斎藤晴臣殺害事件

球地たまちはノートパソコンを立ち上げる。

 淀みのない操作で一件の動画ファイルを呼び出した。

 サムネイルを見ただけで何の動画か明らかだ。


「四件目か?」


 球地たまちがこくりと頷く。

 ファイル名は「荒湧交通局提供:斎藤殺害_1118」。

 斎藤晴臣殺害現場である市営バスの車両で、当時の一部始終を収めた防犯カメラの記録らしい。

 警察の権限で照会したカメラ映像。

 捜査書類に輪をかけて持ち出し厳禁のはずだ。

 隣に目をやれば太陽は見るからにうずうずした様子だ。


「さあ、見よ。たまちー。

 吸血鬼の視力で全部見逃さないから」

「それはカメラ次第だろ」


 再び溜息を吐くとコーヒーを流し込む。


「俺達の関与は言うなよ?」

「いや広めてもらおうよ。超宣伝になるじゃん」

「黙れ」

「じゃ、流しますね。どのへんからっすか?」

「とりあえず、被害者が乗る少し前で始めてくれ」


 球地たまちが再生ボタンをクリック。

 通路を挟んで座席が並ぶ車内がフルスクリーンで映し出される。

 右下に表示された時刻は被害者の乗車の一分前。

 すぐにバスが停まり、他の多くの客に混じって作業着姿の男が乗車する。

 この男が斎藤だという。防犯カメラの解像度でも明らかなほど痩せている。

 年齢は二十九歳。

 市内の工場に勤務し、普段からこのバスで通勤。当日も恐らく通勤だった。

 斎藤は右側三列目に座ったまま動かなくなり、職場最寄りの停留所でも降りる気配なく通過。

 終点でも起きない彼を運転手が起こしに行き、死んでいると気づいた。


「この男は唯一銀十字との接点がない、でよかったか?」

「はい。吸血鬼アンチの集会に出てたとかその手の思想っぽいのも今んとこは。

 ただ」

「ただ?」

「同じ車両に銀十字の男が乗ってました。そいつと交流があったわけじゃないすけど、関連は調査中っす」


 その銀十字の男とは最前列の座席に腰掛けた肥満体の中年男、らしい。

 これみよがしに首から提げたガスガン――聖銀の弾が装填され、まず間違いなく違法改造されている――の他、ネックレスやら腕輪やら銀のアクセサリーが目にうるさい。

 典型的な、近頃の市内でよく見かけるハンターのスタイルだった。

 体型も服装も座っている場所も、人違いをするには離れすぎだ。


「今の時点で気づくことってあります?」

「気づいたというか気になっただけだが、やけに混んでないか?

 こんなに客が多かったか、このバス」


 実際、この市営バスは利用客の減少から廃線が秒読みとまで言われていた。

 しかしこの映像ではすでにほぼ満席となっている。


「この日はB級グルメ祭りってのがあったんすよ。

 それ目当ての客がほとんどっすね」


 次もその次も、多くの乗客が乗り込んでくる。

 結果、席から溢れた客が林立するように通路を埋めた。

 普段からこれくらい利用者がいたら経営が危ぶまれることもなかっただろう。

 そして、問題の斎藤だが。


「ずっときょろきょろしてるねこの人」


 斎藤は座るや否や携帯を弄り出し、かと思えば頻繁に手を止めてあたりを見回すなど落ち着きがない。


「誰か探してるのか?」

「いや多分禁断症状っすね。大麻の」

「ヤク中なのか」


 球地たまちは一旦映像を止めて報告書を寄越す。

 付箋が貼られたページには斎藤の情報が事細かに記載されていた。


 十代の頃から大麻を服用。

 何度も逮捕され、更生プログラムもドロップアウト。

 司法解剖の結果、脳には大麻の影響と思しき萎縮が認められている。

 ガリガリの体型も大麻の常用者にはよく見られる特徴だった。

 遺留品の携帯からは売人とのメールの履歴が多数発見されている。

 文面も報告書に全て記載されているが、斜め読みしただけでわかるほど支離滅裂な箇所が目についた。


「妄想と幻覚は相当だったみたいです。

 夜中しょっちゅう叫んでたって同じアパートの住人が。

 職場でも給湯室のお茶っ葉を乾燥大麻と思って盗もうとしたとか、喫煙所で同僚からタバコ奪ろうとしてクビになりかけたとか。その銘柄がガラナってやつで。匂いが大麻に似てるとか何とか。

 ……あ、死にましたね」

「えっ」


 言われなければわからないほど、その死に様は呆気なかった。

 斎藤が座ったまま大きく項垂れた。

 ただそれだけだ。

 見た目には居眠りしているのと区別がつかない。


「事件が続く中での吸殺っすから、通報から一時間もせず機捜が現着っす。

 ソッコーで検視もしたんすけど、顎関節に死後硬直が出てたそうです。

 車内の気温からして硬直が始まるのは死後二時間前後。

 なんで終点の一時間前、今の『がくんっ』の時に死んだと見るのが固いっすね。そうじゃなくても直後のタイミングで」


 とりあえずはその言葉に従うことにする。

 問題の瞬間の10秒ほど前から、今度は0.5倍速で。


「客が多すぎだ」


 牙痕は右の掌にあったとのことだが、その右腕は肩から先がロクに見えない。

 手前の女性客のダウンとリュックサック、長い髪に遮られてしまっている。


「でも、肩ちょっと持ち上がってる」


 太陽がそう指摘する。

 見えている肩の動きは、何か腕を持ち上げているらしき角度だった。

 斎藤が自発的に上げたのか。

 加賀美ライラが掴んで引っ張るなどしたのか。

 斎藤自身の表情や目線の動きは解像度の限界で判然としない。


 問題の瞬間の直後、バスは停車し乗客が大量に降りていく。

 例のグルメ祭り会場とのことだ。

 イベント目当てがほとんどというのは本当らしい。

 残った客は老人が一人と斎藤だけだった。

 時間も押しているのでそこからは32倍速で見てみたが、老人が降りてからも同じ体勢のままバスに揺られ続けていた。

 終点、起こしに来た運転手が騒ぎ出すところで映像は終わっている。

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