吸血鬼たちの殺人

ヰ坂暁

ビギンズナイト

 はじめましての方が大半でしょう。

 私はエイブラハム・ヴァン・ヘルシング。

 皆様に比べたら取るに足りない学者崩れに過ぎません。


 皆様をこの場に集めたのはある少年をお見せするためです。

 政治経済、自然科学に宗教……各方面で戦後世界をリードする方々だ。

 その権力と名声で、この恐るべき脅威を人類全体に訴えていただきたい。


 檻の中の少年にご注目を。

 少年というのはこの肉体に過ぎず、実態は人間ですらない。

 吸血鬼ヴァンパイア――私はそう名付けました。

 東欧の古い言語で「啜る者」を意味します。

 目の前の彼はそのうちの一体です。

 我々との外見の差異は肉食獣の如く発達した犬歯くらいのものだ。

 彼らはこの牙を人間に突き立て血を啜る。

 全身を空っぽにするのに十秒とかかりません。

 動物の血を吸うことはない。人類の血のみを糧とするのです。


 それだけじゃない。

 時には自らの血を人間に流し込む。

 すると流し込まれた側も同じ吸血鬼へと成り果てます。

 我々のように新たな個体を作るのではなく、すでに存在する人間を変えてしまう。

 まるでビールスの殖え方、いえ、これは侵略だ。

 人間の肉体という最も尊い神の被造物を、奴らはその血で悪魔の領土へと書き換える。


 奴らの異常性はこんなものではありません。

 どんな猛獣も敵わない恐るべき怪力を持ち、コウモリに変身して空を飛ぶ。

 この檻は奴らの苦手とする聖銀でできています。

 コウモリに変身しても抜けられない程度に目が細かい。

 でなければ、こいつは容易く檻を抜け出してし我々に襲いかかるでしょう。


 誰一人として信じていない顔ですね。

 無理もない。

 ですがほら、この姿見をご覧ください。

 檻の内側がはっきり映っているのに、そこにいるはずのこいつはどこにもないでしょう。

 ウェルズの透明人間などと異なり、皆様の目にはしかと見えているのに。

 まさに地上の存在にあらざる証拠だ。

 ご婦人方は化粧用の手鏡をお持ちでしょう。疑うならどうぞお試しを。


 ミスター・アインシュタイン、こんなことが物理学で説明できますか?

 それだけじゃない………………おい。逃げるな! そこにいろ!

 そらっ!

 落ち着いてください! 静粛に! 

 おどろかせて申し訳ない。

 しかし、こいつが人間でないことを一目でご理解いただくにはこれが一番なのです。

 ダムダム弾を五メートルの距離から浴びせました。

 頭蓋骨も脳漿もスイカのように飛び散っている。

 しかし奴らにこんなのは怪我でもなんでもありません。

 …………ほら、跡形もなく元通り。わずか数秒で。

 あらゆる種類のダメージが一瞬で回復し、決して老いることはない。

 こんな生物が存在し得ますか?

 もちろん。研究はいくらでもしていただいて構わない。

 しかし私は成果が出ないことを確信しております。


 ニュートンもガリレオも、宇宙創造は神の御業と考えました。

 昨今はそれすら人智で解き明かせるとお考えの方も少なくないようだ。

 その思い上がりは今、打ち砕かれたことでしょう。

 この悪魔の能力は奇跡、闇の奇跡です。

 しかし幸い、神は我々に光の奇跡を与えられた。

 一つがこの檻の素材であり、教会で神の祝福を受けた聖銀。

 もう一つが、アダムとイヴの頃より人類を照らす恩寵、空で輝く太陽。


 この二つは奴らの絶対の弱点です。

 聖銀に触れる、あるいは日光に照らされれば途端に体組織は消し飛び、失われた部位は決して再生しない。

 そしてどうやら、奴らの魂の在り処は脳幹らしい。

 再生はそこを中心に始まり、そこに聖銀を当てると、奴らは即座に滅び去る。

 もちろん日光でもです。近づかずに済む分その方が安全でしょう。


 この地上の闇の中に、悪魔共は潜んでいます。

 皆様、神の平和シャロームに満ちた世界を取り戻してやりましょう。

 奴らを光の中へ引きずり出し、地上から一匹残らず駆逐するのが、神の僕たる我ら人類の使命なのです。


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