地下聖堂の殺人
「遠田さん、犯人はあなただ」
葦原市に拠点を置くT電気工業。
主に電気ケーブルや電子基板といった製品を手がけ、近年では『ご家庭に太陽を』のフレーズで売り出した家庭用光ファイバーで一般にも知られるようになった。
その本社ビル地下に築かれた聖堂が、今回の教祖殺害事件の現場だという。
事件から三日、
教祖アナスタシアが殺された。
信徒の一人、大槻夏菜子の通報で駆けつけた警察はまともに取り合わなかったらしい。
よくあることだ。
死体を確認できないために「死んだ」とされることが極端に少ない。
おまけに通報してきたのは伯爵崇拝のカルト集団。
イタズラじゃないと証明できるのか。
仮に本当でもその状況じゃ自殺に決まっていると切り捨てられ、信徒たちは大いに憤慨した。
とはいえ怒ったのは侮蔑的な態度にで、自殺との見方には納得していたという。
なぜなら彼らも自殺だと思っていて、
辟易した大槻が諦めさせるために、死んだと認定されないのも承知で警察を呼んだのだった。
しかし捜査一課でただ一人、
彼女はヘブン探偵事務所に話を持ち込み、太陽が二つ返事で承諾、今に至る。
祭壇前は事件直後の状態をほぼそのまま保存してあるという。
壇上には供物に囲まれた悪魔像と書見台の経典。
手前に落ちているのは被害者の着衣。
穴の空いた仮面。
凶器のナイフ。刃は間違いなく聖銀だった。
この場にいるのは三人。
さっきまで太陽もいたのだが祭壇を調べている途中で飛び出していった。
残ったのは
長椅子に腰掛けた遠田は小柄な老人だ。
T電工の元社長で、本社ビル含め建物全体の所有者で管理人。
亡き教祖の夫として二人三脚、教団を創設し運営してきた。
よくも悪くも昔気質の男だが面倒見はいい親分肌、皆のために身を粉にしたとの評価は一致していて、
その人物を、
「根拠はあのナイフだ。
あなたと被害者以外、持ち込むのは不可能ですから」
地下入口の金属探知機が理由だ。
国際空港にも設置される最新型。
従来の探知機が苦手とする非鉄金属も数ミリの断片にまで反応する。
探知機は奥の鉄扉と連動していて、これをパスしなければ鉄扉も開かない。
事件当日、両者は常に連動状態が保たれていた。
つまり、あの聖銀のナイフを持ち込めたはずがない。
とはいえそれは一般信徒だけの話だ。
この地下にある部屋は聖堂だけではない。
談話室、電力や給排水の設備室の他、遠田夫妻の居室も。
教団トップの彼らにとってここは自宅も兼ねているのだ。
それなら普段の生活で金属製品を一切持ち込めないのは不便すぎる。
設備点検、補修や清掃など管理業務は夫妻手ずから行っていたが、それだって工具類や機器類の部品交換は絶対に必要だ。
その都合上、夫妻は端末で設定をオンオフすることができた。
切り替えもログが残るが、あの扉の稼働開始以来オフにしたのは夫妻の出入りする時だけと指紋認証と照らして確認されている。
だから、遠田夫妻だけは事前にナイフを持ち込める。
教祖殺しの犯人は遠田を置いて他にない。
ただ。
「もちろん、同じことは故人にも言えますから」
当たり前のことを付け足した。
「遠田さんが犯人なのは、自殺でなければの話ですね」
「つまり、
「捜一の態度はともかく、よくある話だ」
そう、よくある話だ。
今や自殺率は事変前の1%以下だが、それでもゼロではない。
自殺と思しき死に方をすると決まって遺族は言う。
殺人犯が自殺に偽装したんだ。
地獄に落ちるのに自殺なんかするわけない。
もっとちゃんと調べてくれ。
それで調べても、何のことはない。本当に自殺なのだ。
「ライラの時みたくトリックとかないんすか?」
「当時の様子を聞くに考えづらい。
一応、現場検証と身体検査はきっちりやったんだろう?」
事件当時、警察からすると最悪だがその場の皆で祭壇下を改め、全員で身体検査をしたらしい。
その後に警察がやってきた際も、改めて全員の衣服や持ち物も調べたし、祭壇からベンチといった物陰まで現場は調べ尽くし、結果は同じだった。
事件からそれまで誰も地下を出ていないことは扉のログでも確認済だ。
「リモコンやタイマーか何かでナイフを射出する装置があったとしよう。
その装置は誰にも気づかれず回収でき、身体検査をパスできるサイズ、とは思えない」
「まあ~言われたらそうなんすけど」
「だが、まるきり不可能ってわけでもないと思う。
あくまで原理的にはだが、方法が二つほど」
「え、あるんすか?
