりとテーブル上に飛び出してくる。
「あ」
「あっ!!」
飛び出た楊枝を見た太陽が突然の大声をあげる。
楊枝入れを立てるとその中から一本をつまみ出して掲げてみせた。
「これだよ」
「何が?」
「これが凶器」
何を言っているんだこいつは。
「その楊枝が聖銀でできてると思って。
実際はもっと小さいんじゃないかな。虫ピンくらいの。
大きいとあの探知機を通れないから。
犯人はこれをダーツみたく投げて、後ろからアーニャさんの脳を撃ち抜いたんだよ」
離れ業だが。矢が聖銀、的が吸血鬼なら理論上は可能だ。
投擲の腕前と目標に達する速度さえあれば、後は毛髪も頭皮も頭蓋骨も矢の先端が触れた瞬間に消滅し、抵抗ゼロで脳幹まで到達できる。
「回収して隠すのもそれだけ小さかったら簡単でしょ。呑み込んでもいい」
「あのナイフは自殺に見せかけるフェイクか」
「そう!
きっとあの横棒にアーニャさんの髪で結んでたんだよ。
幕板の裏にぺたっと貼り付けとけば死角だから見つかりづらい。
アーニャさんが死んだ瞬間、髪の毛は消えてナイフは落ちる」
吸血鬼は遺体が残らないことを上手く利用したトリックだ。
ただ。
他の信徒に投げる瞬間を見られずにすむのか。
こんな小さな矢を一発で当てるのは難易度が高すぎないか。
矢を他の信徒に見つからずに回収できるかは運次第ではないか。
このトリックでも犯人はまず間違いなく最前列の遠田か
言いたいことは色々あったが、そんなことより何より致命的な部分がある。
「……仮面はどうする?」
「え」
「仮面に空いてた穴だ。
実際は刺していないならあの穴はいつ空いたんだ?」
「あ」
言われて初めて気づいた表情だ。
あんな穴は、間違いなくアーニャが現れた時にはなかった。
信徒たちは警察に口を揃えて証言している。
「最初から穴を空けた仮面をナイフと一緒に仕込んでたとかは?」
「被ってた方の仮面は?」
太陽はまた考え込むが、観念したように渋い顔になる。
「やっぱないかなぁ~~」
「いい推理だったと思うがな」
「僕にも謎、解けないかなあ」
「俺なんか他人の上澄みをすくってるだけだ。
お前や
「でも、解ける方がかっこいいじゃん」
「解けるさ。推理なんざパズルだ。
解こうとし続けるお前に、解けないわけがない」
スマホが震えたのはその言葉とほとんど同時だった。
メッセージアプリに通知が来ている。
『解けました?』――
ここまでの情報を連絡するとすぐさま既読がついた。
勤務中じゃないのかとツッコむと、来てみたら待機時間が長くて暇なのだという。
『お爺ちゃんの気まぐれで色んなとこがリソース喰われてんだから溜まったもんじゃないっすわ。
これなら事件の推理してた方がよっぽど有益っしょ』
それからすぐ、「そういえば」とポップアップする。
『ウチの男連中は通報があった時「死んだと偽装したんじゃないか」って言ってましたね。
ナメてんな~って思ったんすけど、でも例えば悪魔派から逃れたくて死んだと世間に思わせたかったとかあり得ませんかね』
そもそも死んでいない。思わぬ発想だった。
たしかに、
吸血鬼の死が証明できない以上、そういう理屈も成り立つのだ。
『
『狂言って思われないようにリアリティ出すためとか?』
ちょっと手が込みすぎだ。
湊の絵を切り刻むのも何かの演出なのだろうか。
『アーニャさんは死んでるよ』
そう返したのは、同じトークルームにいる太陽だった。
「生きてるんなら、僕ビルに入れないでしょ。
持ち主が許してないもの」
「どこかに潜んでる彼女がお前が来るのを知って許した。
あるいはそもそも彼女の所有ってのが嘘でもとから遠田のだった、とか。
そうすると吸血鬼の刺客説も復活するが」
「いや、あの本」
「本?」
「アーニャさんが儀式で見てたやつ。
前に来た時に見せてもらったんだよ。湊の挿絵がいっぱいあるから。
その本、ページが手垢でかなり黒ずんでたけど、今日は真っ白だった。
垢も消えるんだよ。体から出たものだから。
死んでるってこと」
「単に日に当てて消したとか。
彼女が死んだと思わせる要素の一つとして」
「……じゃあ、マジで生きてる?」
太陽は途端に目を潤ませる。
多分そんなことはないとはちょっと言えなかった。
実際のところアーニャは死んでいるのだろうし、恐らく自殺だとも思う。
ただ、自殺にしてもイマイチ納得のいかないところがあるのはたしかだった。
彼女は何故、わざわざあんな死に方を選んだのだろうか。
息子の死や世界の不条理の前に、本当に全てを棄てたくなったのか。
現代の伯爵は何を考えていたのか。
謎が解けたのは、スレイプニルの車内でだった。
太陽がメモ帳を忘れたと店に取りに戻ると、ふと、自分でもシャーロック・ホームズ・ハンドを真似ていた。
名探偵の魂が降りてきたのだろうか。
脳内で全てが繋がる。
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