第11話 仮説と提案
天野とさくら、志穂はナナシと共に部屋の隅にある打合せスペースへと向かう。
中津川は興味がないと自分の机へと戻っていった。パソコンのモニターを見つめ、キーボードを叩いている。
「さて、簡単に事件のことを教えてくれるかい?」
「ええ、分かりました」
ナナシの言葉に、さくらが概要を説明しながら事件の内容を整理していく。
――顔を失った女性の事件。当初の共通点は全員、黒髪であった。
この共通点は、伊藤静江の黒髪が白髪を染めたものであったことで揺らいでいる。
――さくらが見た資料では七件の記載があったが、資料の数が減っている。
さくらだけが、なぜか事件の内容を覚えている。ただ、こっくりさんも影響を受けにくいらしい。
――顔が無い状態でも、目も見えるし、食事もできるということ。
これは支倉綾乃、伊藤静江の両方に共通する。不自然な状態ではあるが、直接ふれた感触から、実際に顔が消えていることに間違いはない。
――被害にあった日と資料の日時がずれていたこと。
警察署内にあった白紙の紙の束、綾乃が顔を失う前日に行ったという美容室の記録、綾乃の母の豹変。これらの事案から、実際の事件は七件で済まず、多くの記録が失われている事実がわかった。
さくらの話に耳を傾けながら、ナナシは相づちを打つように頷き、ホワイトボードにまとめた内容を書いていく。
志穂はホワイトボードに書かれた文字を見ながら「不思議やね」と唇に指を当て、椅子にもたれかかった。
「事件はふりだし戻った。とまでは言えへんけど、手がかりが消えていくのは痛いなぁ」
志穂の言葉に、さくらもため息をつく。
「ええ、そうです。私が覚えてるっていっても、資料の内容すべてを覚えてるわけじゃないので……」
「新人はまだましな方だろ。俺の方は完全に記憶から消えてる」
天野は眉をしかめ、こっくりさんも目をバツ印にした画像で答える。ナナシはホワイトボードを眺めながら、腕を組んだ。
「とりあえず、今ある疑問点を一つずつ、考えていこうか」
ナナシはそう言って、まとめた項目から矢印を引いて文字を書いていく。
「まず、被害者が女性だけか?」
「たぶん、違うな。伊藤静江の証言を信じるなら、夫も被害にあってるはずだ」
ナナシは『女性だけ?』と書いた部分に赤色マーカーで二重線を引き、妻の違和感と書いた。
「じゃあ、次だ。なぜ、新人ちゃんだけが覚えているのか?」
ナナシの問いかけに回答を返せる人間はいない。さくらも難しい顔でホワイトボードをにらみつける。ナナシはホワイトボードをペンでたたく。
「一応、僕に仮説はある。けど、他の疑問を解決してからにしようか」
ナナシは『なぜ覚えている?』と書いた横に『保留』と書く。天野も「それでいい」と頷いた。
「次、顔は本当に消えているのか?」
「それは私が保証できます。
被害者、綾乃さんの顔にさわらさせてもらいましたが、卵の白身みたいにつるつるでした。完全に消えています」
さくらの言葉に、ナナシは『顔は消えている』と書き込む。
「じゃあ、なぜ見えるのか、だ。秋宮さんは、どう思う?」
話を振られた志穂は、ホワイトボードに視線を向け、机に体重を預けた。
「顔っていう概念が盗られてるって考えたらええんと違うかな。
目とか、口とか、普段自分で意識してない機能は使える。けど、顔って認識した瞬間にダメになるって感じ?」
「概念が盗られている、か」
天野が何か引っかかったように顔をしかめ、頭を押さえる。
「秋宮さんの意見に、僕も部分的には賛成だ。目とか口とかって、普段は意識しない。見るとか、息をするって意識して行うものじゃないからね。
食事も日常動作の延長線上にあるから、意識しなければ食べれるって感じかな」
ナナシはそう言って『消えている』の文字の前に『概念が?』と付け加える。
「最後に日付のずれっていうか、記録の改変だね。これはなぜ起きるのか?」
「……世界を書き換えてる?」
さくらの呟きに天野が首を振る。
「そんなに強い力じゃない。書き換えてるにしては、改変が適当すぎる。
おそらくだが、実際には記録は消えてないんじゃないか?」
天野の答えに、ナナシは微笑んだ。
「さすがは天野くんだ。僕もそう思う」
「どういうことですか?」
さくらの問いかけに、志穂も何かに気づいたように「ああ、だからか」と呟いた。
「うちの仮説は間違ってるね。盗られてるんやなくて、かぶせられてるんか」
「さっき保留にした新人ちゃんの件も合わせて、僕の仮説を言ってもいいかな?」
ナナシの言葉に、天野も志穂も頷いた。さくらは戸惑った顔でナナシを見つめる。
「消えているなら、新人ちゃんの記憶やこっくりさんに違和感が残る理由がわからない。けど、書き換えたり消してるんじゃなくて、隠しているだけなら話は別だ。
このカミサマは、盗むんじゃなくて、かぶせる神格なんだと思う」
さくらは「かぶせる?」と問いかけた。
「ああ、そうだ。被害者は目も口もない仮面をかぶせられた状態なんだ。
あっ、物理的な状態じゃないよ。
このカミサマが何のために仮面をかぶせているのかは分からない。けど、君たちの話を聞く限り、表情が固定されている状況はいいものではないね」
「資料が消えるのは、どう説明するんですか?」
「資料の上に、白紙の紙がかぶせられているのさ。データにも干渉できる以上、仮面と呼ぶべきか悩みどころだけどね」
ナナシの言葉に、天野も右耳のピアスをいじりながら頷いた。
「……俺らの記憶も同じだな。記憶に蓋がかぶせられている状態だ。で、なんで新人は忘れないんだ?」
「新人ちゃん、今回が初めての神格事件だろ?
