生首に聞いてみろ

「佑月汐のところへ行くんだ。

 最悪もう殺されてるかもしれない」


 事態は火急。

 これ以上説明する時間も惜しいと。

 その言葉で、太陽はコウモリの姿で飛び立った。


 向かう先は月生に言われた寺の霊園。

 最速の飛翔動物はハヤブサと言われている。

 だが彼らが最速なのは重力に任せて垂直降下する時。

 水平飛行最速はブラジル原産オヒキコウモリ、その速さは時速160㎞に達する。

 航空力学的に優れた体型と長く狭い翼の賜物だ。

 そして、吸血鬼の筋力で羽ばたいたならその速度さえも優に超える。


 どうして佑月汐が、真昼の叔父が狙われるというのか。

 どうしてその寺の墓にいるとわかるのか。

 根拠は何もわからない。

 ただ、月生(げっしょう)があんなに真剣に発した言葉だ。

 疑う発想が太陽にはない。


 飛ばした甲斐はあった。

 まだ生きている汐(うしお)を墓地の上空から発見した。

 加賀美ライラの姿はあたりにない。

 立ち並ぶ墓碑や、少し離れた木の陰に潜んでいるわけでもないようだ。

 羽ばたきながら降下、着地は彼のすぐ目の前、寸前で変身を解除する。

 狙撃は次の瞬間だった。

 空を切り裂く。飛来する何か。

 狙われる、月生の言葉。

 汐の頭を抑えて伏せさせる。

 間一髪、数センチ上を何かが掠めていく。


「撃たれた?」

「な、何ですかっ!?」

『太陽、どうなった、大丈夫か?』


 地面に転がった携帯から月生の声。

 話し相手は真昼じゃなかったか。

 汐は混乱の渦中だが太陽もわけがわからない。

 次の瞬間、二発目が来た。

 やはり汐を狙っているらしい。

 今度は寸前で受け止める。

 袖を手袋代わりにキャッチしたのは、白い光沢を帯びた牙。

 発射元を睨む。

 木の上に何やら直方体の箱。

 見た目は鳥の巣箱みたいだが、正面下部に風穴が二つ並ぶ。


「木の上の箱から何か飛んできた」

『……なるほど。

 多分そこに加賀美ライラが隠れてる。

 佑月汐は墓石の陰にでも隠れさせろ。……そいつも絶対に逃がすな』

「う、うん?」


 逃がすな? 狙われていたじゃないか。

 彼も共犯者? 仲間割れ?

 それに、隠れているというが箱は高さ三十センチほどだ。

 コウモリになって潜んでいる? じゃあこの牙は……?

 コウモリの状態でスイッチを入れられる発射装置があるのか……?

 警戒しながら近寄る。

 人間なら登るのも一苦労な高さだが、ひょいとジャンプするだけで手が届いた。

 針金を引き千切り、地上に降りて蓋を外す。


「……は?」


 驚愕する。

 同時に、わけのわからなかった相棒の言葉に合点がいく。


 吸血鬼は脳幹を失わない限り死なない。

 吸血鬼は血を吸い続ける限り死なない。

 吸血鬼の吸血は食事というより儀式だ。

 生物的な消化吸収のメカニズムは存在せず、ただ牙で血を吸う行程を踏めばそれでいい。この儀式を行う限りは生きていられる。

 たとえ心臓も肺も失っても。

 脳幹が欠損せず、牙で血を吸えるなら。

 

 たしかに、加賀美ライラがそこにいた。

 コウモリの姿ではない。

 新生児でも収まりそうのない箱に、彼女は身を潜めている。

 生首として。

 彼女の白い顔は、全てを諦めたような表情で太陽を見ていた。


「生きてる……? ねえ…………何か言ってよ」

『喋れないんだろ。肺がないから』


 電話越しに、まるで見えているかのような調子で。


『佑月真昼は、加賀美ライラの首を持ち歩いて犯行に及んだ。

 リュックにでも入れたままターゲットに押し当て、布地ごと皮膚を貫き血を吸わせたんだろう』


 加賀美ライラとしての目撃証言がないまま犯行を繰り返せた理由。

 実際に現場をうろついていたのは佑月真昼だった。


「自分で首切ったってこと? 血吸うために?」

『ちがうだろうな。多分全ては、彼女が生首になったことに始まる』


・・・


 真昼の通う高校の空き教室。

 室内には月生と呼び出した球地、そして犯人である真昼の三人だ。

 太陽を墓地へ向かわせると、月生はフェラーリを飛ばして学校へと急いだ。

 真昼を確保するために。

 すでに墓地に向かっているかもしれないが、学校なら校舎の所有者の許しもなく加賀美ライラ(吸血鬼)を連れ込むのは不可能だ。

 絶対に彼女一人。自分たちだけで確保できる。


 教室の窓は大きく開け放たれ、冷たい風が吹き込んでいる。

 恐らく、この方角に墓地があるのだろう。

 直接見ることはできなくとも、その瞬間を共有したかったのではないか。

 しかし犯行は阻止され、こうして現場を押さえられている。


「加賀美ライラ、首だけなんすか?」

『たまちー? ……生首が箱に入ってる。でも月生、何でわかったの?』


 言い逃れようがないと悟っているのか何の反論もない。

 犯人がこういう態度だと本来は推理を披露する必要もない。

 しかし逮捕権を持つ球地をちゃんと説明せず連れてきてしまった。

 月生(げっしょう)は納得してもらうべく推理を続ける。


「首だけになったって、もしかしてお母さんが殺された時っすか?」

「そうだ。詳しい経緯までは知らないけどな。

 剣なのか矢なのか弾なのか、聖銀の武器で首から下を失った。

 聖銀による欠損は絶対に治らない。

 つまり永遠に生首になったんだ」


 真相のヒントをくれたのは、直前の太陽の推理だった。

 朝海の首の傷はどうやってついたのか。


「朝海さんは、首だけになった加賀美を守ろうと呑み込んだんだ。

 人間態のままの生首でも無理。コウモリでも丸ごとは無理。

 コウモリの首なら、口に隠せる。呑みこめる。

 朝海さんが死んでからしばらく経って、娘が探しに来る。

 声も出せず存在を知らせる手段のない加賀美は変身を解いて姿を現した。

 その結果があの傷だ」

「…………じゃあ」


 球地は目をぱちぱちと瞬かせる。

 今の話が意味することに気づいたようだ。

 朝海が身を呈して守る。真昼の前で自ら姿を現す。

 その後、二人が共犯となってハンターたちを殺して回る。

 これらを説明できるシンプルな答えは。


「加賀美はもとから佑月母娘に匿われていた。

 血も当然彼女たちから。

 あの牙痕は吸われたんじゃない。自分から吸わせたんだよ」


 朝海の体型の変化も推理の材料の一つだ。

 痩せていた彼女が肥満体だった夫の死後、倍近くまで太った。

 これは想像でしかないが、彼らが血を与えるべく太ったのだとしたら。

 毎日数百mlの血を抜かれるのは分担しても相当にキツいはずだ。

 しかし、血液量は体重の13%。

 つまり、太れば比例して血は増える。

 血液量が多いほど、同じ量を抜かれてもダメージは相対的に軽くなる。

 だから太った。ライラの血袋になるために。

 そして、朝海の夫も極端な肥満体だった。

 夫の生前から彼ら親子はライラを匿っていたのかもしれない。

 夫は妻と娘のために太ったし、妻は成長期の娘のために太った。

 しかし、おそらくは交際相手の風波を通じてだろう。

 嗅ぎつけられ、朝海は殺される。

 最後の最後で、文字通り我が身を盾にライラを守って。


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