最初からそれ言ってくださいよ」
「原理的にはって言っただろ。
方法だが、一つ目、被害者に自分を刺させた」
「……自殺ではなく、っすよね?」
さすがに察しがいい。捜査一課係長は伊達ではない。
「被害者に普通のナイフだと吹き込むんだ。
それなら刺さったところで吸血鬼の彼女が死ぬことはない。
彼女は安心して自分を突き、死んだ」
「あれっすね。
一階で寝てる人を二階の部屋に運んでから『火事だ、窓から逃げろ!』みたいな」
マットが敷いてあると思い込ませて窓からダイブさせる。
映画の撮影に協力してほしい、この銃はモデルガンだ、などと伝えて自分を撃たせる。
演劇の小道具のナイフを本物にすり替える。
これらの方法の利点は言葉で騙すだけでいいこと。
外形的には自殺や事故と見分けがつかず、疑われたとしても証拠はない。
「ナイフは被害者当人に持ち込ませればいいから金属探知機の問題もクリアできる。
とはいえこんな真似をさせようと思ったら被害者との信頼関係は必須だし、遠田さんが一番怪しいのにはちがいないが」
「あんた、女房を何だと思ってんだ」
黙って話を聞いていた遠田が不快そうな調子で言う。
「刺しても大丈夫っつったから刺したって?
吸血鬼だって死なないだけで痛いんだよ。
刺せって言われて刺すわけないだろうが」
「儀式上の意味ある仕草というのは考えられませんか。
例えば伯爵にそういうエピソードがあるとか。
串刺し公、なんてあだ名されたくらいですから」
「聞いたことねえや。伯爵はいつもする側だ。
それもあの面はな、倅の形見なんだぞ」
ならドッキリだったとか――とは口に出せそうもなかった。
後で他の信徒にも確認するとして、厳粛な儀式の最中にそんな奇行をさせるのはたしかにあまりにもハードルが高い。
「もう一つは、吸血鬼の刺客が紛れ込んでいた線」
「刺客?」
「ああ。もちろんその場合も遠田さんが共犯だ。
侵入したそいつはあなたからナイフを受け取り、祭壇下にコウモリの姿で隠れた。
そいつは人間態でも被害者の体の陰にすっぽり収まるほど小柄で、そして儀式の最中に変身を解除し、予め忍ばせていたナイフで突き殺した」
「殺せても逃げる時どうするんすか?
みんなで探し回ったんすよ?」
「逃げる必要はない。
自爆すればいい」
「へっ?」
「犯人は自分の脳幹を貫く形でナイフを投擲。
ナイフは勢いそのまま被害者を射抜いた。
信徒が見た
「そこまでして何で共犯に乗ったんすか? 自分も死ぬのに」
吸血鬼は死を何より恐れる。かつて試練派の司祭から
「俺に思いつくのは宗教的な動機だな。
教祖が自殺したように見せかけることで、信徒たちに対して教えそのものを貶めたかった。
自爆もそいつの宗教観念に基づくものと見ればまあ、あり得なくはないんじゃないか?」
何しろ前例はすでにある。
「そいつぁねえよ」
否定の言葉は遠田の口から発せられた。
「このビルの所有者は女房だ。
あたしがいなきゃ出入りできないんじゃ面倒だからな」
「失礼しました。たしかにそれでは無理ですね」
実際は所有者が存在しないためにフリーパスということらしい。
「じゃあ、こういうのはどうっすか」
「アーニャ様も共犯者を知ってたんじゃないですか?」
「どういうことだ?」
「事情があって夫婦同意で匿ってたけど、遠田さんが唆して裏切らせたとか」
「なるほど」
密かに吸血鬼を匿っているという線はないではない。
この教団自体、クリプトの崩壊時にあぶれた吸血鬼を保護すべく始まったらしい。
唆したというよりは、最初からこのトリックでアーニャを殺すべく、遠田が嘘の窮状でも訴えて共犯者を匿うよう促したのかも知れない。
「ただ、この説も苦しいのは同じだ」
「えっ」
「祭壇下に潜み、実行の瞬間まで信徒にもターゲットにも気づかれない。
変身を解き、ターゲットに一切抵抗を許さず自分ごと貫く。
あまりにも綱渡りじゃないか。
被害者が声の一つでもあげたり、変身を解いた時に祭壇にぶつかったり自分の体の一部でもはみ出てギャラリーに見られたり、それだけのことで瓦解する」
どちらの説も「原理的には」と前置きしたのはそういうことだった。理屈をつけようと思えばつけられるとしても、実際の手段としては現実味に乏しい。
現実的にありえる推理が浮かんでいたら、今みたいに容疑者の前でぺらぺら喋ることもない。
「たしかに……。
じゃあ~自殺なんすかね?」
「ちがうよ、たまちー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます