第10話 鑑定局への帰還
鑑定局に戻ったさくらは、おそるおそる調査課の扉を開ける。
電気の消えた部屋の中に秋宮の姿はない。家に帰ったのだろうか。
「秋宮さんなら医務室だよ」
部屋の中から聞こえた声に、さくらはぎょっとして声の方向へ視線を向ける。
パソコンのライトにぼんやりと照らされた眼鏡をかけた小太りの男が振り向いてさくらを見る。
「中津川、お前も戻ってたのか」
「天野、秋宮の奴めっちゃ怒ってたぞ。
医務室から戻ってくる前に辞世の句でも考えておくことをお勧めするね」
「しかたねぇだろ、開発課から実際に鑑定士に使って効果を確かめてくれってメールがきてたんだから」
天野は悪びれもせず電気をつけて、自分の机に座った。
中津川と呼ばれた男はあくびをするとパソコンに視線を戻し、ふと気づいたような顔でさくらを見る。
「自己紹介がまだだったね。中津川明弘、調査課の情報担当。よろしく」
中津川は立ち上がり、手汗をハンカチで拭うとさくらに手を差し出す。さくらは中津川の手を握り返した。
「で、さっそくなんだけど君のこっくりさんを見せてくれない?」
「私の、こっくりさんですか?」
中津川は前のめりになってさくらを覗き込む。
「そう。こっくりさんって、けっこう個体差があるんだよ。
不思議だよね、折神様に枠を決められた時点で画一的になりそうなのに、個性を残している」
「ああ、そういえば昨日インストールさせてから聞いてなかったな。設定は終わってるんだろ?」
『私にも新しい仲間を紹介して欲しいわ』
二人と一匹に視線を向けられ、さくらはカバンからスマホを取り出して画面を見せた。画面には、『ただいま不在中』と張り紙のされた社が映っている。
「何、これ?」
中津川があごに手を当て、スマホを覗き込む。
「昨日、インストールし終わって、きづいたらこうなってました」
『……さくらちゃん、私の仲間が失礼なことをしてごめんなさい。
チャット機能にこう書いてちょうだい。
ウカ様に言いつけるわよって。それで帰ってくるはずよ』
天野のスマホから呆れたような声が響き、画面のキツネが申し訳なさそうな顔で頭を下げている。
「ウカ様って、ウカノミタマ?」
中津川の声に、こっくりさんは頷いた。
さくらはわけがわからぬまま、言われたとおりに、チャットに書く。
車が走ってくるような効果音と共に、キツネの画像が社を跳ね飛ばして現れた。
『ちょっ、それだけはかんべんして!』
さくらのスマホから明るい声が響く。
汗をダラダラ流したキツネの画像が画面に映し出された。
『せっかくシャバに出てきたんだ。少しくらいハメ外してもいいだろ?』
「あなたが、私のこっくりさん?」
さくらの問いかけに、キツネの画像が鼻息を荒くする。
『こっくりさんなんてダサい呼び方はやめてくれ。他に何か呼び方はないかい?』
画面の中のキツネを見つめ、さくらは首を傾げた。
「……じゃあ、コンとか?」
『コン、ね。ありきたりだけど、こっくりさんよりはましか』
キツネはそう言って尻尾を揺らす。
「なかなか個性的なこっくりさんだね」
中津川は興味深そうにスマホを覗き込む。手に持った工具を見て、キツネがそそくさと社に隠れた。
中津川は工具を持ったまま、やれやれと肩をすくめた。
「まあ、彼のことは追々調べていこうか。秋宮も帰ってきたことだしね」
中津川の言葉に、天野がふりむく。
菩薩のような表情を浮かべた秋宮が、静かに天野の後ろに立っていた。
「あ、ま、の、く~ん!」
振り向いた天野の頭にヘッドバッドする。悶絶して床に崩れ落ちる姿を見つめながら、秋宮は鼻を鳴らした。
「おかげでひどい目にあったわ。通りがかりの職員さんが来てくれへんかったら、医務室にも行かれへんかったよ?」
「秋宮さん、大丈夫でしたか?」
「年も近そうやし、うちのことは志穂でええよ。
でもって、大丈夫なわけないやん。ついさっきまで、医務室で動けんかったし」
志穂は腰に手を当て、胸をはる。
「まあ、そう怒らずに。天野くん、しっかりと謝った方がいいよ」
志穂の後ろから、前にさくらが調査課であった男が顔を見せた。
「ナナシさん」
さくらの呼びかけに、ナナシは驚いた顔をする。
「おや、ちょっとしか会ってないのに、よく覚えてたね」
天野は頭を抱えて立ち上がり、ナナシをにらみつける。
「お前、誰だ? 見ない顔だな」
すごむ天野をナナシは呆れた表情で見つめる。
「天野くん、君は人を疑いすぎ。顔覚えるの苦手でしょ?
前にも自己紹介したけど、もう一度名刺渡しておこうか?」
ナナシは首に下げた神格鑑定士の免許を左手でさわり、右手でポケットから名刺を取り出して全員に配る。
「……混沌対策課? ずいぶんと古い課の名刺だね」
中津川は受け取った名刺をひっくり返しながら、首を傾げる。
「名前がないから、ナナシか。おもろいね」
志穂はケラケラ笑いながら、名刺を見つめる。
『ごめんなさい。天野くん、人の名前とか顔を覚えるの苦手だから……』
天野はこっくりさんの言葉に、黙って名刺をポケットにしまった。
ナナシはさくらの書いたメモを眺めると、目を細める。
「なかなか面白い事件を担当してるみたいだね。どうだい、鑑定士の先輩である僕に話してみないか?」
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