君たちにも覚えがあるだろうけど、初めての事件って特別なものだ。蓋をしようとしても、できるもんじゃない」
ナナシの言葉に、天野は渋い顔で視線をそらした。志穂も困った顔で髪をかき上げる。
「実際、蓋をしきれてないから被害者の発言にも矛盾が出てる。
鏡を見た時に気づいたとかの印象的な所ははっきり覚えていて、いつ起きたかっていう末節の部分が消えてる感じだね」
さくらは、自分の黒髪をなでた。ナナシの仮説に無理はないように思える。
「新人ちゃんが、記憶改変に強い耐性を持ってる可能性もあるけど、資料の詳細を覚えていない時点で影響は受けていると思うよ」
「……どうやったら解決すると思う?」
天野はナナシに問いかける。ナナシは組んでいた腕を外し、ペンを額に当てた。
「このカミサマは、それほど強い影響力を持つわけじゃない。被害者の顔を思い出すことができれば、かぶせている仮面を外せるかもね」
ナナシはそう言って、ホワイトボードにカミサマの名前を書いた。
「カナエカナタ。記憶をつかさどる忘憶神なら、なんとかできるかもしれない」
「……神無瀬市にいるカミサマをどうやって呼び出す」
天野は冷たい目でナナシをにらみつける。しかし、ナナシは微笑みを崩さない。
「カミサマはね、どこにでも現れるものさ。カナエカナタが現れそうな神社を知ってる。ダメ元で行ってみないかい?」
ナナシの提案に乗った天野とさくらは、共にT神社へ行くことを決めた。
会議が解散し、三人を見送った志穂は中津川の下へ歩いていく。
「アッキー、なんで参加せぇへんかったん? なかなか面白い打合せやったよ」
「お前らこそ、なんで初対面の相手の話に乗ってるんだ」
中津川は不機嫌そうな顔を志穂に向ける。志穂は「え?」と首を傾げた。
「天野にしてもそうだ。一度疑っておきながら、すぐに引っ込めた」
中津川はそう言って、パソコンのモニターを回転させ、志穂に向ける。
「秋宮、お前はあいつと医務室に行って戻ってきたんだよな。あいつの姿はどこにある?」
モニターに映っているのは、鑑定局内にある防犯カメラの映像だ。志穂が調査課の事務所に入ってくる姿が映っている。しかし、映っているのは志穂だけだ。
「……お前、あいつの顔が思い出せるか? 俺はもう、思い出せない」
「ちょっと待って。怪しいって思ってたなら、なんで言わへんのよ」
志穂は戸惑いながら、中津川に抗議する。しかし、中津川は首を振った。
「さっきの職員に対して、何か思っても持続しない。今もそうだ。あいつの名前、なんて言った?」
中津川はもらった名刺を取り出す。そこには何も書かれていない。肩書が書いてあったはずなのに、それさえ消えている。
「同じような白紙の紙が、机の中から何枚も出てきた。
俺たちは、何回あいつと名刺交換してるんだ? この疑問は何回目だ?」
志穂は慌てて天野のスマホに電話をかける。しかし、スマホからは電波の届かないところにあるか、電源が入っていないためかかりませんというメッセージが流れるだけだ。
「……天野くん!」
志穂は天野とさくらがどこに向かったのかも思い出せない自分に気づき、膝をついた。
「天野なら、何が起きても大丈夫だと思うが……」
中津川はそう言って、ため息をつく。
そして、キーボードをたたきメールを送った。
「新人にメールを打った。気づいてくれるのを祈るしかない」
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