現代目安箱

異端者

『現代目安箱』本文

「私は、民意をんだ政治を心がけます。その一環として、WEB目安箱を設置します」

 首相に選ばれたその男は、高らかにそう宣言した。

 彼は現代の間接民主制に異論を唱え、より直接民主制に近付け、もっと国民の声を聞くべきだと常々主張していた政治家だった。

 WEB目安箱とはスマホやPCから投稿できるインターネット上の目安箱で、全てに目を通すのは無理だということでAIによってまとめられたものが首相に届く仕組みだった。


「情報化時代の新しい民主主義!」


 マスコミはこれを画期的な手法だとして、彼は市民の意見を反映してくれる善良な政治家だと取り上げた。その背後には与党の後押しがあったが、気にする人間はわずかだった。

 それから首相は合間に目安箱の内容をチェックして、それを政策に取り入れた。

 しかし、それは皆が首をかしげるものだった。

 外国人労働者の優遇、企業の納税の緩和、街に迷い込んだ熊の保護活動等……どれもが「かたよっている」と感じさせられるものばかりだった。

 度々周囲はそれをいさめ、目安箱ばかりを気にした政策をやめるべきだと進言したが、首相は耳を貸さなかった。

「私は民意を汲んでいる! この意見こそが『正義』だ!」

 彼は自分が正しいことをしているという絶対的な自信があった。

 だが、実際に目安箱から選ばれたのは特定の組織・団体による一斉投稿、いわゆる組織票だった。彼らは政策を操れると確信すると、より大胆に行動した。目安箱には日本語すら怪しい投稿が目立つようになった。

 もっとも、そんな状況になってもAIにはその判別はできなかった。その声が大きければ、それを多くの人間が支持しているものだと善悪の区別なく取り上げ続けた。

 そのまとめられた意見を読んでいる首相にも、AIの構造は理解されていなかった。

 結果的に声の大きいものばかりが「民意」として取り上げられ、声の小さいものはどれだけ正しかろうと「ノイズ」として除去されていった。

 その様子に、設置時に期待していた市民たちは口々に文句を言った。


「声が大きけりゃ、なんでも良いのかよ!」

「そもそも、年寄りにネットなんて扱えねえよ」

「AIなんかに任せず、人力で選別しろ」

「あ~あ、結局は人気取りで中身のない政策だったな……」


 内閣支持率は低下の一途を辿たどっていた。

 もはや多くの市民が目安箱に見切りをつけ、残っているのは「偏った」人間ばかりとなっていた。目安箱のことを「ゴミ箱」と蔑称べっしょうで呼ぶことが、ネットスラングとして定着していった。


「自己判断のできない稚拙な政治家の末路」


 マスコミは一転して、首相を叩く流れとなっていた。与党の者たちも、巻き込まれては大変と今度は我関われかんせずを貫いた。開始当初、支持していたことを指摘されて「え? そうでした?」とわざとらしくとぼける様子は、もはやコントだった。

「なぜだ!? 私は民意を汲んでいるはずなのに!?」

 首相は頭をかかえた。それでも、そのシステム自体に欠陥があるとは考えなかった。


 今日も、野党の議員による首相を非難する声が響く。与党の議員もそれを冷ややかに見守るばかりで、他人事のような顔をしている。

 もはや針のむしろだった。エアコンの利いた国会内でも首相は冷や汗が止まらなかった。

 内閣総辞職もそう遠いことではないだろう。衆議院解散をしようにも、二度と首相に選ばれないだろうという確信があった。

 それでも、彼は疑わなかった。


 私は民意を汲んだ誠実な政治家だ。邪魔した連中が悪いのだ。

 そう信じる彼の「声」には、もはや誰も耳を貸さなかった。

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