第37話 理性の境界線と、訪れた救世主
「ん……っ、みんな、ちょっと……待って……!」
耳元で重なる甘い吐息、肌越しにダイレクトに伝わる六者六様の柔らかい体温と香り。
三郷の挑発的な指先が僕の首筋を辿り、笹浪さんの豊潤な体温が右腕を濡らし、椎名さんが胸元に深く身を預け、浅利先輩のひんやりとした指が背中をなぞり、凛花さんの吐息が耳たぶを甘く揺らし、天音さんの強張った手が指を強く絡めてくる。
まさに、至高にして命がけの不健全なる密着空間。
あまりの過剰な刺激に頭が真っ白になり、僕の理性という名の防波堤は、今にも完全に決壊しようとしていた。
「なつめ……このまま、私のものになりなさい……」
三郷の桃色の唇が、ついに僕の唇へと重なろうとする――。
その、まさに刹那だった。
ガラガラガラッ!!
「……コホン。あのー……皆さん? 大変盛り上がっていらっしゃるところ申し訳ないのですが……」
更衣室の入り口に、呆れ果てた顔をした生徒会の穂状紗理奈さんが立っていた。
彼女の手に握られた書類ファイルが、パシッと音を立てて手のひらに打ちつけられる。
「白昼堂々、学校の更衣室で何をなさっているんですか!! 特に影久くん! ハーレム状態を満喫してないで正気に戻ってください!」
「穂状さん……っ!?」
その一声で、まるで魔法が解けたかのように更衣室内の甘い熱気が吹き飛んだ。
ハッと正気に戻った僕は、どうにか彼女たちとの密着を解き、壁際に後ずさる。
「ちっ……邪魔が入ったわね」
三郷が不機嫌そうに舌打ちをし、黒ゴシックドレスの乱れた裾を整える。
笹浪さんは顔を林檎のように真っ赤にして僕の腕から離れ、両手で顔を覆ってうずくまってしまった。
「うぅ……私、なつめくんに、あんな……っ」
「……あともう少しで、なつめくんを私の騎士にできたのに」
椎名さんも名残惜しそうに僕の制服の裾から手を離し、浅利先輩は「伴侶……お預け……」と未練たっぷりに呟く。
天音さんは我に返った瞬間、「ふぇぇっ!?」と悲鳴を上げて跳び上がり、凛花さんだけがクスッと楽しそうに唇を指で突いていた。
「あはは、穂状ちゃんタイミング悪いなぁ。いいところだったのに」
「いいところじゃないです! これ以上不健全なことをされたら、生徒会として見過ごせません! ……それに、影久くんの顔が限界突破して真っ赤ですよ!」
穂状さんの指摘通り、僕の顔は茹でダコのように熱く、心臓は爆発寸前だった。
間一髪で踏みとどまったものの、もしあと数秒救出が遅れていたら、僕は一生取り返しのつかないラインを越えていたかもしれない。
「とにかく! 本日の試着および衣装打ち合わせはここまでです! 皆さん、速やかに着替えて下校してください!」
穂状さんの毅然とした仕切りにより、才女たちの甘美な包囲網はどうにか解散となった。
着替えを終え、夕暮れの校門を一人でくぐった僕は、秋の涼しい風に当たって冷や汗を拭う。
「生きて……帰れた……」
命からがら生還した安堵感。
けれど、右腕に残る笹浪さんの柔らかい感触も、首筋を掠めた三郷の熱い吐息も、六人の才女たちが魅せた本気の好意も、いまだに僕の肌から離れてはくれなかった。
文化祭本番まで、あと少し。
僕の平穏を脅かす、甘く危険な修羅場は、まだまだ終わる気配を見せていなかった。
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