第12話 好きになってもいい

 四限目の終了を告げる鐘が鳴り、張り詰めていた教室の空気が一気に緩んだ。


 昼食へ誘い合う声や、机を動かす音が重なり、教室は瞬く間に騒がしくなっていく。

 僕はというと、今日の授業の内容がほとんど頭に入っていなかった。


 隣の席では、見違えるほど綺麗になった笹浪さんが、授業中も時折こちらへ熱っぽい視線を向けてきていたし、廊下を見れば、三郷が昼休みに迎えに来るのではないかと無意識に身構えてしまう。

 かつてマドンナに嘘告で弄ばれ、教室の背景として生きてきた僕にとって、この状況はあまりにも胃が痛かった。


 このまま教室に残っていれば、また大勢の好奇の目に晒されるかもしれない。

 僕は誰にも気づかれないように息を潜めて席を立つと、飲み物を買うという名目で逃げるように教室から抜け出した。


 最近、自分へ集まる視線が明らかに増えた。

 以前は廊下を歩いていても空気と同じだったのに、今ではすれ違う生徒に名前を呼ばれ、ひそひそと噂話をされることすらある。


 注目されることに慣れていない僕のすり減った神経にとって、人がごった返す一号棟の自動販売機はハードルが高すぎた。

 そのため、僕は自然と第二校舎へと足を向けていた。


 授業中以外はほとんど生徒が訪れない、古びた校舎。

 窓から差し込む光は淡く、外から聞こえてくる喧騒も、分厚い壁に遮られて遠い世界の出来事のように感じられる。


「やっぱり、ここは落ち着くな……」


 誰にも見つからず、誰からも期待されず、何かを求められることもない。

 第二校舎のひんやりとした静かな空気には、僕を外の世界の重圧から守ってくれるような、絶対的な安心感があった。


「影久なつめくん? 」


 不意に、静寂に包まれた廊下へ澄んだ声が響いた。

 静かな湖面へ一滴の雫が落ちたような、柔らかくも耳の奥に心地よく残る響き。


 振り返ると、少し離れた場所に一人の少女が立っていた。

 椎名小春さんだ。


 腰まで伸びた白銀の髪が、開いた窓から入り込む初夏の風にふわりと揺れる。

 長い睫毛に縁取られた青みがかった瞳と、陽の光に透けそうなほど真っ白な肌。


 三郷や天音さんのような、周囲を圧倒する華やかさを振りまく美少女とは違う。

 彼女は、俗物が触れてはいけない静かな雪景色のような、神秘的で侵しがたい美しさを持っていた。

 その胸元には、いつものように一冊の文庫本を宝物のように抱えている。


「椎名さん?」


 僕が名前を呼ぶと、彼女は僅かに目元を緩めた。

 普段からほとんど表情を変えない彼女だからこそ、その氷が解けたような小さな変化が、妙に脳裏へ焼き付く。


「よかった。遠くから見た時、雰囲気が違うから別の人かもしれないと思った」


 椎名さんは足音を立てずにゆっくりと近づき、僕の半歩隣へと並んだ。

 少しだけ見上げるような形になる青い瞳が、僕の顔をじっと見つめている。


「僕も、まだ今の自分の姿には慣れていなくて」


「私は分かった。顔が変わっても、歩き方が同じだったから」


 驚いた。

 僕の歩き方の癖なんて、自分でも意識したことがなかったのに。


「よく見ていますね」


「……あなたのことは、見ているから」


