支え

晴れ時々雨

第1話

口と口を隙なく合わせ、呼吸しがてら下唇に柔く歯を立てて離れる。次の行動を予測して無意識に伸ばした舌先が、ほんの軽く彼の上唇を掠った。

びしゃ

という音と共に脳が揺れ、遅れて頬に痺れが広がっていく。彼が私を殴ったのだった。

半端な体勢をしていたせいで、私は自分の歯で口内を傷つけてしまった。総体的に二つの傷を彼によって付けられたわけだが、直接打撃された頬より、反動で噛んだ内頬の方が痛かった。

何の意識も持たず、反射的に彼を見る。視線が合う直前、もう一度彼は手の先を私目掛け飛ばした。皮膚の表面を叩く激しい音。そのあと両頬を順番に二度目、三度目が飛んできて、体を維持することができなくなって床にくず折れた。本能的に歯を食いしばったため決定的な状態は避けたと思うが、それでも口の中は裂けた傷から出た血で溢れ、どうすることもできずそれを垂れ流すしかなかった。

頭でもあるまいに、口の中の傷にしては血の量が多いと、どこか冷静に考えた。吐き出した血液は想像したより粘度が高く、殴られると唾液が出るんだなあ、などと思った。

それより、彼は泣いていた。私をめちゃくちゃに殴った彼が泣いている。あまりのちぐはぐな感じに吹き出しそうになった。けれどぐっと抑え、彼に手を伸ばした。ようやく捕まえた彼の手首に縋って立ち上がり、ぼうだの涙に濡れそぼる頬をそっと包む。

「ごめん…」

彼はそう言った。

炎の途絶えたロウソクの芯から立ちのぼる細い細い煙のように消えかかった彼の言葉が、いきなり私の心臓を握り潰した。

それは、彼が自分の存在について、常に注釈のように置いた言葉なのだろう。彼は衝動に弄ばれる可哀想な人だ。

彼の髪に手をかけると、ゆっくりと自分の胸まで導いて、慟哭に昂って熱を持った頭を抱え込んで撫でる。

「大丈夫だよ」

私は彼の燃える耳に口をつけて喋った。そして何度も何度も髪を撫でた。彼が自らを生きていいと認める理由に、私はなりたい。

「泣かないで」

でもこれは一時いっとき涙を止めるだけの言葉だから、泣いてもいい。

私の吐いた曼珠沙華が、煉獄を歩く足跡のように点々と周囲で潰れ咲いている。

さあ、自信を持って私を愛して。涙が流れてしまうなら、私が何度だって拭って、狂気に返してあげる。さあ拳を開いて、打ちなさい。|

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