恋の涙(くいぬなだ)~愛の結晶~

運天親方忠明

第1話 桜と梯姑と黒木の始まり

​魯国(ろこく)の王都、繁華街の裏路地。

きらびやかなネオンの光すら届かないその場所では、無法だけが歓喜していた。

澱んだ空気と生ごみの臭いが混ざり合う暗がりに、一発の重い打撃音と、情けない悲鳴が響く。


​「おい、雑魚。言ってた件はできたんだろぅな?」

​声をかけたのは、仕立ての良いスーツを着た男。その胸元には、蓮華(かれん)組のバッジが妖しく鈍色に光っている。


​「ひっ、申し訳ねぇです兄貴……っ! うちらも、うちらも必死に捜しやしたが見つからねぇでした! すいやせん……っ!!」

地面の泥に額を擦り付け、大量の脂汗を流しながら土下座する男。その身体は、恐怖だけでガタガタと目に見えて震えていた。

​「はぁ。もういい、用無しめ」

​冷たい、完全に興味を失った目で見下ろし、男は低く呟いた。


​「………おい」

「ひっ、何で……御座いますか?……っ」

​男が恐る恐る顔を上げた瞬間、スーツの懐から滑らかに黒い金属の塊が引き抜かれた。

​「これが、分かるか?」

銃口が、無言で男の額に押し付けられる。鉄の冷たさが脳天に突き刺さり、向けられた男は言葉を失い、ただビクビクと痙攣するように身震いすることしかできなかった。


命乞いの言葉を紡ぐ時間さえ、与えられない。


​――パァァァァァァァァン。

夜の闇を切り裂くように、乾いた銃声が響き渡る。


​「フッ、俺ら蓮華組を舐めるなよ」

​男は煙を吹く銃口を一吹きすると、懐へと収め、血の海に興味を示すこともなくその場を後にした。


後に残されたのは、額を無残に撃ち抜かれ、ピクリとも動かなくなった血塗れの死体だけであった。


一方で沖縄の泊にあるとある選挙事務所ではひとつの節目を迎えていた。


沖縄琉球民主党(沖縄琉民党)党首である運天十愛とその秘書加藤利治である。


当選確実を今か今かと待ちわびていた。

そうして、時刻は午前2時を回った時。

刻(とき)は動いた。


画面のアナウンサーが

『ここで速報を御伝え致します。

今回の第38回沖縄県知事選挙の結果、

沖縄琉遊会の保栄茂春彦(びん・はるひこ)氏の得票率84%

琉球社会党の佐喜眞博信(さきま・ひろのぶ)氏得票率72.5%

沖縄聖垣党の渡橋名忠光(とはしな・ただみつ)氏得票率64.2%

沖縄琉球民主党の運天十愛(うんてん・とあ)氏得票率89.6%で

運天十愛氏の当選が確実となりました。』


と告げられた瞬間、事務所は静寂に包まれた。

そして、30分後に熱を帯びた。


党員A『やりましたぁ!!!党首!第一の歩み始まりましたよー!』


党員B『よかったぁー。ギリギリまで粘ったぁー………明日からの党の事務処理忙しくなるなぁ。』


とあちらこちらで祝いの騒ぎをしているなかで


利治『党首、県知事選当選おめでとうございます。して、明日からの業務の内容についてですが先行の先約に掲げた農業新興、医療政策改革、教育面での見直し兼やり直し。のどちらを具体的に押し進めますか?』


十愛『ふむ、……医療も農業も教育も先行せねばならぬ問題だ。特に我が沖縄は明治期から昭和期までの偏見的な政策により教育が遅れている事実もある。何せ、明治の前は琉球と言う国家であったのだからな。であるからしてまずは教育。実際の現場を視察したい。手始めに何処かの高校、大学、中学校、小学校、幼稚園、保育園等々に連絡をいれて返事を貰えないものか………』


