地上の星

「殺人犯だったんですね、神野太陽あの人

「まあね」


 面会室のアクリル越し、佑月真昼は落ち着いた口調で月生げっしょうに言う。

 顔色がよさそうだった。

 逮捕直後から公判中の彼女は目に見えてやつれていたし、当然精神的にも荒れていて、一時期は自殺未遂も繰り返したと聞く。

 今の彼女は、太陽の過去の罪を知っていた。

 同じ時期に収監された受刑者が事件の報道を見て言及し、それから支援団体の人間に頼んで調べてもらったとのことだ。


「殺すのはダメとか綺麗事ばっか言って、自分は殺してるくせに」


 殺しているからこそだ、なんて言わなくたって真昼もわかっているだろう。

 そして、だからといって納得できるわけでもない。


「最初に組んでた女の人の、みんな吸血鬼にしてやる作戦。

 実行しててくれればよかったのに。

 そうしたら、銀十字なんて今ごろなかったかも」

「俺は、そう上手くいったとは思わないな」


 悪魔派の混乱や内部分裂は招くかも知れない。

 だが悪魔派から宗旨変えするものが多数出現して衰退したのか。

 吸血鬼にされた元悪魔派は吸血鬼として上手くやれただろうか。

 同族になったからと吸血鬼たちは受け入れられるのか。


「じゃあ、泣き寝入りしろっての……?」


 未だに煮えたぎるような怒りをむき出しで。

 彼女はきっと解決なんか望んでいないのだ。

 何かを建設したいだなんて。

 とにかく壊れてしまえと願っているのだ。


 多分、冬空ひまわりだってそんなところがあった。

 太陽の自棄を止めようとした彼女も、やっぱり破滅を望んでいたのではないか。

 それでも、共に生きていけることは希望だったにちがいない。

 世界を巻き込む死を望むより、この世界で生き続けるための、果たすべき目的が欲しかったのだろう。

 ちょうど、目の前の彼女と加賀美ライラの復讐劇のように。


「どうせ泣き寝入りしかないんなら、やり返したっていいじゃん。

 、後悔してないでしょ?」

「……してないだろうな」


 うしおのことだ。

 絶対に後悔させる。

 真昼の自殺を止めた時、太陽は電話越しに啖呵を切った。

 真昼の体を弄び続けた汐は、法廷でも自己正当化に終始していた。

 謝罪や反省の言葉を口にはしたが、心底からのものとは誰も思わないだろう。

 あの日、太陽は片手でライラの首を抱え、片手でうしおを引きずり警察署へ現れた。

 すでに連行されてきていた真昼を見るなり頭を下げた。


『わかってなくてごめん』


 と。

 真昼はうしおを一瞥、『そいつ殺してくれたら許す』と返した。

 だから当然、許されていない。


 月生げっしょうに太陽のような気概はない。

 考えなしに「絶対」なんて言葉を吐く軽率さも。

 どん底の相手に暴力的なほどの綺麗事を訴える覚悟も。


「あいつは外に出たらまたやる。

 過去を隠して次の子を探す。

 捕まったのはヘマしたとしか思ってないし、『次は上手くやる』しか頭にない」

「再犯の可能性は低くないだろうな」

「可能性じゃないから。絶対だから。

 一生閉じ込めとけないなら殺すしかないでしょ?」


 椅子から腰を浮かせ、半笑いで、上ずった声で。

 公判中、斎藤の遺族には謝罪したが風波、槇原は死んで当然、絶対に後悔しないと言い切った。

 その時と心境は変わらないのだろう。

 こんな奴は死んだ方がいい。

 警察にいた頃そう思うことは珍しくなかった。

 しかし、そんな連中も、角度を変えればある種の被害者に見える時がある。

 救いようのない人間に育ったのは本人のせいだろうか。

 捜査の過程で犯人の生育歴を深堀る度。

 その後の裁判記録に目を通す度。

 我々は、彼らに比べて運がよかっただけかもしれない。


「神野はね。

 ずっと面会を要求してるんだ、佑月うしおと」


 真昼に心が動いた様子はなかった。

 せせら笑ったと言ってもいい。


「自己満でしょ。あいつに何言っても通じないから」

「実際、一度も面会は叶ってないらしいな。

 拒否されっぱなしだそうだ」


 当然じゃん、と真昼は笑う。

 月生げっしょうも、太陽が改心させられるとは思わない。


太陽あいつは、許せないと思って通ってる。

 だが、きっとそれじゃダメなんだ。

 相手に寄り添って、共感した上で間違いを説かなきゃならない」


 被害者からすれば胸糞悪いことこの上ない。

 いくら犯罪者の更生の利益を説かれようと、そんなの自分には関係ないのだ。


「何であんなことした奴に、んなことしなきゃいけないの?

