第9話 違和感の正体
天野の軽自動車にさくらと東野も乗り込み、支倉綾乃の家へと向かう。
助手席は東野刑事に譲り、さくらは後部座席に座った。
ギターケースの先端にふれると、ずっしりした重みを感じる。
ギターケースをそっと押し出し、座るスペースを確保した。
「ナビは頼んだぞ、こっくりさん」
『任せてちょうだい。……調査記録は消えたり変わったりするのに、位置情報は消えないのね。なぜかしら?』
「消えたら矛盾するからだろ。
俺らは支倉綾乃の家から続けて伊藤静江の家に行ったはずだ。
この移動はなかったことにできない」
天野の答えに、こっくりさんは『なるほどねぇ』と感心したような声を上げた。
画面のキツネが笑い、背後にクラッカーが鳴る絵が現れる。
「新人、家の前についたら教えてくれよ」
天野はそう言って車を走らせる。
見覚えのない道をしばらく進むと、昨日走った住宅街が見えてきた。
こっくりさんのナビに合わせて、さくらが道を指示する。
「ここだな?」
天野は綾乃の家の近くに車を止めると、まっすぐに綾乃の家へと向かいインターホンを押した。
しばらくして、疲れた顔の女性が家から出てくる。
「どちら様でしょうか?」
「神格鑑定士の天野、と申します」
綾乃の母は、天野の顔を見ると何か思い出したように表情を変えた。
「ええっと、覚えています。前にも来られましたよね。そっちの彼女と一緒に」
綾乃の母がさくらに視線を向ける。さくらは小さく頭を下げた。
「綾乃さんに会いに来たんですが、綾乃さんはご在宅ですか?」
さくらの問いかけに、母親の表情が一瞬だけ固まったように見えた。
しかし、すぐに疲れた顔に戻ると、首を振る。
「綾乃なら、今日は出勤しています。
リモートワークが急に中止になったと言って、朝慌てて出て行きました」
「綾乃さんの会社に確認させてもらってもかまいませんか?」
天野の質問に、彼女は眉をしかめる。
「いったい何ですか?
いきなり電話はやめてください。綾乃に迷惑がかかります」
「……綾乃さんは顔を失っていたはず。出勤なんてできたんですか?」
さくらの問いかけに、彼女は何を言っているのかと眉間にしわをよせた。
「綾乃が顔を失ってる?
冗談言わないでください。あの子の顔が消えたなんて、あるはずないでしょ」
彼女の本気でいぶかしんでいる様子に、さくらは戸惑った。
「じゃあ、私たちが昨日ここに来た理由をどう説明するんですか?」
「昨日、ここに……あなたがたが、来た?
ええ、確かに、来た。でも、なぜ?」
さくらの問いかけに、彼女は表情を失い、白目をむいて固まる。
天野はさくらをにらみつけ、東野に視線を向けた。東野は頷くと、前に出て綾乃の母と向かい合う。
「奥さん、鑑定局の新人がわけのわからんことを言ってすみません。
ただ、警察としても鑑定局からの要望を確認せんわけにはいかんのです。
娘さんの職場の電話番号を教えていただけませんかね?」
東野の言葉に、彼女の表情がよみがえる。そして、何事もなかったかのように、動き出した。
「……警察の方が言うのでしたら。でも、綾乃に迷惑はかけないでください」
「ええ、もちろんです。あくまで、神格事件の調査のためです」
東野は電話番号を聞くと、スマホで電話をかけた。
東野がやさしげな口調で説明し、綾乃の会社に確認を取っている。そして、礼を言って頭を下げた。
「支倉綾乃さんだが、問題なく出勤しているそうだ」
「私の言ったとおりでしょ?」
綾乃の母は怒った表情を顔に貼りつけ、さくらをにらんだ。
怒りだけが浮かんだつくりもののような表情に、さくらは後ずさる。
「ええ、失礼しました。新人、帰るぞ」
天野はさくらの手を掴むと車まで引きずっていく。
東野が綾乃の母に頭を下げると、彼女は家の中に戻っていった。
さくらを後部座席に放り込むと、天野は大きなため息をついた。
「東野刑事に礼を言っておけよ。下手すりゃ、人が死ぬところだった」
「そんな責めてやるな。あれを予想しろってのは新人には無理だ」
助手席に乗り込んだ東野が、さくらをかばう。しかし、さくらは首を振り二人に頭を下げた。
「すみません、私が軽率でした」
東野が気にするなと手を振る。
「しかし、あれはまずいな。カミサマの影響を受けてると思うか?」
「……ああ、間違いない。支倉綾乃の事件、先に顔を奪われたのは母親の方だ」
天野は断言した。東野も肯定するように頷く。
「二人同時か、あるいは数日のラグがあったのか。……父親も襲われてるかもな」
「綾乃さんのお母さんが、最初の犠牲者ってことですか?」
さくらの問いかけに、天野は「おそらく」と答えた。
「作り物みたいな表情をお前も見ただろ。
顔を盗られた人間は、新しく顔を据え付けられるみたいだ」
天野は首を鳴らし、右耳のピアスを触る。
「今思えば、昨日の伊藤静江の旦那も表情に乏しかった気がする。
奥さんが感じていた違和感の正体も同じかもな」
「で、天野。これからどうするんだ?」
東野の問いかけに、天野はうなった。
「……ひとまず、鑑定局に戻って考える。
東野さん、ありがとな」
「かまわんさ、これも仕事だ。さくらさんだったか、今の失敗は気にするな。
新人のフォローは先輩の役目だ。それを放棄したこいつに怒っていい」
東野はそう言って笑みを浮かべる。
さくらは「そうですね」と言いながらうつむいた。東野はそれ以上は言わず、視線を前に向ける。
天野はそのまま東野を警察署まで送り、鑑定局へと戻った。
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