光のどけき二重密室
「さっきの中にいたんだよね、ライラ」
「そうすね。
祭り会場からは誰も乗ってないって運転手さんも言ってますし。
映像から見ても入口ドアは開いてません。
他の客に紛れられるのは会場までっす」
吸殺という殺し方は犯人がその場にいなければ絶対に不可能だ。
また、コウモリに変身できる吸血鬼だが吸血を行えるのは人間態だけ。
乗り降りの際にはコウモリのサイズを利用し乗客の衣服や荷物に潜り込んだとしても、吸殺の瞬間だけは人間態を晒さなければならない。
そんなことをすれば当然、吸う前に日光で消滅するだろう。
吸血鬼の体は、消滅する際に目も眩むほど強烈な光を放つ。
その発光があったなら乗客が反応していないわけがない。
これは一種の密室殺人だ。
ミステリの花形だが、ここでいう密室は何も鍵のかかった部屋だけではない。
足跡一つない雪原に佇むコテージ。
唯一の通路を監視カメラに見張られた部屋。
犯人が脱出不可能と言い切れる空間であることが密室の定義と言っていい。
その意味で、当時のバス車内もまさに密室だった。
太陽と人の目が作る、吸血鬼だけの二重密室。
「スーツは」
「ないだろうな。目立ちすぎる」
自分の身体を見ながら言う太陽を
実は、吸血鬼の日光の下での活動は全く不可能なわけじゃない。
シンプルにボディスーツのような素材で全身を覆ってしまえばいい。
太陽もその遮光スーツ姿でフェイスカバーを外しただけの格好だ。
だから加賀美ライラが同じ姿で犯行に及んだだけという面白みのない真相も、可能性としてはあり得た。
風波、槇原の二件までは。
それが崩れたのがこの斎藤殺しだ。
間違いなく車内での殺害で、周囲には運転手と乗客の目があった。
吸血鬼は衣服まで含めてカメラに映らない。
しかし目には見えるのだ。
殺害自体は――それにしたって運任せだが――他の乗客の見ていない隙に行えたとしても、「頭部までぴっちり覆った子供」という犯人の外見はあまりにも目立つ。
それらしき人物の目撃証言は今のところゼロ。
「映画に出てきたけど透明になる服ってあるよね。
魔法とかじゃなくて科学的なヤツ。光を上手いこと曲げると透明人間みたくなるんだって」
「光学迷彩か。SFの世界の話だな。現代の技術では人間をすっぽり隠して普通に出歩けるサイズなんてまず無理だ」
もしあってもあれだけ混んだ車内なら「見えないなにかにぶつかった」という不可思議な証言が出ているにちがいない。
「
「今のところ四通り」
「四つも!?」
おどろく太陽に、
「一つ、俺達が想像もしない全く未知のトリック」
「未知ってどんな?」
「未知だから知らん。
二つ、乗客も運転手も全員グル」
「えっ、ズル!?
てか、何でグルになってそんなことすんの?」
「今回の犯人は加賀美ライラだ。加賀美は昔マフィア子飼いの殺し屋だったらしいな。
今は逆に、彼女をカリスマとして崇めその伝説復活のために不可能犯罪を演出するカルト集団でもあるのかもな」
「ほとんど陰謀論っすね。まあ、銀十字は実際似たようなこと言ってますけど」
身も蓋もない、ミステリなら何も面白くない真相だが犯行を説明するだけなら今のところこれが一番ではと思う。
「会議でも共謀説は挙がってたんすよ。それなら全然不可能犯罪じゃないんで。
だから乗客同士の繋がりがないか職場とか家族親戚友人知人、匿名掲示板の書き込みなんかも含めて調べてんすけど」
「何も出ていないと」
「今んとこは」
ならば未知のミッシングリンクでも発見されない限り、この説は却下でいいだろう。
「三つ目は変装だ。
肉襦袢やシークレットブーツ、映画みたいな特殊メイクを駆使してな。
もちろん遮光スーツの上から普通の上を着込んでな。
それで見た目にわからないほど一般人に化けてみせた。
加賀美自身の体格は子供なわけだし、みんな着膨れしがちな季節だ。
多少膨らんでもいけるかもしれない」
「気づかないもんかな~」
「そもそも乗客や運転手は間違いなく加賀美の姿を見ていて、なのに目撃証言を得られてないんだろ? 何らかの変装をしてるのは確実だ」
「ああ、たしかに。十歳くらいの子がいたって誰も言ってないんだもんね」
「実は、そこも検証してまして」
「どうだったの!?」
「変装してるはずってのはそうなんすけど、遮光スーツの上からってのがネックなんすよね」
報告書の後半のページを開いて見せられる。
子供服用のマネキンに遮光スーツを、その上から全身覆うように服を着せ、頭部はカツラ、プロに依頼して特殊メイクまでしてもらった。そうやって撮った写真がパターン別に十枚近く並んでいる。
それを見るとたしかに苦しいことがよくわかる。
どれもこれも、シルエットが流石に歪だ。
顔も、これが映画のキャラクターならリアルなのだろうが写真でまじまじ見ると質感が作り物臭い。
実際に対面したらなおさらだろう。
「まあだが、バスの車内で他の客をそうまじまじと見ないだろう。
それに加賀美は数十年死んだと思われたまま逃げ延びてきた。
その前にもマフィアの殺し屋として敵組織の集まる酒場やホテルにも潜り込んだって話だ。
吸血鬼の性質上、無断侵入は不可能だから普通の子どもを装って堂々と。
変装の名人でも何らおかしくない。一番可能性が高いのはこの線だろう」
時計を見ると、グラスに残ったコーヒーを飲み干す。
そろそろ出なければならない。
立ち上がってコートに袖を通しながら言う。
「トリック以外で気になるのはなぜ斎藤を殺したのかだな。
銀十字と接点がなく、しかし同じ車両に銀十字がいた。本来のターゲットはそっちだったと俺も思う」
「でも、見た目も場所もだいぶちがいますよ?」
「A.それでも勘違いしてしまうような何らかの事情がこの時の加賀美にはあった。
B.勘違いではなく、斎藤を殺す必要があの時に生じた。
ミッシングリンクの可能性を抜きにするならこのどっちかじゃないか。
まあこれが逮捕に繋がるかは怪しいが、居所や犯行パターンなんかを掴むのに、取っ掛かりがあるに越したことはない」
とはいえ、捜査本部ではプロが大勢集まっているのだ。
その会議でこの程度の意見が出ない、検討されないとも思えない。
彼らが斎藤の背後を調べ、停滞しているのだ。
自分に集合知以上の貢献ができるとも思えなかった。
会計を済ませ、太陽と連れ立って店を出る。
背中越しに
「先輩、四つ目は何なんですか?」
「加賀美ライラが、本当に日光を克服している可能性」
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