 そんなんするくらいならぶっ殺した方がいい。

 いらないでしょ、あんな奴」

「…………君たちが加賀美にしたのだって、同じことじゃないか?」

「あ?」

「加賀美は自分が生きるためなら誰彼構わず殺してきた。

 なのに、君たちのことは愛していたはずだ。

 君たちが守って、愛したからじゃないか。

 加賀美に傷つけちゃいけない存在ができたなら、君たち家族のおかげだ。

 そして、それと同じ生き方を仕事にする人が世の中にはいる。

 だから、君はあの男を許さなくていいが、それでも更生の可能性まで摘むべきじゃない。

 可能性を守れてよかったと思う」


 社会を好きじゃない自分が、こんな社会に阿った講釈を垂れている。

 それでも、本当にみんな殺してしまえと考えるよりは、確実に正義だった。

 正義の輝きに月生げっしょうは魅せられたのだ。

 それを裏切った、安易な道に走るわけにはいかない。


 しばらく、真昼からは何の言葉も返ってこなかった。

 面会時間いっぱいこのままか。

 そんな風に思ったタイミングで、彼女は絞り出すように発する。


「ズルいよ」

「……」

「ライラは死刑にしたくせに。

 ライラには、何でやり直せる可能性、くれなかったの?」

「……そうだな。

 おかしいな」


 死刑制度というものがなくなるのは、きっとまだまだ先だろう。

 おかしい世界で、彼女は生きていかなきゃならない。


 それから沈黙が続き、面会時間も残り少なくなる。

 刑務官が時計を確認するのを見て、月生げっしょうも帰る支度をする。

 そんな時だった。


「私は、納得できない」


 涙を堪えるような顔で真昼が言う。


「だからアイツが出所した後も、死ぬまで粘着する。

 私が絶対に後悔させる。

 他人に丸投げなんか絶対嫌だ」

「……そうか」


 また静寂が訪れ、いよいよ終わりの時間が来たらしい。

 控えていた刑務官が真昼を指すのだろう番号で呼びかける。


「それから」

「……ああ」

「ここを出たら、どんな形でもいいから悪魔派と戦いたい。

 あいつらの好きにさせるのなんか絶対嫌だ。

 ライラは悪魔じゃない。

 普通の女の子で、私のお姉ちゃんだったって言う。

 その時は、私がそのせいで攻撃とか、されたら」

「ああ。絶対に力になる。

 ……ヘブン探偵事務所にお任せを」


 刑務所を出ると、季節のせいかすっかり日が落ちている。

 アウターの隙間から冷気が入り込んで思わず身を縮こませる。

 そんなタイミングだった。


「真昼、元気だった?」


 甘く伸びやかな声が月生を呼ぶ。

 月明かりに照らされて、太陽がそこに立っていた。

 公用車スレイプニルのトランクで寝ていたはずだが、目を覚ますと待ちきれず天敵のいない世界へ飛び出したらしい。

 それはいいのだが、汚い。

 馬鹿みたいな真紅のモッズコート、黒いパンツ、編み上げのブーツ。

 どれも太陽のお気に入りだが、肩まで沼にでも浸かったかのように泥だらけだ。

 球地たまちの妹を助けようと便槽に飛び込んだ逸話を思い出す。幸い糞便ではないらしい。

 何があったのか気になる一方、わかりきっているとの思いもあった。

 何かやるべきことがあったのだろう。そう思ったらこいつは迷わない。

 推理なんかするまでもなく、相棒をやっていればわかることだ。


「ちょっとこんなにしちゃって。

 携帯も壊れちゃったから言いに待ってたの。

 歩いて帰るから、運転お願い」


 じゃ……と踵を返そうとした。

 その、ベチャベチャに汚れたコートの裾を躊躇わずに掴んだ。


「馬鹿言うな、乗れよ」

「えっ、いいよ。

 汚いじゃん」

「気にするな

 汚れるもんだろ、ヒーローのマシンは」


 一瞬目を丸くし、すぐに破顔する。

 シートは後で俺が洗うと言うと、じゃあ遠慮なく、と言いつつなるべく汚さない座り方で助手席に。


「で、何があったんだ?」

「当ててみてよ」

「は?」

「ほら、ホームズがよくやるやつ。

 月生げっしょうなら解けるって。汚れを観察してみて」

「座ったせいでもうぐちゃぐちゃだよ」


 闇の中の太陽。

 その衛星でいられることが、月生げっしょうには少し誇らしかった。




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