第8話 本当の順番
車を持ってくると駐車場に向かった天野を、さくらは鑑定局の玄関で待つ。
どんな車で現れるのだろうかと考えていると、天野は軽自動車でやってきた。
「どうした、早く助手席に乗れ」
予想外の車に呆気に取られて固まったさくらを、天野の声が呼び戻す。
さくらは助手席に乗り、シートベルトを締めた。
「今日はバイクじゃないんですね」
「ああ、こいつが必要になるかもしれんからな」
天野は後ろの席を指さした。
後部座席にギターケースが置かれている。カミサマの封印に音楽でも使うのだろうか。
「……見た目通り、パンクなんですか?」
「お前が何を想像してるかしらねぇが、たぶん違う」
天野は呆れた顔で車を走らせる。
県道をしばらく走っていると、警察署が見えてきた。
天野はがらがらの駐車場に車を止め、二人で警察署に入った。
「先輩、警察署で何を?」
さくらの質問に答えず、天野は受付に向かう。
「神格鑑定局の天野です。東野刑事はおられますか?」
「天野さん、東野巡査部長と約束はされてますか?」
受付の女性が迷惑そうな顔で問いかける。天野は首を振った。
「急ぎの話です。神格事件に関して、刑事に聞かないといけないことがある」
受付の女性はため息をつくと、電話機に手をかけた。
内線で呼び出しをかけているのか、電話越しに頭を下げて謝っている。
見ているだけのさくらも心苦しくなる。
「東野さんが来られるそうです。少々、お待ちください」
「ありがとうございます」
天野は受付の女性に頭を下げた。
彼女は顔をしかめながら、椅子に座りなおす。さくらは天野の代わりに、そっと頭を下げた。
受付の椅子に座って待っていると、制服を着た年配の男性が現れた。
「天野、鑑定局のニワトリが俺に何の用だ」
「ニワトリはひどいな、せめて闘鶏と呼んでくれよ」
天野は自分のモヒカンを撫でながら笑う。男はフンと鼻を鳴らした。
「びびってカッコつけてるガキが何言ってる。で、そっちの嬢ちゃんは新人か?」
男がさくらをにらみつける。
さくらは慌ててカバンから名刺を取り出し、男に手渡した。男は名刺を手の中で遊ばせる。
「神格鑑定局調査課に配属されました、春日井さくらと申します」
「どうも。俺は神格対策課の東野だ。
あんたも配属早々、天野のおもりとは大変だな」
東野刑事は同情するような目でさくらを見て、名刺をポケットにしまった。
さくらは胸をはり、東野をまっすぐ見つめる。
「いえ、先輩から色々と学ばせてもらっています」
「ほう、なかなか肝がすわった嬢ちゃんだな」
東野はさくらと視線を合わせると、ふっと笑った。そして、天野に視線を向ける。
「で、神格事件について聞きたいことってのは何だ?」
「神格事件で聞き込みに行った記録を見せて欲しい」
「んなもん、部外者に見せられるわけねぇだろ。警察、馬鹿にしてんのか」
東野は頭をかきながら、天野をにらむ。
「全部見せて欲しいわけじゃない。そうだな、ここ数日の記録があるか。
それと、記録が抜け落ちてる日が無いか、確認して欲しい」
天野の依頼に、東野は片目をつぶり胸ポケットから手帳を取り出す。
そして、ぱらぱらと手帳をめくった。東野の顔が険しくなる。
「そういう事件か?」
「ああ、おそらく。あんたが何件覚えてるか分からないけどな」
東野は手帳を閉じると、「少し待て」と言って階段を上っていく。
天野は椅子に座ると、スマホを取り出して眺め出した。
「先輩、さっきのやり取りって?」
「東野刑事はベテランだからな。あれで気づいたはずだ」
「説明、していただけるんですよね」
さくらの視線に、天野は頷く。
「東野刑事が戻ってきたら、説明してやるよ」
さくらは天野の隣に座り、東野が下りてくるのを待つ。
一時間ほどして、東野が紙の束を持って降りてきた。
「お前の予想通りだ。これだけの報告書が、白紙になってやがる」
「……報告書の日付は分かりますか?」
天野の問いかけに、東野は首を振った。
「無理だな。残ってた報告書も見たが、報告日はでたらめだ。
休みの日に、俺が出勤して書いたことになってやがる」
「どういう意味ですか?」
この場で一人話に置いて行かれているさくらが、抗議の意味を込めて声を上げる。
東野は紙の束を椅子に置き、しぶい顔で腕を組んだ。
「つまりな、今残っている四件以外に、この紙の束だけ事件が起きてたってことだ」
「秋宮が言ってただろ。日付が連続しているのはおかしいって。
最初にもらった資料自体、記録改変の影響を受けた後だったってことさ」
東野と天野がさくらを見つめる。だが、まだ分からない。
調書の日付が変わったことで、何が変わるというのか。
「東野刑事、警察の力でもう一つ、調べて欲しいことがある」
天野はそう言って、さくらを呼び寄せた。
「新人。たしか昨日の調査で、美容室の割引券があるって言ってたな。
美容室に行った日は分かるか?」
天野の問いかけに、さくらは首を振る。
綾乃が顔を失う前日ということしか聞けていない。
「東野刑事、この美容室に支倉綾乃って客が来た日を聞いてくれ。
髪を切ることと神格事件が関係ないなら、記録が残っているはずだ」
「……重要なことだな?」
天野は深く頷く。
東野は「わかった」と言って割引券を受け取り、スマホで電話をかける。
スマホで美容室と話をしている東野の隣で、さくらは天野に問いかける。
「これで、何が分かるんですか?」
「事件が起きた本当の日付がわかるはずだ。伊藤静江さんが感じていた違和感の手がかりもな」
天野はそう言って電話を続ける東野を見る。東野は電話越しに何度も頭をさげ、感謝の言葉を伝えている。
そして、電話を切ると二人に視線を向けた。
「記録があったぞ。支倉綾乃が店に行ったのは、二週間前のことだ」
「二週間前? でも、先輩は一番新しい事件だって」
さくらは天野を見つめる。
しかし、天野は「わるい、覚えていない」と首を振った。
右耳のピアスをいじりながら、さくらへ視線を向ける。
「俺が伊藤静江の家に行ったのは、もっとも古い事件だったからだ。記録が失われる前に、調べられるようにな」
『その会話は記録に残ってるわね』
スマホの中のこっくりさんが肯定の言葉を述べる。
「だが、先に消えたは最新のはずの支倉綾乃の事件だった。なぜか?
それは、実際にはこっちの事件が先に起きていたからだ」
「この一週間で、聞き取りに行った記録は四件だ。ここに欠落はない」
天野の言葉を東野が捕捉し、肯定する。
「支倉綾乃の家に、少なくともあと一人顔を失った人物がいたはずだ。新人、心当たりはあるか?」
天野の問いかけに、心当たりはある。
しかし、彼女には確かに顔があった。ならば、父親の方だろうか。
言いよどむさくらに東野はほほをかく。
「この記録が消えた事件、被害者はどうなったんだ?
これだけの人間が消えて、気づかないことがありえるか?」
東野の問いかけに、天野は首を振る。
「わからない。だから、確かめにいくしかない」
天野はスマホのこっくりさんに呼びかける。
「昨日のスマホの位置情報を探ってくれ。支倉綾乃の家に行ってみよう」
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