18. 聖遺物の鑑定

 教会の中は昼なのに薄暗かった。リコリスがフードの中から天井を仰ぐと、高いアーチの石天井から蝋燭の光が細く落ちている。外の灼熱とは別の冷えた空気を肌に感じた。

 隣でヴォルクが歩調を落としていた。

 回廊の壁の絵の中には、くすんだ顔料の聖人たちが光輪を背負い、足元にひざまずく人々がいる。リコリスは立ち止まらずに通り過ぎた。


 案内された物品管理室の扉をヴォルクが叩くと、中から声があった。

 書類と帳簿に囲まれた卓に修道服の男が座っていた。四十ほどの痩せた男で、薄い頭に蝋燭の灯りを受けながらこちらを見ていた。


「ご来訪ありがとうございます。鑑定士というのは」

「こいつだ」


 ヴォルクが短く言って、リコリスの方を顎で示した。男は立ち上がって軽く頭を下げ、口を開いた。


「ベルナルドです。教会の聖遺物の管理を担当しております。最近、贋作の持ち込みが続いておりまして……信頼できる鑑定の目が欲しかった」


 声の端に苛立ちが滲んでいた。贋作に対する怒りが、仕事上の問題というよりも個人的な侮辱として響いている。信心深い人なのだろうとリコリスは思った。


「リリスと申します」


 フードを下ろすと、ベルナルドの手が止まった。リコリスは気にせず卓に近づく。


「……これを見ていただきたい。先月聖遺物として納品されたものですが、金細工の純度に疑いがあります」


 ベルナルドが木箱から取り出したのは、掌に収まる大きさの金属の容器だった。蓋に小さな石が嵌めてある。リコリスは受け取り、蝋燭の光に翳した。


「金の色が浅いですね。純度の高い金であれば赤みを帯びますが、これは黄色寄りです。銅の含有が多いのだと思います」


 蓋の石を爪で軽く弾いた。


「石は本物のガーネットですが、台座の留め方が粗い。石だけ本物を使って容器の金属で利鞘を出す手口かと」


 ベルナルドは黙って聞いていた。顔つきが変わっている。憤りではなく、鑑定の手際を追う真剣な目になっていた。


「残りの品も見てもらえますか」


 頷くと、ベルナルドは次々に品を出した。聖像に使われた金箔、祭具の銀、装飾写本の表紙を飾る石。リコリスは一つずつ手に取り、光に透かし、指先で重さと質感を確かめていった。雪の国の商会でやっていたのと同じ作業である。


 すべてを鑑定し終えて顔を上げると、ベルナルドの様子が変わっていた。

 鑑定への感心とは違う。リコリスの上で視線が止まったまま、何か別のものを見ている表情だった。ふいに背後の壁を向き、またリコリスに戻る。

 自分の顔を見て人が動けなくなることは、珍しくない。たいていそこには欲か、でなければ恐れが混じっている。

 けれどベルナルドの目にはどちらもなかった。


「……失礼しました。見事な鑑定です。次の仕入れの折にもぜひお願いしたい」


 ベルナルドは咳払いをして、卓の上の品を片づけ始めた。リコリスはフードを被り直しながら、ベルナルドが何度か見ていた壁の方を振り返った。

 壁の絵は、褪せた顔料の中で光輪だけが僅かに金を残し、銀色の髪を肩まで流した聖人が両手を広げている。穏やかな横顔が蝋燭の光に揺れていた。

 リコリスはその絵を一瞬だけ見て、視線を外した。


 教会区画を出ると日差しが戻り、リコリスは思わず目を細めた。


「問題なさそうだな」

「うん。素材の鑑定方法は変わらないから」


 少し歩いてから、付け足した。


「あの人、途中で変な顔をしていたよね」

「聖職者でも生臭なものは居るだろうが」

「そんな感じでもなかったけれどね……」


 ヴォルクは答えなかった。リコリスは銀色の髪をフードの中にしまい直して、歩き続けた。


---


 三度目に物品管理室を訪れた日、ベルナルドは鑑定の品と一緒に小さな陶器の杯を卓に置いた。


「薬草酒です。教会は冷えますから、どうぞ」


 酒はあまり得意ではないが、飲めないわけではない。礼を言って受けとり一口含むと、苦味と甘味が同時に舌を突いた。雪の国で飲んだ蒸留酒とも壁の外の薄い葡萄酒とも違う、煮詰めたような重い味だった。


「独特の風味がありますね」

「慣れると美味に感じてまいります」


 ベルナルドは穏やかに笑った。目は合わない。

 初回の訪問でフードを下ろした瞬間に手を止めて以来、ベルナルドはリコリスの顔を直接見ようとしない。品の受け渡しでもさりげなく目を逸らし、鑑定の手元だけを追っている。それは聖職者としての節度のある振る舞いのようにも感じられるが、教会中の人間が似たような仕草をするため、どこか違和感があった。

 今回の品は数が少なかった。聖像の金箔と、新しく仕入れた装飾石の確認で済む。


「今回はすべて真作です。仕入れ先を変えた効果が出ていますね」


 ベルナルドは深く頷いた。


「あなたのおかげです。贋作がほとんど入らなくなりました」


 帰り際に廊下に出ると、修道士が二人、壁際で何か話し込んでいた。リコリスとすれ違うときにぴたりと声が止まる。足を速めて通り過ぎた。

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