佑月朝海について

「証拠は何もありません。だからこの話は人に言わないで欲しい。

 ただ真相が何にせよ、彼女が銀十字と関わりを持つことには警戒を絶やさないようお願いします」

「そのつもりです。あの人たちのこと、私も好きになれませんから」


 月生の言葉に頷きつつ、うしおは「ただ」と続ける。


「ただ?」

「風波さんが死因を隠蔽したってお話、私も納得しかけたんですけど、気になることがあって、あの……首、憶えておられますか?」


 一瞬何のことだかわからなかった。

 真昼に見せられた写真だ。

 朝海の首は千切れる手前まで断裂し、折れた脛骨や切れた神経が断面から覗いていた。


「警察の方からお聞きしたんですが、義姉の首は内側で爆発でもあったようにしか思えないそうです」

「爆発、ですか」

「ええ。でももちろん、火薬なんか使った痕跡はないって。

 私、詳しくないですけど、ハンターの武器って言っても銀でできているだけでボウガンとか銃とか、そういったものですよね。こういったことを可能にする道具があるんでしょうか」


 しばらくの間を置いて、月生は深く頭を下げた。


「忘れてください。憶測で被害者を貶めるようなことを口にしてしまった」

「いえ。真昼に辞めて欲しいっていうのは変わりませんから。

 私も説得を続けていきます。

 あの子は普通に、女の子してるのが一番幸せなんだから」

 

 女の子ね。

 月生は声に出さずに呟く。


 聞きたいことも聞いた。そろそろ帰ろうかと思い、なんとなしに室内を見回すと壁掛けのカレンダーが目に留まる。

 今日に当たる日付に赤字で『真昼 ハッピーパースデー』と書き込まれている。


「真昼さん、誕生日なんですね」

「ええ」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます。でも、その日にあんな幼稚な悪さをしたって知らされるなんて」

「叱ったら、祝ってあげてください。更生するのにも、大切にしてくれる人がいるのが一番大事ですから」


 汐は頷きつつも、何だかあまり嬉しくなさそうな、固い笑い方をした。


「あの子、学校が終わったらお墓参りに行こうって言うんですよ?」

「……ご両親の?」

「ええ。四丁目の、お寺の。今は少なくなりましたよね。

 誕生日にお墓参りって、親孝行かも知れないけど、事件のことに囚われてるんだなと思うと」

「……加賀美ライラを捕まえることが、解放のきっかけになるかも知れない。朝海さんの死の真相だって、加賀美なら語れることがあるはずだ」


 その言葉に、汐ははっと顔をあげる。


「依頼、受けてくださるんですか?」

「いえ……やはり不確実すぎますし。

 ただもしも我々が捕まえたら、ヘブン探偵事務所の功績をバンバンアピールして宣伝にご協力ください。それが依頼料ということで」


 汐が「ええ」と頷く。それから、真昼にと言ってメモ書きを手渡した。


「捜査一課の球地警部の番号です。

 事件のこと以外も、同性ですし、何かあったら彼女に相談を」


 家を出て少し離れた駐車場へ。停めてある真紅のフェラーリは事務所の社用車だった。

 もちろん税金対策なんかするほど儲かってはいない。

 太陽が「速い方がいいじゃん」という馬鹿過ぎる動機で選んだ。

「修理も全部やるから」と犬を飼いたがる子供みたいなことを言い張り、そのために整備士の資格も取った。

 名前はスレイプニル。太陽しか呼んでいない。


 乗り込むと球地たまちに電話し、さっき聞いた情報を確認する。


『ああ~、首!

