せめて探偵らしく
警備部の手伝いに呼ばれた
そこでも作品が見られると遠田に聞いてのことだ。
絵画棟二階の一番大きなギャラリーで、湊の追悼展が開かれていた。
彼の死から一年を機に学内有志が企画したらしく、大学に寄贈された作品がテーマ別に展示されている。
その会場にいた青年が、目玉だった伯爵画の掛け軸をナイフで切りつけたのだ。
事なきを得たのは太陽が阻止したから。
指二本で刃を摘み、カッターの替刃より無造作にへし折る。
「決別したかったので」
動機を問われ、彼はそう答えた。
何であんなことをしたのか。
近くのファミレスへ半ば力づくで
一番熱心な信徒で、アーニャが死んだ時は遠田犯人説を頑として譲らなかった。
湊とは高校時代の同級生、彼の絵を両親以上に応援していた親友らしい。
なのにどうしてあの凶行に及んだのか。
その答えというのが「決別」だ。
「湊とお別れってこと?」
「なんていうか、湊の思想っていうか、教団も含めて……。
棄てることにしたので、教えを」
ある意味では絵を切りつけた以上のインパクトだった。
アーニャの一番の信奉者で、だから自殺を認めなかったのではないのか。
なのに死からたったの三日で、その彼女の教えを棄てると言い出した。
「周りに辞めろって言われた?」
「それはもう今さらですね」
「アーニャさんが死んだから?」
「まあそうですけど、お二人の想像とはちがうと思います」
ドリンクバーのコーヒーを呷ると、さっき渡した名刺を一瞥する。
「アーニャ様が死んだ真相を調べてるんですっけ」
「うん。
キミ、殺されたって騒いだんだろ? 僕もそう思うよ」
「へえ。何かわかったんですか?」
聞いていた話と温度差を感じながらも、さっきまでの捜査で判明したことをざっと説明する。
遠田の言った通り、串刺し公にも事変時の伯爵にもそんなエピソードは存在しないという。
「
「いや、ていうか、自殺だと思ってます」
「……何で?」
太陽がぽかんとした表情になる。
「お前が言うのかよって話ですか?
まあ、そうですね。みんなにも迷惑かけましたし。
今さらなんですけど、考えてみたら自殺に決まってますよ。あの状況ですし」
「自殺じゃないっ」
投げやりに答える
周囲がしんと静まり返る。
こっそり写真を撮ろうとしたのか「吸血鬼じゃん」との声が遠くで聞こえた。
「おかしいじゃん。
あのお面、湊が作ったヤツだよ? それを刺す? 皆が見てる前で?
何でそんな傷つける死に方するの?」
「アーニャ様はそうやって僕らに教えてくれたんですよ。
『こんなカルト意味ないから辞めろ』って」
乱暴に、雑に放り出すように湊は言葉を投げる。
「意味あるよ。
伯爵教のおかげで助かった人、いっぱいいるよ」
「それって何人なんでしょうね?
百人? 千人?
悪魔派の信者が何十億人いるか知ってます?」
ひび割れたスマホ画面を見せつける。
【侵攻の陰に悪魔派との蜜月か】
大国による軍事侵攻のニュースだった。
相手国の国内での人権問題。自国の安全保障。演説で色々挙げていたが、実情が宗教対立なのは明らかだった。
その大統領の最も強力な票田が悪魔派はじめ国内の原理主義的勢力。
彼らに迎合した結果、事変後に先鋭化した異教の宗教国家へ侵攻を決めたらしい。
「フィールドワークで面倒見てくれた現地の人が、空爆で死んだみたいです」
「じゃあなおさら、辞めちゃダメだろ」
「意味ないんですって。
結局、力なんですよ。
串刺し公が正解。
ただ、串刺し公とちがって僕ら弱い側ですから」
「それでいいの?
パンクが大事って湊は言ってたよ」
「で? 湊は死んだじゃないですか。
僕らにも殉教しろって言うんですか?」
「僕が戦う」
立ったまま見下ろす太陽を
「戦うって。
教団にずーっと張り付いて守ってくれるんですか?
二人しかいなくてどう守るんですか?
現地に乗り込んでって軍隊相手に一人で喧嘩売ります?
なんかヒーロー気取りで湊はヨイショしてたみたいですけど、あなたが守ってきたの、ご近所くらいでしょ?
国の力には、どうしようもないでしょ?」
「……辞めるのは好きにしたらいい」
「だが、棄教の必要はあるのか。
湊くんは理想を共有していれば教団メンバーである必要はないと言っていた。
信条として抱えているのも嫌か?」
「ただ辞めるだけなら絵を切ったりしませんよ。
僕は負け組にならない生き方をするって決めたんです」
「……悪魔派に入るの?」
「力に由る生き方、とだけ言っておきます」
「かっこよくないよ、そんなの」
さっきまでのわざとらしい冷笑ぶりからうってかわって、心底不快げな口調で言った。
「自分はかっこいいつもりですか?
ちっちゃい世界をシコシコ守るだけで満足する偽善者なのに」
その言葉を最後に彼は席を立つ。
会計は持つつもりだったが有無を言わさず千円を置いて出ていった。
彼の背中を見送って、太陽はぽつりと言う。
「
「何だ」
「僕、アーニャさんが自殺でもいい」
「いいって何だ」
「ホントに自殺でも、絶対、解決する。
原因になったことをなくして、同じことを起きなくする」
だからまずは謎を解こう。
いつもと同じ、向こう見ずな決意に
自殺だろうが殺人だろうが、犯人が遠田だろうが他の信徒だろうが、真相が胸糞悪いのは避けられない。人が死んだのだから。
だが、それがどうしたというのか。
身内が実は殺人犯。パートナーが浮気していた。
知ったら傷つくこともあるだろうが、知らないままでいるよりマシだ。
知るからこそ判断材料を得られる。戦える。身内の人間関係に対しても、巨大な世界の不条理に対しても。無知に勝る無力はない。
探偵とは戦うための仕事なのだ。
そして、太陽に戦わない選択肢はない。
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