 さらりと言ってのけた彼女の言葉に、僕は一瞬返す言葉を失った。

 しかし椎名さんは照れる素振りも見せず、「どこへ行くの?」と、淡々とした声で僕の行き先を尋ねてきた。


「自動販売機で飲み物を買おうと思って」


「私も行っていい? 」


「もちろんです」


 僕が頷くと、椎名さんは「そう」とだけ短く呟き、再び僕の半歩隣を歩き始めた。


 彼女は大人しいというより、無駄な言葉を口にしない人なのだと思う。

 沈黙を恐れず、相手へ無理に話を合わせようと取り繕うこともない。


 それでも不思議と、彼女の隣を歩くことに冷たさや息苦しさは感じなかった。

 同じ空間にいることを静かに許容し、受け入れてくれている。

 そんな、日陰の苔のような心地よさがあった。


「椎名さんは、よく第二校舎にいますよね。僕もここは空気が穏やかというか、外の騒がしさから守られている感じがして好きなんです」


 歩きながら何気なく口にすると、椎名さんが不意に足を止めた。

 僕も立ち止まって振り返ると、彼女は胸元の小説をぎゅっと抱き締めていた。


「……同じ。私も、そう思っていた」


 椎名さんは目を伏せ、長い睫毛が白い頬に影を落とす。


「今までは、ここに来れば一人になれた。でも最近は、あなたが来るかもしれないと期待するようになった」


「僕がいて、邪魔でしたか? 」


「逆」


 間髪入れず、即答だった。

 静かだった彼女の声に、僅かな熱が混じる。


「一人になれる場所だったのに、今はあなたがいないと、少し物足りない」


 表情は先ほどとほとんど変わっていないはずなのに、彼女の白い頬には、雪解けのような淡い赤みが差していた。

 僕がその変化に戸惑っていると、椎名さんは真っ直ぐに僕を見つめ直した。


「一つ、聞いてもいい? 姫月三郷と付き合っているという話は、本当?」


 唐突な質問に、僕の胸の奥が小さく跳ねた。

 僕と三郷が仮交際であることを知っているのは、僕たち本人と笹浪さんだけのはずだ。


 椎名さんにだけは真実を打ち明けるべきか、一瞬迷った。

 しかし、これは僕にトラウマを植え付けた神木さんを見返すために、三郷が立ててくれた計画だ。僕の判断だけで秘密を明かすわけにはいかない。


「はい。僕にはもったいない人ですけど」


「……そう」


 椎名さんは、ふっと視線を落とした。

 胸元に抱えていた本へ細い指が食い込み、表紙が僅かに歪む。

 先ほどまで僕と同じだと言ってくれた時の柔らかな空気が、急速に温度を下げていくのを感じた。


「あの、少し元気がないような……」


「気のせい」


 そう答えながらも、彼女は僕から顔を逸らして窓の外を見つめている。

 もしかすると、彼女自身にも何か恋愛の悩みがあるのかもしれない。

 僕は少し踏み込むことにためらいつつも、そっと尋ねてみた。


「椎名さんには、好きな人がいるんですか? 」


「……いる」


 予想していなかったほど、はっきりとした答えが返ってきた。

 椎名さんは窓の外の景色に視線を向けたまま、ぽつりぽつりと紡ぎ出す。


「まだ、好きと呼んでいいのかは分からない。でも、その人が誰かと話していると、胸の奥がざわざわする。その人の近くにいる女の子が、全員いなくなればいいと思うこともある」