 そうすね。たしかに変な傷でしたよ』


 すぐさま資料の解剖写真と、添えられた嘱託医の所見がメールで送られてくる。  

 こっちから聞いておいて何だが本当に懲戒処分を喰らった方がいい。

 うしおの話はどうやら本当らしかった。

 脛骨も筋肉も皮膚も、内側からの強烈な圧力で引き裂かれている。

 力のかかり方はほぼ均等で、爆破されたかのよう、という形容も頷ける。

 火傷跡なども見当たらず、内圧の正体は不明――解剖医の困惑が伝わるコメントだった。


『警察が押収したハンター連中の武器と照らし合わせても、あんなことできそうな道具は見当たらないっすね。

「爆心地」は喉の内側だったんすけど、空気圧とかで破裂させるにもクソデカいポンプとか必要でしょうし、ハンターがんなことする意味もわかんないんで』


 とはいえ加賀美ライラなら、つまり吸血鬼なら可能なのかもわからない。

 人智を超えた膂力を持つ吸血鬼だが、これは力があればできるものでもない。

 できたとしても意図があまりに不可解だ。


『最初は不可能犯罪でキャラ立てようとしてたんすかね』

「加賀美が日光を克服してようとなかろうと、は別なトリックが必要そうだな」


 そこまで言うとぷふっ、と鼻から息が漏れるような音が聞こえた。


「何だ?」

『いや、あれですね。先輩。

 すっかり謎解きに夢中ですね』

「……」


 反論の余地は全くなかった。

 たしかに、こっちから電話をかけてまでというのは。

 これじゃあ太陽のことを言えないだろう。


『いいじゃないっすか。

 元相棒的には、やっぱ事件を追ってるのが先輩って感じっすよ』


 探偵になる前、月生げっしょうは刑事だった。

 所属は県警捜査一課。

 球地たまちとも捜査にあたってよくコンビを組んだ。


 警察はいい職場とは到底言えなかった。

 今の言葉ならブラックという他ないだろう。

 辞める時は少なからずせいせいしたのを憶えている。


 それが太陽みたいなブラック社員と無駄に連続殺人の捜査なんかしている。

 球地たまちにからかわれるのも無理はない。


『すでに懐かしいっすね。

 やる気のない自分と、誰より働くけど身内に厳しい先輩のコンビ。

 で、引退後も事件に首突っ込んでんすから刑事の鑑っすわ』


 現役刑事に規則違反をさせる元刑事が鑑なわけがない。


「暇になるのが怖いだけだよ。

 俺は余暇を楽しめる人間じゃないからな」

『先輩、釣りも将棋も写真もすぐ辞めましたよね。

 死ぬまで事件が恋人っすよ先輩は』


 それから、ひひっとわざとらしく笑って球地たまちは告げる。


『知ってます? 

 英語じゃ刑事も探偵もおんなじdetictiveらしいですよ。

 どうせなら名探偵になりましょうよ。太陽くんと一緒に!

 そんで手柄は全部自分に』

「資料の持ち出しがバレないようにな」


 電話を切り、また事件のことに思いを巡らす。

 たしかにどうも、自分は解かない限りこの事件から解放されることはないようだ。


 シートに体重を預けて考える。

 加賀美ライラとは一体どんな犯人なのだろうか。

 朝海の遺体の損壊は何らかの装置で実現できるのかも知れない。

 バスでの犯行は変装スキルの賜物かも知れない。

 しかしそもそも、何故こんなことをするのか。

 ハンターを憎むのは吸血鬼なら当然だが、彼女はハンター以前に自身の罪によって追われる身になっていた。

 数十年も逃げ延びてきたのに今さらになって、それに劇場型なんて無駄にリスクが大きく自己顕示欲を満たすだけのやり方で彼らを狙うだろうか。


 本当に劇場型なのか。

 無意味に課した条件の裏にはそうせざるを得ない理由があるのではないか。

 

 しばらく考え、ふと顔をあげる。

 あたりがすっかり暗くなっている。

 まだ十六時を過ぎたくらいなのに、もう冬だ。

 ミニバンやセダンにしておけばと後悔しながらフェラーリを走らせ、スーパーの半額弁当を買って事務所へ戻る。

 ドアを開ける時、考えていたのは年末調整についてだった。

 中へ入った瞬間、それら全て頭から吹き飛ぶことになる。


 太陽が床に倒れていた。

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