地獄への道は真実で舗装されている

「朝海さんの死後、二人はハンターたちに復讐を始めた。

 銀十字に入ったのはターゲットの動向を把握しチャンスを伺うため。

 牙痕を敢えて残したのもターゲットの油断を誘うため」

「油断? 警戒されるんじゃないすか?

 伝説の吸血鬼ですよ?」

「有名だからいいんだよ。

 外見が割れているし、吸血鬼は成長もしない。

 ハンターたちは吸血鬼に狙われてると考える。

『正体不明の吸血鬼』じゃ近づく全てを警戒されかねない。

 だが犯人は加賀美ライラ。外見は十歳の女児。

 そう知れ渡れば、それ以外へのガードは緩くなる。身長は変装でごまかすのも難しいからな」

「三件目も、あのバスの中に?」

「ダウンジャケットの、髪の長い女、多分あれが彼女だ。

 背負ってたリュックに加賀美の首が入っていた。

 当然、本来は最前列のハンター狙い。ダウンとカツラもカメラ対策の変装だろう」


 もちろんバスの車内で殺すつもりはなかったはずだ。

 ターゲットがバスに乗ったため、追跡のためにしかたなくといったところか。


「それで、何で全然関係ない人を?」


 だんまりだった真昼が答える。

 机に置かれた、映像と同じリュックを擦りながら。

 よく見ると補修テープのようなものが張られている。

 あの下に殺害時の牙痕が隠れているのだろう。


「あの人が、リュック開けようとしたから、ってライラは言ってた。

 何でか意味分かんないけど。そういう痴漢?」

「多分、バニラの匂いのせいだ。キミの香水の」


 月生の答えに、真昼はわけがわからないという顔をした。


「斎藤は重度の大麻中毒だった。

 大麻は青臭い匂いがするが、感じ方は個人差が大きいらしい。

 甘い、って声もある。

 恐らく斎藤はそうだった」


 斎藤は大麻依存で妄想が激しくなり判断力も低下していた。

 すぐ近くから漂うは魅惑的な芳香にちがいない。

 給湯室の茶葉や、喫煙所のガラナの時のように。

 欲しくてたまらない薬が入っている、と。

 恐らくその正体は、リュックの中のライラから発せられる匂い。

 ライラもあの香水をつけていたのだ。

 イギリスで百年以上続く銘柄。ライラが人間時代からある香りだ。


「リュック内の加賀美は鋭敏な聴覚で斎藤の動きを察知した。

 焦っただろう。

 ファスナーを開けられでもすれば日光で即死。

 声を出せないからパートナーに危機も知らせられない。

 だからリュックに触れる手に牙を突き立て、斎藤を殺した」


 あの時ダウンの女、つまり真昼は後ろによろけるような動きをした。

 あれはコウモリ形態のライラが吸殺のため人間態に戻り、不意に重量が増したからだろう。


「その時のキミがどこまで事態を把握してたかわからない。

 ただ直後の祭り会場で本来のターゲットが降りて後を追った。

 結局そいつを殺してないのは周りに人が多すぎたからか?

