月と太陽の邂逅
全然見えない。
目の前の吸血鬼、神野太陽への印象だ。
灰褐色のひっつめの髪は艷やかさ。
ネコ科動物を彷彿とさせる眼差し、丸さとシャープさの同居する輪郭。
抜けるような肌には毛穴一つ見当たらない。
成人しているようには見えないし、人を殺しているようにも到底見えない。
セーラー服でも着せたらみんな女学生と思うだろう。
それでも神野太陽は二十歳を迎えた青年で、殺人事件の被疑者。
当時の
荒湧署には異動してきたばかり。
着任してから初めて取り調べたのがこの神野太陽だった。
取調室の光景は少々風変わりだ。
月生ともう一人の刑事、それから被疑者。
そのメンバー構成はごく普通だが、椅子に座らされる被疑者が今は檻の中にいる。
檻はタイヤ付きの移動式で動物の運搬用にも見える。
ただコウモリに変身して抜けられないよう、聖銀の格子は普通よりずっと目が細かい。
かのヘルシングが考案した聖なる檻の改良版。
その中で、神野太陽はこちらを虚ろに見ている。
「僕が殺した」
変声前の甘くか細い声で自白する。
「認めるんだな?」
「うん」
自分が、冬空ひまわりを殺害した。
何らおどろくことじゃない。
この男が彼女を殺したのは連行前に自ら打ち明けていたことだ。
冬空ひまわり、二十五歳。
職業は私立探偵。
この人物の
「どうして殺した?」
「邪魔だったから」
投げやりな調子で彼は答える。不本意に叱られた子供のように。
「邪魔?」
「あいつらぶっ殺してやるって言ったんだよ。そしたらダメって聞かないから」
彼はもともと、別件で逮捕されてから殺人を自白した。
逮捕したのは
逮捕できたのは半ば偶然だ。
荒湧自然公園では開かれた『銀十字』と支援者たちの集会。
月生は捜査のためにその場にいた。
異動直後でこのあたりのことを何も知らない。
なのに乗り込んだのは、チャンスだと思ったからだ。
立証不可能をいいことに吸血鬼殺しを半ば公言する連中を裁ける証言や証拠が欲しかった。
その潜入捜査をぶち壊しにしたのが神野太陽。
単身パーティー会場へと乗り込み、ハンターたちを相手に大立ち回りを演じたのだ。
連中を皆殺しにするつもりだった、と逮捕後に供述している。
潜入なんて言っている場合ではなく、月生は警官人生で初めて拳銃を抜く羽目になった。
連中を殺したいというのは吸血鬼なら不思議でもなんでもない。
ただ、冬空を殺す理由にはならない。
「彼女が聖銀でも持ってたのか?
だとしても一人でお前をどうこうできたとは思えない。
殺す必要はないだろ」
「ムカつくからっ!」
部屋全体がビリビリと震える。声を張っただけで獣が吠え立てる以上の圧だ。
「法律で裁かなきゃとか綺麗事ばっか言うんだよ。
だから殺した。血吸ってやった。
アイツ人間だもん! 僕の気持ちなんかわかんないよ」
「そうだ、月生」
黙っていたもう一人の刑事そう言って立ち上がる。
自分に代わって詰問するのか、そう思った
タイヤ付きの檻は後退し壁に激突する。金属質な音が部屋に響く。
「チビッたか?」
加虐性がむき出しの笑顔。
触れただけで消滅する檻に入れられた上、外からその檻を揺さぶられる。
どうだ恐ろしいだろう、と。
被疑者に容赦しないと評判の男だった。
「何やってるんです」
本部の係長。階級は警部。
所轄の巡査部長が逆らえる相手じゃないが、目の前の行為を見逃すわけにいかない。
「取り調べだよ」
「今のは暴行に当たる。刑法195条。知らないとは言わせませんよ」
「左巻きにはわからんだろうがこいつらは悪魔だ。人権なんざないんだよ」
「少なくとも法は彼らを人間と見做してます」
「正義ぶってんじゃないよ。
アレか? 色目使ってんのか? こいつに貢いでた変態共みたいに」
「喋ってないでやれよ」
下卑た言葉を遮ったのは、檻の中の被疑者だった。
係長の脅しに、怪物は牙を剥いて笑みを返した。
「殺りたいならさっさと殺してみろ。
僕は死ぬのも地獄も怖くない」
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