第28話 週末の二人きりと、甘すぎる急接近

「それじゃあ、行こっか! なつめくん!」


 笹浪さんは僕の右腕にしっかりとしがみついたまま、弾むような足取りで歩き出した。

 右腕に直接伝わってくる彼女の柔らかな感触と、ふわりと鼻先をかすめる甘いイチゴのような香りに、僕の歩幅はすっかりぎこちなくなってしまう。


「さ、笹浪さん……? その、腕、すごく近いんだけど……」


「え? 近すぎるの、嫌だった……?」


 笹浪さんが歩みを止め、不安そうに潤んだ瞳で僕を見上げてくる。

 いつもなら「駄目だよ」と言えるはずなのに、今日のために一生懸命お洒落をしてきてくれた彼女の姿を見ていると、どうしても突き放すことなんてできなかった。


「い、嫌じゃないよ。ただ……すごく緊張して、心臓に悪いなって」


「ふふっ、なつめくんでも緊張するんだ? ……でもね、私の方がずっと緊張してるんだよ? 昨日の夜、全然眠れなかったんだから」


 笹浪さんは照れくさそうに笑いながら、ギュッと僕の腕を抱き締め直した。

 その顔は耳の裏まで真っ赤で、言っているとおり、彼女の心臓もトクトクと速いリズムを刻んでいるのが、腕を通じて伝わってきた。


 最初に向かったのは、笹浪さんがずっと行きたがっていたショッピングモール内のカフェだった。

 大きなガラス窓から柔らかな日差しが差し込む店内で、僕たちは向かい合って座る。


「はい、なつめくん! あーん!」


 注文した季節のフルーツパンケーキが運ばれてくると、笹浪さんは小さく切ったパンケーキに生クリームをたっぷりつけてフォークに刺し、僕の口元へと差し出してきた。


「えっ!? こ、ここで!? 周りに人がたくさんいるよ!」


「いいの! 今日はデートなんだから! ほら、口を開けてくれないと、私、寂しいな……」


 上目遣いの潤んだ瞳で見つめられ、僕は抵抗する術を完全に失った。


「あ、あーん……」


「はい! 美味しい?」


「うん……すごく甘くて美味しいよ」


「よかったぁ! ねえねえ、次はこっちのイチゴも食べてみる?」


 嬉しそうに目を細め、花が咲いたような笑顔を浮かべる笹浪さん。

 かつて教室で陰鬱としていた頃の彼女とは、まるで別人だ。僕に好きになってもらいたい一心で、不器用ながらも必死に可愛くなろうと努力してくれた彼女の真っ直ぐな好意が、胸の奥をじんわりと温かくしていく。


 カフェを出た後も、服を選んだり、雑貨店を巡ったりと、僕たちの時間はあっという間に過ぎていった。

 笹浪さんは「これ、なつめくんに似合いそう!」「こっちのキーホルダー、お揃いにしよ!」と、終始はしゃぎっぱなしだった。


 気づけば、外の景色はすっかり綺麗な橙色に染まり始めていた。


 ※ ※ ※


 帰りがけ、僕たちはモールに隣接する公園の、夕日が一番綺麗に見える高台のベンチに腰を下ろしていた。

 風が吹き抜けるたび、笹浪さんのさらりとした茶髪が揺れる。


「……楽しかったなぁ、今日」


 笹浪さんは膝の上で両手を重ね、ぽつりと呟いた。


「僕も、すごく楽しかったよ。笹浪さん、誘ってくれてありがとう」


「ううん。私ね、ずっと怖かったの」


 彼女はゆっくりと顔を上げ、オレンジ色に輝く街並みを見つめた。


「なつめくんが急に格好よくなって、三郷さんをはじめとする学校一の美少女たちに囲まれるようになって……。私なんかが隣にいてもいいのかなって、ずっと不安だったの。昔みたいに地味なままじゃ、なつめくんに見向きもしてもらえなくなるんじゃないかって」


「そんなことないよ! 笹浪さんは昔から、僕にとって大切な――」


「友達、でしょ?」


 笹浪さんは僕の言葉を優しく遮ると、ふふっと少し寂しそうに笑った。

 そして、そっと僕の手を取り、自分の両手で包み込んでくる。


「でもね、私は『友達』のままじゃ嫌なの。三郷さんにも、誰にも……なつめくんを渡したくない。私が一番、なつめくんのことが好きなんだもん」


「笹浪さん……」


「ねえ、なつめくん」


 笹浪さんがベンチの上で身を乗り出し、僕の膝に手をついて迫ってきた。

 夕日に照らされた彼女の顔が、息が触れ合うほどの至近距離に迫る。


 潤んだ茶色の瞳。朱に染まった柔らかそうな頬。そして、薄くグロスが塗られた、みずみずしく輝く綺麗な唇。


「三郷さんとの『仮交際』なんて、もう終わりにして……私を選んで?」


「っ……!」


「私ね、本気だよ。なつめくんに、私の本気を証明してみせるから」


 笹浪さんは僕の服の胸元をキュッと握り締めると、ゆっくりと目を閉じた。

 長い睫毛が微かに震えている。


「……目を閉じて、なつめくん」


 彼女の吐息が、僕の唇に触れるほど近くで囁かれる。

 甘いイチゴの香りと、彼女の全身から発せられる熱気。

 逃げ場のないゼロ距離で、笹浪さんのみずみずしい唇が、僕の唇へとゆっくり重なろうとしていた――。



―――――――――――――――――――――――――――あとがき!!


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