地獄には咲かない花
取調室。
この数日も他の刑事から取り調べを受け、挑発的な言動で彼らを苛立たせてきたらしい。
そんな日々は、今日で終わらせてやる。
「お前について聞き込みを続けてたらな。
けっこうな数の人が死刑にしないでくれって言ってたよ」
「はあ?」
「
「馬鹿じゃないの?」
ほんの一瞬、表情が固まる。それからまた、露悪的な仮面を被る。
「彼女曰く、冬空さんの体内に致死量の抑制薬が注入されたんじゃないかって話だ。
血中に溶け出した薬はお前が血液ごと吸ったから検出されなかった、と」
太陽の顔からまた表情が消えた。
さっきよりもずっと長く、露骨な変化だった。
それでも、どうにか動揺を隠そうと太陽は冷笑を浮かべる。
「……ちがうよ。何で僕がそんなことするんだよ」
「そうだな。これからそこを話していくよ」
こんな断片的な情報でこんなにもわかりやすい反応をする。
真相に迫っている証明だった。
馬鹿みたいだと思う。太陽を庇いたいがあまりのこじつけじみた推理なのに。
やはり熱のある人間が一番強い。
そうあって欲しい。
「注射針十本はすぐ見つかったのにセットのはずの薬は一向に出てこない。
薬はどこへ行ったのか。
医師に確認すると、十日分を一度に打ったら致死量を優に超える。まず助からないって話だ」
ここまでは
問題はここからだ。
あの時の
犯人はなぜ彼女の薬液を注射するなんて面倒な殺害手段を選んだのか。
太陽が自分を犠牲にしてまで庇う犯人とは何者なのか。
たった一人、この穴を埋められる人物がいる。
「遺体には、死の直前にできた注射痕がいくつもあった。
彼女は自己注射の大ベテランでそんな失敗を繰り返すはずない、注射に不慣れな第三者が犯人ってのが
俺は彼女の推理を否定したが、注射跡の違和感には反論できないままだった。
答えがわかったよ。
あれはためらい傷だろう」
自殺を決心していても、何のためらいもなく実行できる人間はなかなかいない。
特に刃物のような力加減次第の死に方は恐怖心が露骨に手元に表れ、死には至らない程度の傷を何度もつけてしまうのがザラだ。
これがためらい傷。自殺と判断する一つの材料になっている。
この犯人も針を自分に刺しながら注射の決心がつかず何度もやり直していたことが伺える。
つまり。
「冬空ひまわりだ。
彼女自身が十日分、致死量の抑制薬を自身に注入した」
「……」
「だがお前の牙痕には現に生活反応があったし、中毒死なら解剖で痕跡が見つからないわけがない。
お前が吸ったのはあくまで生前。
そのままなら中毒死が確定の彼女を、お前は吸殺した」
では、どうして太陽はそんなことをしたのか。
助けるつもりで血ごと毒を吸いだそうとしたのだ。
吸血能力の凄まじさ故に誤って彼女を失血死させてしまったのだ――とでも。
これも恐らく真実ではないが、ある意味当たっているとも言えた。
彼は、相棒を助けようとしたのだ。
「やめて」
太陽は尖った声音で拒絶する。
「わかってんだろ? 言わなくていいよ」
「……これは取り調べだ。調書には全部話したこととして書かなきゃいけない。
ただ、お前が全部自供してくれるならそれを書いて事足りる。聞きたくなきゃ自分で喋ってくれ」
その言葉に返答はなかった。沈黙を答えと見て月生は続ける。
なぜ、太陽は恩人で同志で相棒の探偵・冬空ひまわりを殺さねばならなかったのか。
「今の世界じゃ自殺は地獄行きってのが共通理解だ。
冬空は自ら毒を注射した。そのまま死ねば間違いなく自殺。つまり地獄行き。
お前は冬空がもはや助からないと理解すると、症状が出る前に殺した。
彼女の死を自殺にしないために。
地獄に行かずに済むように。
殺すことで自殺を阻止したんだ」
格子の奥の顔が歪んだ。
彼女を手にかけた時の感情が伝わるようで、月生は推理の先を急ぐ。
『病気を苦に自殺を図ったと?』
自殺を阻止するための殺人、その推理を語った時の管理官の反応だ。
月生は否定しなかった。
証拠がないからだ。本当にそうなのかもしれない。
だが憶測でいいのなら、月生はちがうと思う。
冬空ひまわりは、きっとそんな人間ではない。
地獄行きだからではなく、純粋に、彼女は生きたがるはずだから。
この世界にこだわって戦うことを選んだ彼女には、残り少なかろうと命を投げ出すなんてあり得ないから。
大嫌いな神のもとになんて極力行きたくないはずだから。
ならば何故、死を確定させる真似に走ったのか。
答え合わせをしてくれるのは、目の前のこの被疑者だけ。
「冬空は吸血鬼になりたかった。
お前の手で吸血鬼にして欲しかったんじゃないか。
自身に毒を注射して、『このままでは自分は死ぬぞ』と脅したんだろ。
自分を助ける方法は吸血鬼にすることだけだと」
原始生命にとって酸素は猛毒だったが、子孫の我々は進化の過程で適応を果たしている。
同じように、致死毒を服用しても死ぬ前に不死へ進化してしまえばいい。
進化の鍵を手にした男が目の前にいるのだから。
「彼女が吸血鬼化を願った理由は二通り考えられる。
一つはシンプルに病気で死ぬのが嫌だったから、もう一つは――」
「やめて……」
か細い、弱々しい声。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
不謹慎だが、こういう風に泣けることを
「言う……僕が、全部悪い。
ひま姉の頼み、聞きたくなくて殺したのも僕だし、ひま姉にあんなことさせたのも、僕っ……!」
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