第32話 混沌の衣装会議と、密室の試着室

「落ち着いてくれ、みんな! 僕の身体は一つしかないんだ!」


 六大才女たちの熱烈な攻防に挟まれ、僕の悲痛な叫びが生徒会室に響き渡る。

 右からは笹浪さんが腕を抱き締め、左からは三郷が冷ややかな笑みをたたえながら胸元を押さえ、背後からは浅利先輩が「離さない」と抱きつき、正面からは天音さんと椎名さんがじっと見つめてくる。


「影久くん、これ以上の収拾は不可能と判断した!」


 桐谷会長がパンッと力強く手を叩き、書類を掲げた。


「そこでだ! まずは衣装の方向性を決めるため、生徒会で用意したサンプル衣装を実際に着用し、影久くんに一番『似合っている』と認めてもらった者に、第一選択権を与える!」


「会長!? 火に油を注いでどうするんですか!」


 穂状さんが頭を抱えてツッコミを入れるが、才女たちの瞳には一瞬にして勝負師の炎が宿った。


「面白いわ。なつめに、私の最高の姿を見せてあげる」


「私、なつめくんのために昨日もメイクの練習をしたんだから! 絶対に負けない!」


「……私、なつめくんの好きな服、知ってる」


 意見が一致した才女たちは、生徒会室の奥にある更衣室へと雪崩れ込んでいった。

 静けさが戻った部屋で、僕はソファーへ崩れ落ちるように腰を下ろし、深いため息を吐く。


「ふぅ……生き返った……」


「影久くん、本当に命懸けですね……」


 穂状さんが同情の眼差しを向けながら、缶コーヒーを手渡してくれた。一口飲んでひと息ついた、まさにその時だった。


「ねえ、なつめくん。ちょっと手伝ってくれない?」


 更衣室のカーテンの隙間から顔を出した立花凛花さんに、手招きされた。


「え? 僕が更衣室に入るのはまずいんじゃ――」


「大丈夫。更衣室の中にある、個別の試着ブースだから。背中のファスナーが上がらなくて困ってるの。お願い」


 困り顔で上目遣いをされ、僕は断り切れず、試着室の狭いスペースへと足を踏み入れた。


 カーテンが閉まり、一瞬で二人きりの密室になる。

 そこにいた凛花さんは、すでに試着用のゴージャスなドレスに身を包んでいた。

 背中が大きく開いたデザインで、夕日に照らされた白磁のような素肌が眩しい。


「あ、あの……背中を向けてくれる?」


「うん、お願いね」


 緊張で手を震わせながら、僕は彼女のドレスのファスナーをつまみ、ゆっくりと引き上げた。

 指先が微かに彼女の温かな背中に触れ、息が止まりそうになる。


「……ありがと、なつめくん」


 ファスナーが上がり切ると、凛花さんはくるりと振り返った。

 至近距離で重なる視線。彼女の甘い香水と体温が、狭い試着室を満たしていく。


「ねえ……みんなの前では言わなかったけど」


 凛花さんが一歩踏み込み、僕の胸元にそっと両手を置いた。


「私、本気でモデルの仕事を断ってでも、なつめくんの隣に立ちたいって思ってるんだよ?」


「立花さん……」


「『ただの友達』なんて顔をして逃げないで。私のことも、ちゃんと一人の女の子として意識してほしいな」


 彼女の潤んだ瞳が、じっと僕を見つめて離さない。

 触れそうなほど顔が近づき、彼女の柔らかな吐息が僕の唇をかすめる――。


「……なつめ? 試着室で何をしているのかしら?」


 突然、更衣室のカーテンが勢いよく開け放たれた。


 そこに立っていたのは、すでに試着を終えた三郷と笹浪さん、そして他の才女たちだった。

 更衣室の温度が、一瞬で絶対零度まで暴落する。


「なつめくん……? 立花さんと二人で、何してたの……?」


「伴侶。浮気。成敗」


「ひっ、ひぃぃぃぃっ! 誤解です! ファスナーを上げただけです!!」


 密室でのハプニングから一転、本日何度目かの命の危機に陥り、僕の絶叫が放課後の校舎へと再び響き渡るのであった。




―――――――――――――――――――――――――――あとがき!!


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