利治『では、党首。近場の上田、伊良波、ゆたか、座安等々にご連絡を入れてみても宜しいでしょうか?』


十愛『あぁ頼む。実際に視察致すのは県知事になってからだが宜しくな。』


利治『はいっ、承知致しました。』


そうして利治は十愛の言った通り泊近くの漁港にて、連絡を入れていた。

そのときに、微かな人影が見えたのだった。


利治『はいっ、では、はいっその都度ご連絡致しますのではいっ、有り難う御座います。………ヨシッ幸先の良い結果となった。………ん?………誰だ!』


と利治が少し強めに言うとある女性が出てきた。

???『嘿,那边那位。我需要你的帮助。我被人追赶,乘船逃到了这片陌生的土地。(そちらの男の人。お助け願います。追われて知らぬこの地まで船で逃げてきました。)』


とその女性は中国語で助けを求めた。


利治『………唐の言の葉か。我が党首ならば分かるやも知れぬ。取り敢えず付いてきて。』


と利治なりに状況を察し女性の手首を優しく掴み党首の元へと走って連れて行った。


そうして、事務所へ着くや否や党員達皆が利治とその女性を見て口が塞がらなかった。


森由『おい、利治!!!その艶のある妖艶な女性はどうした?!』


利治『森由(もりよし)か。……ならば話は早い。直ぐ様党首を呼んできてくれ。』


森由『あぁ???状況が掴めないがまぁ良いや待っておけ。』

と走って十愛を呼びに行く。


そして数分後、スーツ姿で慌てて来た十愛は状況を鑑みて判断した。


十愛『……何事かと思えば久米村(くにんだ)の方か?……それよりも利治?どう言うことだ?』


利治『アポ取りを電話でしていたら彼女が助けを求めてきたので党首ならばこの件御解決成すことが出きるかと。思った次第に御座いまする。』


十愛『そうか。ならばそれなりの責務を果たして貰うぞ?その女性に何かあった場合。責任は利治。君に行く事を心得て置け。』


利治『はいっ、承知致しました。党首。』


十愛『………では私に何か出きることはあるかい?』


利治『はいっ、では、御話しは出来ますか?党首?』


十愛『フッ(笑)笑わせるな。私は話せたとて基本的な事しか出来ないぞ?会話なぞ実に出来たものでもないのに。……まぁ利治の願いだ。党首として果たそう。』


利治『はいっ、有り難う御座います。党首。』

そうして、十愛は無言で利治の頭をポンポンっと優しく叩き、その女性へと意識を向けた。


十愛『そこの乙女(おなご)よ。名は何と申しますか?』


と言うと女性は『?』であった。

なので十愛は話題を変えて


十愛『你叫什么名字?(貴女の御名前はなんですか?)』


と言うと女性は


王秀『我叫王秀。(私の名前は王秀です。)』

と答えた。


そうして、

十愛『你为什么去那个港口?(何故貴女はあの港へ?)』

と問いかけると


王秀『アッ………アァ……我不懂日语,但我会学的。不过,我曾经为了躲避一个变态,逃到了大洋彼岸。那段经历很可怕,我不想再回忆起来。(日本語は分からないけどもこれから学ぶ。でも私、海の向こうの変態から逃げてきたんです。怖くて思い出したくないです。)』

と答えた。


十愛『ふむ。そうか。ならば利治。この王秀と言う乙女(おなご)を休ませてあげなさい。応接間でな。』


利治『承知致しました。』


と言うと利治は王秀の手首を再び優しく掴み応接間へと連れていく。


利治『ここならば貴女をを害する者は居りませぬ。故にゆっくりとお休み下さいませ。』


と言うと王秀が


王秀『谢谢。但请您小心那个组织。(有り難う御座います。ですがあの組織には気を付けて下さいね?)』

と言ったが利治には何を言っているのかが分からなかったので少し会釈をしてその扉を閉めた。


この時王秀の頬は無意識に紅くなっていたのは誰も知らず

ただ、

もう既に奴らは動いていると言うのに。


その夜月は開戦の合図かのように優しく光っていたのであった。


第1話 完。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋の涙(くいぬなだ)~愛の結晶~ 運天親方忠明 @LLOKPP

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る