Case.1 光のどけき二重密室
Mit und nacht
吸血鬼は夜行性。
今の時代、幼稚園児でも知っている。
彼らの天敵、太陽から逃れるためだ。
日光は吸血鬼の体を滅ぼす。
聖銀も同じ効果があるが、どちらがより怖いかは明らかだ。
光を避けるなんて不可能だ。
宇宙最速の弾丸を地球の半分という射程で無限に放ち続ける無敵の砲台、それが太陽だ。
こんなもの、怖くないわけがない。
不思議なことに、月光は彼らに何の効き目もなかった。
反射した日光も同じく有効だと実験で確かめられているのに。
月光だって月面で反射した日光のはずなのに。
ともかく、そんなわけで吸血鬼は日中屋内に引きこもり、夜に自由を謳歌する。
朝昼は人間、夜は吸血鬼の時間。
それが、ここ半世紀の常識だった。
吸血鬼・加賀美ライラのこの日の狩場は早朝の墓地。
風波省吾は狙われていると知らずこちらに背を向けている。
夜は常に聖銀で武装するこの男も、流石に日中ではそんな様子はないらしい。
油断しきったその背中を背後から狙う。
足音を殺して近づき、とりわけ大きな墓碑の陰からタイミングを伺う。
これ以上気づかれず距離を詰めるのは無理だろう。
後はもう行くしかない。
腿にぐっと力を込める。飛び出せば襲いかかるのに一秒もかからないはずだ。
さあ今だ。今しかない。行くんだ。行け。
……。
頭を抱え、その場を動けずにいた。
怖い。
どう考えても綱渡りだった。
風波に武器がないと言っても今は日中。
一歩間違えばライラは光に焼かれて終わり。
何をビビっているんだと思う。
もっと安全な策があるならそちらを選んでいる。
とっくにわかっていたはずだ。
やらなければ生きる道はない。
邪魔な感情を置き去りに間合いへ飛び込む。
「えっ」
風波がこちらを振り向く。
逃さない。呆気にとられている間に終わらせる。
わずかに背伸びし、男の背中に腕を回し、ぐっと抱き寄せた。
「何で、こ――」
ライラの牙、その双頂が皮膚を貫く。
瞬間、獲物の全身を震わすほどの勢いで血を吸い上げる。
風波は動かない。身をよじるほどの抵抗も見せず、苦悶の呻き一つ漏らさない。
吸血鬼の牙は刺した獲物を麻痺させる。
食らいついた瞬間に勝負は決まった。
それでも第三者が来ないとは限らない。
見られたら終わりだ。
永遠のような十秒が過ぎて、ようやく彼は事切れた。
死に顔を楽しむ間もないまま、うつ伏せにして首の
並んで穿たれた赤い丸穴は、加賀美ライラの名を示す刻印。
さっさと立ち去ろう。現場を見られるわけにはいかない。
この場に人が来ないことを祈る。
同時に、自分が消え次第すぐに誰かが来て欲しいとも。
一刻も早く遺体を見つけて欲しい。
犯人は加賀美ライラだと突き止め、その名を報じて欲しい。
加賀美ライラは太陽を克服した。
獲物たちがその名に震えるのが楽しみでしかたなかった。
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