謎解きはディナーのまえに


 正確に言えば、倒れていたのは遮光スーツ姿の人物だ。

 まだ中身が太陽とは限らない。

 とりあえず中身があることに安堵する。

 仮に着たまま餓死していたら、こんな風に膨らんではいないだろう。

 慌ててフェイスカバーを脱がせる。

 緩く編んだ猫っ毛と幼い顔立ち。

 やはり太陽のものだった。


「ほら」


 力なく半開きの口元に、袖をまくった腕を差し出す。

 吸血鬼には疲労も病気もない。彼らの肉体は常に万全だ。

 その例外が“貧血”。

 脳幹を聖銀・日光で消される以外では唯一の吸血鬼の死因が餓死だ。

 治療法はシンプルで、血を吸わせれば助けられる。

 

「いいよ……」

「ナメるな。これくらい平気だ」


 逡巡の末、太陽は受け入れた。

 拍子抜けするほどすぐに終わった。

 十秒で全身の血を吸い尽くすのだから、数百mlなら本当に一瞬だ。

 病院での採血よりはるかに楽。そう思ったのだが。


「月生、顔青くない?」


 儀式が終わった瞬間、いつも通りの太陽だった。

 新鮮なトマトみたいに艶々で、夜の海みたいに綺羅綺羅。

 星の瞳に覗き込まれ、思わずくらりときた。

 今度は月生(げっしょう)が貧血で。


「平気じゃないじゃん!」


 今度は太陽が抱きとめ、ソファへそっと寝かせてくれた。

 身長は月生が二十センチ以上高いが、体格差などものともしない。

 顔も声も少女めいているのに、触れて感じる骨っぽさは少年のものだった。


「お前も、部屋で寝ろ」

「もう元気だよ」

「また足りなくなってもやらんぞ」


 太陽が「うっ」と顔を曇らせる。

 事務所の冷蔵庫に保存されている血液パックが今は一つも残っていない。

 一日一パックのはずの血を大量消費したのは、本来なら寝ている昼間も頻繁に遮光スーツで出歩いていたから。

 加賀美ライラ探しのパトロールだが成果はあがらず、ハンターと出くわしてトラブルになることもしばしばだ。

 夜も尾行張り込みペット探しと昼夜を問わず動き回り、儀式も一日一回どころではなくなった。

 結果、配給分を使い切って倒れたらしい。

 真昼の依頼があってから、ではない。

 市民が恐怖に震え、ハンターが街をうろつくようになった頃からパトロール習慣は始まっている。


「ごめんね、月生(げっしょう)」


 向かいのソファにぺたりと座る。

 しおらしいコイツは何だか気持ち悪い。


「加賀美はあの量の血で足りるのか?」

「足りないでしょ。子供の体でも」


 吸血の必要量は体重の½乗に比例する。

 体重60kgなら400ml/日。

 加賀美ライラの体重を30kgとすると300ml弱になる。

 しかし一連の吸殺は二ヶ月おきに成人男性一人のペースだ。

 人体の血液量はおおよそ体重の13%とされているから血の総量は5、6リットル。日割りすると100ml弱。3分の1しか吸えていない。

 だから表に出ているもの以外でも、加賀美ライラは血を吸っているはずだ。

 何者かに血を分け与えられているのか。

 それとも吸殺して遺体を処分しているのか。


「事件の時以外はじーーっと動かないで我慢してたらどうにかなるのかも。

 潜伏してるんだし」


 そこだけ聞くと少しはこいつにも見習ってほしい。

 月生(げっしょう)の思いを感じ取ったのか、「昼は寝るようにするから」と笑って応える。

 何だか嫌だなと思った。

 こいつには、しかたなく笑うってことが似合わない。

 ただ。


「何でそこまでこだわる?」


 似たようなことを球地(たまち)に言われたばかりだ。

 しかし、月生(げっしょう)は太陽に引っ張られている部分が大きい。

 太陽はどうしてこんなにも積極的なのだろう。

 ヒーロー願望が強いのは今さらだが、にしても不思議だった。


「……佑月は依頼を取り下げた。

 事件なんて他にも起きてる。未解決事件もな。

 それに、言っちゃ悪いがハンターはお前の活躍一つで見方を変えたりしない」

「わかんないじゃん。

 この事件だけじゃないってのはそうだけど、他も解決したいけど。

 でも僕ら以外が見つけたら絶対ライラを殺そうとするでしょ?」

「まあ、だろうな」


 ハンターは言わずもがな、同じく聖銀で武装した警察も。

 彼女が大人しく捕まると思えない。

 凄まじい戦闘となるにちがいない。

 凄惨な結果が待つのは火を見るより明らかだ。

 だから殺すでなく、捕まえると。あてもないのに宣言する。

