第13話 カナエカナタ

「じゃあ、始めようか」


 カナエとカナタはさくらの周りを駆け回る。複雑に入れ替わる二人の姿に、さくらはどちらがどちらか分からなくなった。

 双子のカミサマは手をつなぎ、さくらの前に立った。


「じゃあ、改めて聞くね」


「私たちは、おねーさんたちの願いを受けて、ここに来た。あなたは何を願うの?」


 カミサマたちは、同じ顔に異なる表情を浮かべてさくらに問いかける。


「何かを思い出したい?」

「何かを忘れたい?」

「「どちらでも、叶えてあげる」」


 さくらはナナシを見た。ナナシは何も答えず、黙って首を振る。さくらは自分の黒髪を撫でて考える。


「……私はあなた達を知らない。あなた達は何ができるの?」


 カナエとカナタは、「えっ?」と驚いた顔でさくらを見上げる。


「「僕たちのことを知らないで来たの?」」


 さくらは「ええ」と答えた。天野なら知っているのだろうが、さくらは神格鑑定局に配属されたばかりだ。カミサマの知識などほとんどない。


「カナエは想起をつかさどる。失った記憶を、失われたモノと一緒に思い出させてあげる」


「カナタは忘却をつかさどる。忘れたい記憶を、忘れたいモノごと消してあげる」


「「さあ、あなたはどちらを選ぶ?」」


 二人の説明に、さくらはカナエの説明をしたカミサマを見る。カミサマは興味深そうな笑みを浮かべていた。

 さくらは社の前に腕を組んで立つナナシへと視線を向けた。月明かりでは彼の表情まで見えない。


「記憶をつかさどるカミサマにお願いすることってありますか?」


 さくらはナナシに問いかける。ナナシは腕を組んだまま、少し顔を伏せる。


「カナエ、カナタ、少しヒントをあげてもいいかい?」


「「いいよ。おねーさんは、何も知らないみたいだからね」」


 カナエとカナタは手をつなぎ、境内にある石の上に座る。さくらは罰当たりではないかと思ったが、座っているのはカミサマだと思いなおした。

 ナナシが、ゆっくりとさくらの目の前まで歩いてくる。


「今回の事件を終わらせる方法は二つある。それが何か分かるかい?」


 ナナシの問いかけに、さくらは「二つ?」と問い返す。ナナシはただ黙って、さくらが答えを返してくるのを待った。


「一つは、分かります。カミサマを見つけ、悪事をやめさせることです」


「まあ、カミサマが悪事と思っているかは分からないけど、そうだね。

 カミサマを見つけ出すこと。これが一つ目の方法だ。じゃあ、二つ目は?」


 ナナシの再度の問いかけに、さくらは答えを返せない。他の解決方法などあるのだろうか。

 答えを返せないさくらの顔を、ナナシは覗き込んだ。


「二つ目はね、君が事件を忘れることだ」


「何を、言ってるんですか?」


「君が覚えているから、神格事件として成立する。君が忘れてしまえば、いずれ全員の顔が消えて、事件の記録も消えて、それで終わりだ。後には何も残らない」


 ナナシの黒い瞳に、吸い込まれそうになる。しかし、さくらは首を振った。


「そんなこと、できません」


「なぜだい? 被害者は顔を盗られたわけじゃない。ただ新しい顔をかぶせられただけだ。

 時間がくれば、新しい顔がなじんで事件の記憶と共に元の顔が消える。元の顔は誰の記憶にも残らず、事件の記録はどこにも残らない。

 それの何が問題なんだい?」


「起きた記録が消えれば、なかったことにしてもいいんですか!」


「誰も覚えていないんだ。そもそもに、事件として成立しないだろ?」


 ナナシの言葉を否定できない。さくらが覚えているから、事件が事件として残っている。けれどもし、さくらまで忘れてしまったら。

 言いよどむさくらのポケットで、スマホが震えた。


『そんなもん、詭弁だ。誰に知られなくても、事件は事件だろ?』


 ナナシはさくらのポケットからスマホを抜き取ると、境内に放り投げた。


「こっくりさんの意見は聞いてない。僕はね、君の意見を聞きたいんだ」


 ナナシは真剣は顔でさくらを見つめる。目をそらしたい。しかし、目をそらせない。目をそらせば、何かが終わってします気がする。


「……私は、……私も、コンと同じ意見です。起きたことはなかったことにならない。たとえ、みんなが忘れても、きっとどこかに何かが残る」


