革命前夜
奴らは犬だからだ。
計画の同志と思っていた連中が犬だったからだ。
『やっぱり辞めよう』
『アーニャ様はこんなこと望んじゃいない』
アーニャが死ぬと、奴らはそんな風に言い出した。
思えば、前々から連中の惰弱さは目についた。
自分がどれだけ計画の必要性を説いても聞き入れない。
実行役はアーニャが務めると言ってもなお止めようなどとギリギリまでほざいていた。
だからアーニャが死ぬと、奴らは待ってましたとばかりに自殺と決め込み計画を降りた。
その筆頭が遠田嘉也だ。湊の惰弱さも奴譲りだったにちがいない。
遠田は自分が降りることを正当化したくて、自殺に見せかけ妻を殺すなんて卑劣な手に出たのだ。
そして連中もそれに乗った。
結局あいつらは保身を、小さな世界での
自分も危ないところだった。
アーニャが殺されたか自殺かなんてどうでもいいことに囚われていた。
アーニャが本当に自殺だったとしてもやることは変わらない。
主が腰抜けだったとわかったなら、自分が鉄杭となるだけだ。
そうして、決行の日が訪れた。
「
夜久逸彦は翼を広げ、夜空へと飛び立った。
自分を吸血鬼にしてくれ。
元教団員の吸血鬼たちは、計画を知っていたかのように頼みを拒絶した。
絶対に後悔する。
地獄行きは私らだけでいい。
そんな親切ぶった戯言ばかり聞かされた。
犬だ。
首輪で繋がれ、上位者への服従が骨の髄まで染み付いた飼い犬だ。
ようやく探し当てたのは、ハンターに追われ仲間を失った吸血鬼。
そいつも犬にちがいなかったが、犬だけあって金で頼みを聞いてくれた。
闇の住人、伯爵の眷属、
その力を使う日がついに訪れた。
この日、かの国の大統領専用機が荒湧基地へ着陸する。
かつて存在した『クリプト』を訪ねたい。
あの地で命を落とした吸血鬼たちに哀悼の意を表明したい。
大統領が訪日を発表時にそう口走ったことが計画の端緒になっている。
悪魔派の犯罪の数々を揉み消していることが報じられ、こんなパフォーマンスに打って出たのだ。
その欺瞞が許せなかった。
白い機影が時速1000キロで荒湧市上空へと差し掛かる。
この白い鉄の鳥は今宵、邪竜となって日本を襲う。
のぼせあがった強者たちに打ち込む杭の最初の一本となる。
計画はシンプルだ。
コックピットに窓を破壊して飛び込み、中の連中を皆殺しにしたら首相や大臣の宿泊するプリンスホテルへ突っ込む。
管制塔に自分は吸血鬼だと伝え、通信記録を、報道を通じて世界中に流させる。
この件はあらゆる国でトップニュースとなり、誰もが悟るはずだ。
吸血鬼にはこんなことができるのだ、と。
突発的に政府の中枢、首都の中心部、軍事基地を破壊されかねない。
吸血鬼の自爆戦術の脅威は人間のテロの比ではない。
世界中で雌伏の時を過ごす同胞たちも気づくにちがいない。
自分の手には国家の心臓に打ち込む杭が握られている。
自分たちは竜なのだ。
目覚めろ、ドラキュラ。
伯爵は正しかった。
他者を脅す力を持たずに自由も尊厳も得られるはずがない。
問題は力の偏在だ。
持てる者と持たざる者がいることだ。
昔はそうではなかったはずだ。
猿同士の戦いなら純粋に体格が物を言う。
だが、ヒトは投擲の才能を持って生まれた。
投石の攻撃力は体力差を矮小化し、誰もが互いを殺すことができた。
富の面においても、まだ長期的な蓄えという概念が存在しなかった。
しかしすぐにヒトの群れは複雑化、階層化の一途を辿り、社会は個人の暴力では覆せなくなった。
権力者は弱者を支えることを口実に支配を正当化し肥え太る。
その不平等な世界を、今宵覆すのだ。
神野太陽、
湊があんなのに心酔していたのが許せない。
目の前のミクロな悪人を捕まえるだけでヒーローを気取り、世界の構造を維持する巨悪に何も言わない。
あいつらは生涯シコシコと小さな世界を守って満足するにちがいない。
『気持ちはわかる』
『主張は正しい方法でしなきゃいけない』
この手の言葉は弱者を黙らせる刷り込みの典型だ。
なぜって、正しい方法を定義するのは権力者なのだ。
対等な条件で競い合えば、すでに力を得ている側に勝てるはずがない。
さらに力のある側のアンフェアは総じて矮小化、透明化される。
大衆は弱者の投じる小石を声高に非難し、強者の課す常態化した暴力を疑うことすらしない。
その世界を覆すのだ。
権力者をダイレクトに狙った、致命的な報復に出られる世界。
全ての人間が竜になれると気付いた世界。
大国が独占する核なんかとはちがう、万人の万人への相互確証破壊。
それこそが、人間に与えられるたった一つの平等だ。
予定通りの空域、雲の向こうから迫りつつある巨大な機体。
血が沸き立った。
今だ。竜の子は翼をはためかせ、矢となって飛び込んでいく。
しかし彼はやはり、戦士として未熟だった。
獲物を見つけたら、それ以外の世界は一切、目に入らなくなったのだから。
超音波で地形を把握する聴覚を持ちながら、風とジェットエンジンの轟音の中から自分以外の羽音を聞き分けられなかったのだから。
視界に飛び込んだ一羽のコウモリに、頭が真っ白になったのだから。
コウモリは一瞬で人間態、神野太陽へと姿を変える。
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