第21話 才女達の包囲網と放課後
その日の放課後。
すべての授業が終了したことを告げるチャイムが鳴り響いた瞬間、僕の一日は、ある意味で本当の終わり――いや、地獄の始まりを迎えていた。
三郷にファイルを没収されたあの昼休みから、授業中もずっと、僕の背中には針で刺されるような視線が突き刺さり続けていた。
笹浪さんは、授業中にもかかわらず「絶対逃がさないから」と言わんばかりに、時折小指を立てて僕に見せてくる。指切りの約束を人質に取られている気分だった。
そして今、僕の机の両脇には、学校一の才女たちがそびえ立っている。
「なつめ。大人しく、私たちの事情聴取に応じてもらうわ」
「そうだよ、なつめくん! あんなファイルを抱えて、色んな女の子とこっそり約束しちゃうなんて、ちょっとお仕置きが必要だと思わない?」
冷徹な瞳で僕を見下ろす三郷と、可愛らしく、けれど逃げ道を完全に塞ぐように腕を組む笹浪さん。
「あの、僕としては、本当に生徒会室で桐谷会長から頼まれただけで……」
「言い訳は、場所を変えてからじっくり聞くわ」
三郷はそう言い切ると、僕の制服の襟元を優しく、けれど絶対に逃れられない力加減で掴み、そのまま空き教室へと連行し始めた。
「わ、分かったから引っ張らないで、三郷!」
教室に残っていたクラスメイトたちが、「また影久が才女たちに拉致されてる……」と言いたげな、哀れみと嫉妬の入り混じった視線を送ってくるのが、本当に胃に痛かった。
※ ※ ※
放課後の静かな空き教室。
夕日が差し込む薄暗い部屋の真ん中で、僕はパイプ椅子に座らされ、二人の少女に正面から囲まれていた。
「まず、天音。彼女が『一緒に出る』と言ったのは本当なの?」
三郷が腕を組み、冷ややかに問いかけてくる。
「うん……廊下でばったり会った時にファイルを見られちゃって、僕が出るなら出るって、天音さんが……」
「やっぱり! 軽井沢さん、なつめくんにベタベタしすぎだよ!」
笹浪さんが不満げに頬を膨らませ、僕に一歩にじり寄った。
綺麗に整えられた彼女の茶髪から、甘いフルーティーな香りがふわりと漂う。
「なつめくん、私の前だけでそういう無自覚人たらしを発揮してって言ったのに。軽井沢さんにも、何かずるいこと言ったんでしょう?」
「何も言ってないよ! ただ、一緒にステージに出られたら嬉しい、みたいなことは言ったかもしれないけど……」
「なつめ。あなたは本当に、自分の言葉の破壊力を自覚した方がいいわ」
三郷がこめかみを押さえ、深いため息を吐いた。
「ただでさえ距離感のおかしいスポーツ女が、そんなことを言われて正気でいられるはずがないでしょう。それに、椎名小春さんまで陥落させたのね?」
「椎名さんも、僕が出るなら出るって……」
「椎名先輩、普段あんなに無表情で大人しいのに、なつめくんの前だと急にグイグイ来るんだから……」
笹浪さんは僕の椅子の肘掛けに手を置き、顔を近づけてくる。
夕日に照らされた彼女の潤んだ瞳が、僕を真っ直ぐに捉えて逃がさない。
「ねえ、なつめくん。本当に、明日その衣装の話をするために、椎名さんと二人きりで空き教室で会うつもりなの?」
「約束、しちゃったから……」
「だめだよ。私、そんなの絶対に嫌」
笹浪さんは僕の手をぎゅっと握りしめた。
その小さな手は、少しだけ震えていた。
「私だって、なつめくんと同じステージに立ちたい。お揃いの衣装を着たいもん。三郷さんばかりにずるいことさせないんだから!」
「寿羽さん、あなたの我が儘もそこまでよ」
三郷が僕たちの間に割り込み、笹浪さんの手を僕から引き離した。
「なつめは私の彼氏。文化祭でペアを組む相手として、私が最も相応しい。これは譲れないわ」
「仮の恋人のくせに、独占禁止だよ!」
「仮であっても、今は私の特権よ」
二人の美少女の視線が、再び至近距離でバチバチと火花を散らす。
挟まれた僕は、ただただ縮こまるしかなかった。
「あの、二人とも。それならさ……」
僕は恐る恐る口を開いた。
「三郷も、笹浪さんも、みんなで同じテーマのコスプレをすれば、喧嘩しなくて済むんじゃないかな?」
僕なりに考えた、平和的な提案だった。
しかし、二人は一瞬だけ動きを止め、それから呆れたように僕を同時に見つめた。
「……なつめ。あなたは、自分がどれだけ酷い拷問を私たちに強いているか分かっているの?」
「そうだよ、なつめくん。女の子が何のためにドレスを着ると思ってるの? 他の誰でもない、なつめくんに『一番可愛い』って言ってもらうためだよ?」
笹浪さんは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、僕の胸元を指先でポツンと叩いた。
「みんなで一緒、なんて、そんなので納得できるわけないじゃん」
「なつめ。私の衣装を、あなたが自ら選んでくれるのなら、私も少しは妥協してあげてもいいけれど?」
三郷も顔を背けながら、耳の裏まで真っ赤に染めて呟いた。
「僕が……選ぶの?」
「ええ。あなたが私に着せたいと思う衣装を、あなたが決めるのよ。それが、待たされた私への誠意というものよ」
「あ! ずるい、三郷さん! なつめくん、私の衣装もなつめくんが選んで! 週末のデートの時に、一緒に着せ替え人形になってあげるから!」
「寿羽さん、言葉のチョイスが不健全よ。なつめの頭を壊すつもり?」
「壊さないよ! 私、本気だもん!」
二人の距離がまた僕へと近づき、夕暮れの空き教室に、二人の少女の甘い香りと熱気が満ちていく。
誰にも見つからないように、誰からも期待されないように生きてきた僕の日常は、文化祭というイベントを前に、もう取り返しのつかないところまで『特別』なものに染め上げられようとしていた。
そして次の日、僕は椎名小春さんとの『空き教室での秘密の打ち合わせ』を控えている。
さらに、週末には笹浪さんとの『二人きりのデート』。
僕の日常のブレーキは、もう完全に粉々に砕け散ってしまっていた。
あとがき
お待たせしました! 更新が遅れてしまい申し訳ございません!!
私の推しは笹浪さんと椎名さんです!!
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