「それは、少し過激ですね……」


「でも、傷つけたいわけではない」


 椎名さんは窓から差し込む光を浴びながら、自身の胸の上へそっと右手を置いた。


「ただ、その人の目に、私以外が映らなくなればいいと思うだけ」


 とても静かな声音だった。

 感情を荒らげているわけでも、泣いているわけでもない。

 だからこそ、その言葉の奥に底知れぬ重さが潜んでいることが、痛いほど伝わってきた。


「叶いそうにないけど。その人には、恋人がいるから」


「そうなんですね……」


 好きな相手に恋人がいる。

 それは、きっと息をするのも苦しいことなのだろう。

 それでも僕は、目の前の美しい少女が悲しそうにしているのがいたたまれなくて、言葉を紡いだ。


「でも、椎名さんみたいな魅力的な人なら、すぐに諦める必要はないと思います」


「魅力的? 」


「はい。綺麗ですし、頭もよくて、本を大切にできる優しい人ですから」


 僕の言葉を聞いた椎名さんが、ゆっくりと顔を向けた。

 驚いたように、青い瞳が微かに揺れている。


「私を、そう見ていたの? 」


「もちろんです」


「……そう」


 彼女の瞳の奥に、ふたたび小さな光が灯った気がした。

 椎名さんは迷うように唇を開閉したあと、意を決したように僕へ一歩近づいた。

 フローラル系の、甘く控えめな香りが鼻先を掠める。


「もし……その気になる人が、あなただったら。あなたは、どう思う? 」


 声が震えていた。

 普段はどこか浮世離れしている彼女が、今はひどく不安そうに僕の答えを待っている。

 僕が何か残酷なことを言えば、そのまま砕け散ってしまいそうな危うさがあった。


 仮定の話だろう。

 僕は深く考えず、素直な気持ちを口にした。


「嬉しいです。椎名さんみたいに可愛い人から好きだと思ってもらえるなら、僕はすごく幸せ者ですよ」


 椎名さんの目が大きく見開かれた。

 次の瞬間、雪の下から一輪の花が芽吹いたように、その整った顔立ちへ微かな、けれど確かな笑みが浮かんだ。


「可愛い……」


「はい」


「姫月三郷よりも? 」


「そこは比べることではないと思いますけど、椎名さんにしかない綺麗さがあります」


 僕が答えると、彼女は食い入るように続きを促してきた。


「私にしかない? 」


「椎名さんは、静かな場所に咲いている花みたいです。派手に自分を見せようとはしないけれど、見つけたら目を離せなくなるというか」


 口にしてから、自分がとんでもなく気障なセリフを吐いたことに気づき、顔が熱くなった。


「すみません! 今のは忘れてください」


「忘れない」


 椎名さんは即答した。

 彼女は胸元の本を、先ほどより大切そうに強く抱き締める。


「絶対に忘れない」


 そう呟いた彼女の声は、どこか誓いを立てるかのように響いた。

 そして彼女は、僕の目を真っ直ぐに射抜いたまま、最後の問いを投げかけた。


「好きな人に恋人がいたら、あなたならどうする?」


 難しい質問だった。

 僕の脳裏に、かつて僕を地獄へ突き落とした神木さんの姿がよぎる。


 僕が好きだった人には、最初から彼氏がいた。

 しかもその事実すら隠され、僕の好意はクラスの笑い者にされるための極上のスパイスとして消費された。

 それでも、もし相手から「ごめんなさい」と普通に断られただけなら、僕はどうしたのだろうか。


「すぐには、諦めないと思います。無理やり奪ったり、迷惑をかけたりはしません。でも、自分の気持ちが残っているうちは、振り向いてもらえるように努力して、自分を知ってもらうための行動をすると思います」