 悲しげな、寂しげな眼差しで、呟くみたいに言った。


「みんな『化物、殺してやる』って言ってんじゃん。

 そのまま見つかって殺されるのはさ、嫌だよ。悔しい」


 眉間にシワを寄せ、口をへの字に結ぶ。

 そんな太陽を見て思った。


「加賀美ライラ、俺達で捕まえよう」

「……だよねっ」


 途端にぱあっと明るくなる。

 どうも自分はこいつに甘いらしい。

 太陽が喜ぶ顔を見て、気づけばソファから半身を起こしていた。


「何か手がかりってない?」

「手がかりか知らんが、謎は一つ増えたよ」

「それ、難しくなったってこと?」

「考える材料が増えたんだ。前進と言ってもいい」


 仕入れてきたばかりの朝海の首の謎を語って聞かせる。

 太陽はふんふんといった調子で聞いていたが。


「そうだ」


 唐突に何か思いついたような顔で。


「コウモリになったんじゃない?」

「は?」

「変身して口から入ったんだよ。

 そんで、中で人間に戻ったらパーンって破裂するるでしょ」


 この推理はすぐに瓦解した。

 実際に試した。太陽だとわかっていてもコウモリを口に入れるのは嫌過ぎる。

 結果、食道はおろか口に突っ込むのすら無理だった。

 頭はともかく、翼を畳んでも胴周りがとても通らない。

 コウモリ形態のサイズはもとの体格に比例するという。

 加賀美ライラの場合は太陽より一回り小さいくらいだろう。

 朝海の頭や口も、写真を見る限りは極端に大きいとも思えない。

 無理にねじ込めば間違いなく口が裂けるだろう。


 球地(たまち)にメールで聞くと、遺体の口角、口腔内、咽頭に目立った裂傷は見当たらないとのことだった。

 それに、できるとしても意味不明過ぎる。

 一方、偶然でこんな傷はできそうにないのもたしかだ。


「ある意味、バスでの殺人より不可解だな」

「いっこ解けたと思ったのに」


 指と指を合わせるシャーロック・ホームズハンドのポーズで神妙な顔つきをしているが、閃きが訪れる気配はないようだった。

 そういえばと、佑月家で得たもう一つの情報を口にする。


「お前が言った通りバニラだったよ。

 佑月真昼の香水。

 イギリスで百年以上前から売ってるんだと」

「へえ! ホームズの時代からあったんだ」

「……お前の鼻で加賀美も探せればいいんだがな」

「ん~、吸血鬼(ライラ)の匂いって、消えちゃうからね」


 吸血鬼の体組織は、その体を離れたものまで含めて日光で消滅する。

 ニオイ成分も体内での生産物にちがいない以上は同じことだ。

 普通これだけ大規模な捜査なら警察犬も導入されるが、相手が吸血鬼ということで匂いによる追跡は最初から期待されていないらしい。

 せめて犯行が夜なら、発見のタイミング次第で希望が出るのだが。


「今回はともかく、ホントなら犯罪捜査で引っ張りだこだろうな。マトリなんかも」

「マトリ?」

「麻薬取締官。警察なら組対だな」

「か、かっこいいねっ」


 わかりやすく瞳を輝かせる。

 太陽は当然のように刑事ドラマも大好きだ。

 人間の知能を持った警察犬や麻薬犬がいたら貢献度は計り知れない。

 災害救助でも大活躍にちがいない。


「麻薬ってどんな匂い?」

「物による。斎藤が吸ってた大麻なんかは特に匂いが強いらしい。

 青臭いとか何とか」

「じゃあ近くにいたらわかるかもね」

 

 謎が解けたのは、それから一時間ほど後だった。

 太陽が夕食を作ると言った。買ってきたからいいと答えたのだが、食事に気をつけなきゃいけない年でしょと。

 特別料理が上手いわけでもないが、埋め合わせなのかやりたがった.

 黒いドラゴン柄のエプロンで、三つ編みを揺らしてキッチンに立つ。

 冷蔵庫の余り物を炒めていると、香ばしい匂いが漂う。

 食欲が刺激されるより先に、さっきのやり取りが脳内でリフレインする。

 そうして、閃いた。

 思わずその場で立ち上がる。

 気配を感じたのか太陽がすぐさまふり返った。


「何?」

「……」


 頭に浮かんだ一つのピース。

 それをハメると、派生して次々に、さらなるピースの形が浮かぶ。

 およそ全体図と言える絵が見えた時、宣言する。


「すぐに出るぞ」

「……解けちゃった?」

「ああ。全部わかった。次に狙われるのが誰かも。

 急ごう。間に合わないかもしれない」 

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