 だが代わりに斎藤の血を吸えたし、殺った直後に降りるなんて怪しすぎる行動も他に大勢降りたことで目立たずに済んだ」


 真相を思いつくきっかけは香水の結びつきだ。

 バニラの香りと大麻が。

 仮にあのリュック内にライラがいたら、あのまま吸血を行えるとしたら。

 そのことと朝海の首の傷が噛み合い、真相が浮かんだ。


「……すっごいね。

 合ってるよ、全部」


 何もかもどうでもいいという調子で真昼が認める。

 静かだった。

 遠くからホルンの音色や運動部の掛け声が聞こえる。

 生徒にも教師にも普段通りの放課後にちがいない。

 生徒の一人が連続殺人を暴かれているなんて知る由もなく。


『そこまでして、復讐したかったの?』


 静寂を破ったのは太陽の声だった。


『ちょっと間違ったらリュック開けられて死んでたかも知れない。

 お母さんがライラを守ってくれたのに』

「やめろ。太陽」


 電話越しの糾弾を遮る。


「球地。自供してるんだ。逮捕してくれ」

「……そうですね。真昼ちゃん」

「気づいてるんだね、探偵さん」


 強引に終わらせようとする月生の焦り。

 その動機を、犯人は察したようだった。

 取り調べ、裁判と続けばこの秘密は絶対に明かされることになる。

 あの男を許すわけにはいかない。

 それでも、今は、この流れで触れるのは酷すぎると。


「気、遣わないでよ。意味ないから、もう」


 何故そこまでしてハンターたちを狙うのか。

 単純に、そうしなければ生きられないからだ。

 彼らを選んだのは復讐にちがいない。

 だがそうでなくても、真昼以外から吸わねば生きられなかった。

 何故、真昼は母のように自分の血を吸わせなかったのか。

 体重30kgの女児なら頭部の重量は3〜4kg。

 2ヶ月に1度の吸殺で足りていた通り、必要量は1日100ml足らずになる。

 しかしその量なら、真昼が与えればよかったはずだ。

 軽い負担ではないだろうが、ここまでリスクの高い殺人を繰り返すよりは。

 それができなかった理由が、月生には見当がついている。


「知ってるよね!!??

 おじさんもさあ!! わかるよね!!??

 何でライラに血をあげれないか!!!」


 ずっと蚊帳の外だった汐を、殺そうとしていた男を呼ぶ。

 全く事態についていけていないだろう彼だが、これについては誰より知っている。


「見つかっちゃうから……全部」


 表情を歪ませ、涙声になる。

 球地も察した風に目を見開き、クソ野郎と小さく毒づく。


 予感があったのは、事務所に来た時からだった。

 叔父と姪、にしては行き過ぎに思えるスキンシップ。

 真昼の強張った表情。

 太陽に触れられた時の反応を聞いて、予感は強固になった。

 それでも予感の域は出ない。

 気軽に触れていいことではない。

 遠回しに探りを入れるようなアプローチを今は後悔している。


 牙痕があればすぐ見つかってしまう行為を、汐にされていた。

 犯行が常に昼間なのは、夜は外に出してもらえないから。

 ずっと汐の相手をさせられるから。

 汐を殺せなかったのはライラの安息の場所を守るため。

 吸血鬼は、家主の許しを得た建物にしか入れない。

 真昼はあの家の主だ。

 ただし、未成年の真昼があの家を所有できるのは汐が後見人だから。

 十八歳を迎えれば後見人としての叔父は用済み。

 確実にアリバイのある時間帯、吸血鬼と無縁に見える方法で殺そうと。


「ちなみにさあ、吸血鬼の探偵さん」


 何もかもを暴かれ、失った犯人は、へらりと笑いながら続ける。


「何で、アンタんとこわざわざ依頼行ったと思う?」

『えっ……』

「本当は止めて欲しかったから…………じゃ、ないでーっす!

 期待した!? 言われたかった!?」

「血を盗むため」


 あまりの痛々しさに、月生は割って入る。


「今日の計画が頓挫して血を吸えない日が続いた時の保険に。

 吸血鬼はだいたい住処を隠してる。

 所在を公表してて、事務所の規模の割に広すぎるウチに、住んでるんじゃないかとあたりをつけた。

 そうすれば血液パックも保管されてる可能性が高い。

 それで、盗みの下見として依頼を口実に事務所へ来た。

 君は冷蔵庫にあるのを確認した途端に帰ったね」


 そして実行に移した。

 保管場所の真横の窓を叩き割り、手を突っ込んでツマミを開けようと。

 空き巣のような手口、ではない。

 空き巣だったのだ。

 吸血鬼を憎んでいること、ハンターのやり口を想起させることが思い込みを招いた。


「……正解。

 そしたら血は盗めないし、バレるし……全部裏目に出てるね。

 あんたらのとこさえ行かなきゃ……。

 ライラ、神様はやっぱ、うちらのこと嫌いっぽい。

 ヘマしてごめん。無理だった。

 この世界、汚いまんまだね」


 はらはらと涙を流しながら、開きっぱなしの窓に手をかける。


「真昼ちゃんっ!」

「おい」

「地獄で待ってる」


 窓の桟に足をかけ、夜空にその身を躍らせた。

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