 さくらは言葉をつなぎながら、自分の意見をまとめていく。


「そう、忘れていることが問題です! 記憶を奪い、事件の発覚を隠している。これほど悪質な事件はない。

 私だけが、このカミサマを捕まえることができるなら、忘れるわけにはいかない」


 さくらの答えに、ナナシは不満そうな顔で、しかし納得したように頷く。


「論理的ではないし、僕の求める答えじゃなかった。……でも、君は答えを返した。

 じゃあ、君の勇気に免じて特別に二つヒントを上げよう。

 カナエは何でも思い出させることができるけど、それは願いの強さに比例する。今の君の願いじゃ、弱い。

 せいぜい、これまですれ違った人の顔や今までに食べた食事のメニューを思い出すくらいしかできない」


 願いが弱いという言葉にさくらは不満げな表情を浮かべたが、ナナシの二つ目のヒントを黙って待った。


「二つ目、カナエとカナタの識別方法だけど、今の君じゃたぶん分からない。

 だから、僕が呼びかけた時にどちらを向いていたかを思い出してごらん。そうすれば、どちらがカナエか分かるはずだ」


 ナナシはそう言ってさくらから視線をそらし、カナエとカナタを見る。


「もういいよ。伝えたいことは伝えた」


 カナエとカナタが再びさくらの近くまで歩いてくる。


「「じゃあ、答えを聞かせて。どっちを選ぶ?」」


 さくらは手をつなぐ二人のカミサマを交互に見る。双子のカミサマは顔も服装もまったく同じ。声の高さや口調も、違いがまったく分からない。


「カナエにお願いしたいわ」


「「カナエはどーっちだ?」」


 双子のカミサマは意地悪な笑みを浮かべる。さくらはナナシの言葉を思い出し、カナエの説明をしてくれた方ではなく、カナタの説明をしてくれた方を見た。


「あなたが、カナエ。あなたにお願いしたいことがある」


 カナエは目を細め、ナナシをにらむ。ナナシは素知らぬ顔で視線をそらした。カナタはケラケラと笑っている。


「カナエ、僕らの負けさ。ナナシがいたんじゃ勝ち目はないよ」


「……そうね。じゃあ、おねーさんは何を思い出したいの? でも、おねーさんの願いじゃ持ってない記憶を思い出したりはできないよ」


 カナエの問いかけに、さくらは目を閉じ考える。

 ナナシは答えを持っているようだった。彼のヒントを考えれば、必ず事件を解決できるはずだ。


「あなたは、どんなささいな記憶でも思い出させることができるのね?」


「うん、そうだよ。今まで食べたパンの枚数だって思い出させてあげられる。思い出しても、数えるの大変そうだけどね」


 カナエはそう言って笑う。カナエの能力は記憶の想起とそれに伴うモノの復活。さくらはナナシのヒントから、ある可能性に行きついた。


「……私が今までに見た、この街に住む人の顔。これを思い出すことはできる?」


 さくらの問いかけに、カナエは笑い、カナタは驚いた。


「できるよ。さすがにこの街の全員を見たことはないみたいだけど、ね」


 カナエとカナタが手をつなぎ、さくらに余った手を差し出す。さくらは二人の手を握った。三人で舞いを踊る。さくらは二人に振り回されるようにステップを踏んだ。


「はい、これで終わり。……ナナシ、私たちは帰ってもいいよね?」


「ああ、いいよ。準備は終わったからね」


 ナナシの言葉に、さくらは「準備?」と聞き返した。月が陰り、ナナシとカナエ、カナタの姿が闇にのまれる。


「「……来るよ」」


 カナエとカナタの気配がすっと消えた。


「ツラグイが来るよ」

「メンクイが来るよ」


 二人の声だけが闇に響き、消えていく。

 ナナシが月を見上げているような気配を感じ、さくらも空を見上げた。そして、声なき声を上げる。

 月は雲で隠れたわけではなかった。

 月を覆うほどの無数の仮面が空に浮かんでいる。

 さくらは境内へと視線を戻す。手をつないでいたはずのカナエとカナタはいない。代わりに闇の中にぼんやりと光る翁の面が浮かんでいる。


「……来たか」


 ナナシが低い声でつぶやいた。

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