 僕は少し自嘲気味に笑った。


「僕、意外と諦めが悪いみたいなので。本当に迷惑だとはっきり言われるまでは、簡単には燃え尽きないと思います」


「……恋人がいても、好きでいていい?」


「気持ちは、誰かに禁止されるものではないと思います」


「想いを伝えても? 奪おうとしても?」


「相手の迷惑にならない形なら……常識の範囲で、正々堂々となら」


「そう」


 椎名さんの瞳へ、完全に光が戻っていた。

 それどころか、先ほどまでにはなかった、燃えるような強い意思が宿っている。


「分かった。私も、諦めない」


 椎名さんは僕へ、これまでで最もはっきりとした笑顔を見せた。

 長く厳しい冬が終わり、春が訪れたことを告げるような、圧倒的な微笑みだった。


「影久なつめくんが、そうしてもいいと言ったから。ありがとう。頑張れる気がする」


「応援しています。椎名さんなら、きっといい恋ができますよ」


「……本当に、不思議な人」


 椎名さんが何を不思議に思ったのか、恋愛の機微に疎い僕には、到底理解できそうになかった。


        ※ ※ ※


 第二校舎の自動販売機へ到着し、僕は財布から千円札を取り出した。


「椎名さんは、何が飲みたいですか? 今日は僕が出しますよ。一緒に来てくれたお礼ですし、友達ですから」


「友達……」


 その単語を出した瞬間、椎名さんの表情が再び僅かに曇った。


「友達では、嫌でしたか? 」


「嫌ではない。でも、ずっと友達のままは嫌かもしれない」


 椎名さんは僕の視線を躱すように、自動販売機に並んだミルクティーのボタンを指差した。

 またしても、肝心なところで話を逸らされてしまった気がする。

 僕は首を傾げながら、自分の分の炭酸飲料と、椎名さんのミルクティーを購入した。


「どうぞ」


「ありがとう」


 椎名さんは両手で缶を受け取った。

 冷たい缶の表面を細い指先でなぞりながら、彼女はじっと、僕が持っている炭酸飲料を見つめている。


「そっちも飲んでみたい」


「交換しますか? 」


「一口だけ」


「分かりました」


 僕が自分の缶を差し出そうとした、その時だった。

 椎名さんは缶を受け取らず、僕の手を両手でそっと包み込んだ。

 ひんやりとした彼女の手の感触に、心臓が大きく跳ねる。


「椎名さん? 」


「動かさないで」


 僕の手に自分の手を重ねたまま、彼女はゆっくりと顔を近づけてきた。

 そして、僕が持っている缶へ直接唇をつけ、こくりと一口だけ喉を鳴らした。


 そこは、さっきまで僕が口をつけていた場所だった。

 間接キス。

 その事実に気づき、僕の全身の血が沸騰したように熱くなる。


「あ、あの……! 」


「炭酸、苦手。でも、今のは嫌じゃなかった」


 椎名さんは何事もなかったかのようにすっと顔を離した。

 表情は相変わらず平坦だが、尖った耳の先だけがはっきりと赤く染まっている。

 僕まで急に恥ずかしくなり、手に持った缶へ口をつけることができなくなってしまった。


「影久なつめくんは、飲まないの? 」


「少し待ってください」


「どうして? 」


「いえ、その……」


 しどろもどろになっている僕を見て、椎名さんは僅かに口元を緩めた。

 完全にからかわれている。

 僕が息をつこうとした、その時だった。


 開いていた窓から、初夏の突風が勢いよく吹き込んだ。

 ガタッ、と嫌な音がする。

 壁際へ立てかけられていた清掃用の金属製脚立がバランスを崩し、ゆっくりとこちらへ傾き始めた。


 倒れる先には、椎名さんがいる。


「危ない!」


 考えるよりも先に、体が動いていた。

 僕は手に持っていた缶を取り落とし、椎名さんの細い腕を掴むと、力いっぱい自分のほうへ引き寄せた。


「きゃっ……」


 軽い衝撃と共に、細く柔らかい体が、僕の胸の中へすっぽりと飛び込んできた。

 僕は彼女を庇うように強く抱き締めたまま、倒れてくる脚立から数歩後ずさる。


 直後、背後で鼓膜を劈くような大きな音が響いた。


 ガシャン――! 


