第27話 修羅場の収束と、待ち焦がれた週末

「離しなさい、椎名さん!」


「嫌。絶対に離さない」


 図書室の閲覧席で繰り広げられる、静かなる、けれど熾烈な引っ張り合い。

 三郷の冷徹な意地と、椎名さんの揺るぎない執着。二人の美少女に両腕を引っ張られ、僕の関節が悲鳴を上げかけた――その時だった。


「……二人とも、そこまでにしなよ」


 本棚の陰から、呆れたような、けれどどこか楽しそうな声が割り込んできた。

 現れたのは、制服の着こなしすら洗練された立花凛花さんだった。


「立花さん!?」


「図書室で大声を出したら、図書室の先生に怒られちゃうよ? それに、なつめくんが可哀想でしょ」


 凛花さんは手際よく三郷と椎名さんの間に入ると、二人の手を優しく、けれど断固とした手つきで僕の腕から引き剥がしてくれた。

 間一髪で生還した僕は、座り込んだまま肩で荒い息を吐く。


「助かった……ありがとう、立花さん」


「ううん。でも、なつめくんも悪いんだよ? いろんな女の子に良い顔をして、気を持たせるから」


 凛花さんは僕の隣にしゃがみ込むと、ポンポンと僕の頭を優しく撫でて微笑んだ。

 その光景を、三郷と椎名さんが刺すような視線で見つめている。


「立花さん、あなたまで混乱を大きくしないでちょうだい」


「三郷さんこそ、仮交際だってバレちゃったからって焦りすぎじゃない? そんなんじゃ、なつめくんに嫌われちゃうよ?」


「嫌うわけがないでしょう。……ねえ、なつめ?」


 三郷の黒い瞳が、僕へ「否定したらどうなるか分かっているわね?」という無言のプレッシャーをかけてくる。


「ひ、嫌うわけないよ! でも、みんな落ち着いてほしいな……」


「……なつめくんが困ってる。だから、今日はここまでにする」


 椎名さんが静かに立ち上がり、胸元で文庫本を強く抱き締めた。

 彼女は僕を真っ直ぐに見つめると、ほんのりと頬を染めて囁く。


「衣装の約束、忘れないでね」


「うん……ちゃんと覚えているよ」


「……チッ」


 珍しく、三郷が小さく舌打ちをした。

 凛花さんはくすくすと笑いながら僕の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。


「ま、とりあえず今日は解散! これ以上騒ぐと本当に怒られちゃうしね。……それに、なつめくんには明日の準備もあるでしょ?」


「明日の準備……?」


 僕が首を傾げると、三郷の表情が再び険しくなった。


「そういえば、そうだったわね。明日はいよいよ……寿羽さんとの『週末デート』の日よ」


「っ! そうだった……」


 図書室の嵐に紛れてすっかり失念していたが、明日は笹浪さんと約束していた週末のお出かけの日だ。


「なつめ。浮かれて他の女に落ちたら、分かっているでしょうね?」


「落ちないよ! ただ約束どおり、一緒にお出かけするだけだから!」


「……信じているわよ、私の彼氏さん」


 三郷は僕の耳元でそう囁くと、名残惜しそうに僕の手を離した。

 こうして、どうにか図書室での大惨劇は幕を閉じたのだった。


 ※ ※ ※


 ――そして、運命の週末。


 雲一つない秋晴れの土曜日。

 僕は約束の十五分前に、駅前の待ち合わせ場所である時計台の前に到着していた。


 私服を着て誰かと出かけるなんて、いつ以来だろう。

 神木さんにトラウマを植え付けられて以来、休みの日といえば部屋に引きこもって本を読むことくらいしかなかった僕にとって、この状況は緊張で胃が痛くなるほどだった。


「遅れたら笹浪さん、怒るかな……」


 そわそわと携帯の画面で時間を確認していると、人混みの向こうからパタパタと小走りで近づいてくる足音が聞こえた。


「なつめくん!」


 名前を呼ばれて振り返った瞬間、僕は息を呑んだ。


 そこに立っていたのは、いつもの制服姿とはまるで違う少女だった。

 秋らしい柔らかなニットに、ふんわりとしたフレアスカート。

 綺麗に整えられた茶髪には可愛らしいヘアピンが飾られ、薄く塗られたリップが朝の光を受けてみずみずしく輝いている。


 学校で「見違えるほど綺麗になった」と噂されていた笹浪寿羽さん。

 けれど、今日の彼女は、その噂を遥かに上回るほど、息を呑むほど可愛らしかった。


「ごめんね、待たせちゃった!?」


「ううん、僕も今来たところだから……。全然待ってないよ」


「よかったぁ……」


 笹浪さんは胸を撫で下ろすと、照れくさそうにもじもじと自分のスカートの裾を掴んだ。

 それから、上目遣いに僕の顔を覗き込んでくる。


「……ねえ、なつめくん」


「ん?」


「今日の私……どうかな? 変じゃない……?」


 不安そうに揺れる彼女の瞳。

 僕のために、今日という日のために、彼女がどれだけの時間と努力をかけて準備してきてくれたのかが、痛いほど伝わってきた。


 だから僕は、迷わず、本心からの言葉を口にした。


「すごく可愛いよ。笹浪さん、本当に綺麗だ」


「――っ!」


 笹浪さんの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。

 彼女は恥ずかしさを隠すように両手で顔を覆った後、意を決したように僕の右腕へと抱きついてきた。


「もう……そういうこと、さらっと言うんだから! ……でも、すごく嬉しい」


 腕に伝わる柔らかな感触と、彼女の甘い香りに、僕の心臓が一気に跳ね上がる。


「今日は三郷さんも、他の女の子も誰もいない……私となつめくんだけの、二人きりのデートだからね」


 笹浪さんは僕の腕をぎゅっと抱き締め直すと、花が咲くような最高の笑顔を僕に向けた。


「それじゃあ、行こっか! なつめくん!」


 こうして、波乱に満ちた僕たちの『二人きりの週末デート』が、静かに幕を開けたのだった。



―――――――――――――――――――――――――――あとがき!!


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