伯爵教

 遠田みなとが訪ねてきたのは一年と少し前。

 取材をさせて欲しいとの話だった。


 記者でもWebライターでもなく美大生。


『専攻は日本画っす。

 これでもけっこうデカい賞獲ってんすよ』


 SNSのポートフォリオを見せながら言った。

 食器や果物といった題材でもどこか躍動するような構図とタッチ、鮮やかな色使いが印象的だ。


『神野さんをモデルにしたくて』


 最初は絵のモデルの話かと思ったが、どうもちがうらしい。


『最近、漫画描くようになったんですよ。

 超難しいんですけど面白くって。

 それで、新作に吸血鬼の探偵を描きたいんです。

 モデルにさせてください』


 俺の理想のヒーロー像だからと目を輝かせながら。

 太陽は褒められるとどこまでも調子に乗る。

 主人公に着せてと手作りの探偵衣装を見せびらかし、表紙用の決めポーズを考案してスケッチさせるなど終始ノリノリで、月生げっしょうにもミステリ監修を求めてくる。


『推理よりはアクションとかそっち系がいいんです。

 俺あんま頭よくないんで。

 ただ面白いんじゃなくて、吸血鬼のイメージを変えるようなのにしたくて』


 両親がやっている宗教の影響が大きいという。


 伯爵教はくしゃくきょう

 荒湧市で活動する新興宗教だ。

 ドラキュラ伯爵の崇拝という教義を掲げている。

 湊の母が教祖で、父は実務のトップ。

 彼自身は人間だが、大いにその影響を受けて育った。

 漫画も吸血鬼の探偵が権力に立ち向かう話らしい。


『布教したいとかじゃないんです。

 ウチの名前出す気はなくて。

 ってか出した時点でブラバ確定でしょ』


 その見立ては正しいだろう。

 信者数は公称でも二百人程度。

 活動範囲もほとんど荒湧市周辺。

 活動内容は祈りの儀式と信徒同士の交流に相互扶助。

 生活支援。社会奉仕活動。他宗教との交流。

 そんなこじんまりした団体の割に知名度は高い。悪い意味で。


 教祖が吸血鬼。信者にも多数。

 しかしそんなことより何より教義の人聞きが悪すぎる。

 ドラキュラ事変の首謀者。

 世界を分断と混乱に陥れたロキでジョーカーでメフィストフェレス。

 自分の呪いを数世紀にわたって広め続けた世界一の迷惑おじさん。

 ヒトラーもスターリンも敵わない悪の代名詞。

 それが伯爵という男だ。


 彼を一番憎んでいるのは悪魔派ではなく吸血鬼たちだろう。

 そんな奴を拝んでいる。儀式では教祖が扮するというのだから。

 

『実際の伯爵はそりゃクソっすよ。

 でも本人じゃなく、何ていうかシンボルなんですよ。

 木彫りの熊を飾ったからって熊害事件を喜んでるわけじゃないでしょ』


 渾身の作だという悪魔像と伯爵面の写真を見せて続ける。

 海賊旗のドクロ、紋章のドラゴンやライオン。

 象徴する精神性こそが重要なのだと。

 では伯爵にどんな精神を象徴させているのか。

 

『神様に従わず生きるパンクさですかね。

 試練派って上から感あってムカつきません?

「神様を信じるなら吸血鬼も受け入れてあげる」的な?

 だからいっそ神なんか棄てちまえって。

 そういう集まりです。

 実質は宗教じゃなくて地域の互助会みたいなもんなんで。

 ウチに入んなくてもやってける人たちには必要ないと思います。

 ただ、同じ考えの人には増えてほしいっすね』


 そんなことを言いながら集会のポスターを勝手に置いて帰っていった。

 太陽と同じタイプだ。


 取材後、メッセージアプリのアカウントに彼から投稿があった。


『書き上がったら一番に読んでほしいです』


 その約束が果たされることはなかった。

 この訪問から二週間も経たず、湊は命を落としたから。


 それから一年、今度は彼の母が死んだ。

 伯爵に扮しての儀式中に顔面を聖銀のナイフで刺されて消滅したという。

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