 重い金属製の脚立が床へ叩きつけられ、耳障りな音が静寂に包まれた第二校舎へ反響する。

 もしあれが直撃していたらと思うと、背筋が凍った。


「椎名さん、大丈夫ですか!? 」


 腕の中にいる彼女へ視線を落とす。

 白銀の髪が僕の腕へ流れ、シャンプーと甘いバニラが混ざったような香りが鼻先をくすぐった。

 抱きしめた体は驚くほど華奢で柔らかく、胸元には椎名さんの額がぴったりと触れている。

 彼女の小さな両手は、恐怖からか、僕の制服の背中を強く握りしめていた。


「怪我は!? どこか痛いところはありませんか?」


「……大丈夫、ない」


「よかった……」


 無事を確認した途端、緊張の糸が切れ、全身からどっと力が抜けた。


「椎名さんに何かあったらと思うと、本当に怖かったです」


「私に?」


「当たり前ですよ。大切な友達が目の前で怪我をするなんて、絶対に嫌ですから」


「……友達」


 僕の胸へ顔を埋めたまま、椎名さんが小さく呟く。

 その声には、先ほどと同じような僅かな不満が滲んでいた。


「でも、大切? 私が怪我をしたら、悲しい?」


「すごく悲しいです」


「いなくなったら? 」


「考えたくもありません」


 僕の素直な返答を聞くと、椎名さんの制服を掴む手に、さらにきゅっと力が込められた。


「なら、もう少しこのままでいて。まだ、怖いから」


 腕の中の彼女は、震えているようには見えなかった。

 それでも、懇願するように顔をすり寄せてくる彼女を、引き剥がすことなんてできなかった。


「分かりました。落ち着くまで、このままでいます」


 少しでも安心できるようにと、彼女の華奢な背中へそっと手を添える。

 椎名さんは僕の心臓の音を直接確かめようとするように、頬を胸元へ強く押しつけてきた。


「速い」


「驚いたので。すみません」


「私のせい? 」


「椎名さんを抱き締めているせいも、少しあるかもしれません」


「……そう」


 彼女の耳が、先ほどよりもさらに赤く染まる。

 けれど、僕の胸に押し当てられたその口元には、隠しきれない満足そうな笑みが浮かんでいた。


「私も、速い」


「やっぱり驚きましたよね。あんな音がしたら」


「違う」


 椎名さんは、僕の胸からゆっくりと顔を上げた。

 互いの鼻先が触れそうなほど、近い距離。

 吸い込まれそうな青い瞳の中に、顔を真っ赤にして戸惑う僕の姿が、鮮明に映り込んでいた。


「影久なつめくんが、近いから」


「す、すみません!」


 慌てて離れようと体を引いたが、背中を掴む手が僕を逃がしてくれなかった。


「まだ、離れていいとは言ってない。あと少しだけ」


 椎名さんは甘えるように、再び僕の胸へ額を預ける。

 静寂を取り戻した古い校舎の廊下で、二人分の重なり合う心臓の音だけが、やけに大きく響き渡っていた。


        ※ ※ ※


 倒れた脚立を安全な場所へ移したあと、僕は椎名さんをいつもの空き教室まで送り届けた。


「本当に、保健室へ行かなくて大丈夫ですか? 後から痛くなったら、すぐに行ってくださいね」


「影久なつめくんは、心配性」


「椎名さんが無事だったから言えるんですよ」


 教室の前で別れを告げ、僕は自分のクラスへ戻るべく踵を返した。


「影久なつめくん」


 呼び止められ、振り返る。

 椎名さんは教室の扉の前で、胸元へ小説を抱きしめて立っていた。


 いつもの、無表情に近い静かな顔へ戻っている。

 それでも、僕を見つめる青い瞳だけは、出会った時とは比べ物にならないほど、確かな熱を帯びていた。


「さっきは、助けてくれてありがとう」


「椎名さんが無事で、本当によかったです」


 僕が心底安堵して笑いかけると、彼女は眩しいものを見るように目を細めた。


「また、明日も来て」


「この教室にですか? 分かりました。借りた本も読み進めておきますね」


「本がなくても来て」


「え?」


「私に会うために来て。待っているから」


 椎名さんは、静かに、けれど有無を言わさぬ口調で言い切った。

 僕が返事をするより早く、教室の扉がゆっくりと閉じられる。

 僕はその場でしばらく心臓を押さえて立ち尽くしたあと、急いで自分の教室へと戻った。


 ――一人になった空き教室。


 椎名小春は、閉ざされた扉へ背中を預けていた。

 なつめに買ってもらったミルクティーを胸元へ強く抱き締め、先ほど彼が口をつけていた場所を、細い指先でそっとなぞる。


「友達のままは、嫌」


 誰もいない教室に、鈴を転がすような独白が落ちた。

 白い頬が、彼に抱きしめられた時の熱を思い出したように、じわじわと赤く染まっていく。


「諦めなくてもいいって、言った」


 彼が何気なく伝えた言葉を、一言一句、宝物のように確かめるように呟く。


「恋人がいても、好きでいていい」


 青い瞳へ、静かで、強烈な独占欲の光が宿る。


「だから、私は悪くない」


 そして椎名小春は、誰もいない教室で、とろけるように甘く微笑んだ。


「次は、私があなたを守る番」


 その表情は雪景色のように美しく――同時に、一度手に入れた温もりを、何があっても二度と手放すつもりのない、激しい執着を秘めた少女のものだった。

 


―――――――――――――――――――――――――――あとがき!!


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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