第5話 揺らぎ

朝の光がまぶたを叩くように差し込む。


迅はゆっくりと目を開けた。


「…朝か。」


身体が重いはずだった。


昨日は命を賭けた戦いをした。


普通なら筋肉痛で動けないはずだ。


なのに──


「…軽い?」


腕を上げると、まるで自分の身体じゃないように滑らかに動いた。


痛みも疲労もない。


むしろ、身体の奥が熱を帯びている。


──おはよう、迅。


「カナタ。起きてたのか。」


──君が起きる前からね。


──君の身体の状態をずっと見てた。


「どこか異常があったのか?」


──問題なし。


──むしろ“昨日より強くなってる”。


迅は息を呑んだ。


「強く?」


──うん。


──君の身体は、戦闘のたびに“適応”していく。


──零式との接続が深まるほど、君自身も変わる。


「それって…。」


──怖い?


迅は少しだけ考えてから、首を振った。


「…分からないけど、嫌じゃない。不思議な感覚だ。」


──そっか。


──それなら良かった。


カナタの声は、どこか安心したように聞こえた。


迅はベッドから起き上がり、制服に袖を通した。


その動作ひとつひとつが、いつもより軽い。


「本当に、変わってるんだな。」


──うん。


──でも、まだ誰にも言わない方がいいよ。


「分かってる。いろはにも言わない」


──それがいい。


──君の身体は“通常の適合者”とは違う。


──知られたら、面倒なことになる。


迅は深く息を吸った。


胸の奥が熱く、静かに燃えている。


「行ってくるよ。」


──行ってらっしゃい、迅。


学校に向かう道は、いつもより静かだった。


昨夜の機械生命体の出現のせいで、警戒レベルが上がっているのだろう。


街のあちこちにパトロールドローンが飛び、

収拾人の姿もちらほら見える。


「昨日のやつ、ニュースになってんのかな。」


──なってるよ。


──でも、君が倒したとは誰も思ってない。


「そりゃそうだよな、非適合者だし。」


──迅は“非適合者じゃない”。


──零式の適合者だよ。


迅は少し笑った。


「そうだったな。」


その言葉には、まだ慣れない。


でも、不思議と暖かい気持ちになる。


学校に着くと、昇降口の前に人だかりができていた。


「昨日のやつ、やばかったらしいぞ。」


「収拾人が三人も怪我したって!」


「適合者でも苦戦したってマジ?」


ざわざわとした空気が広がっている。


迅はその横を通り抜けようとしたが──


「おい、迅!」


背後から声が飛んできた。


振り返ると、クラスメイトのユウリが駆け寄ってきた。


「昨日、連絡つかなかったけど、大丈夫だったのか?」


「まあ、なんとかな。」


「なんとかってお前、非適合者なんだから無茶すんなよ」


その言葉に、胸の奥が少しだけざらついた。


──迅。


──落ち着いて。


迅は小さく息を吐いた。


「分かってるよ。気をつける。」


観念したように手を挙げる迅。


ユウリは安心したように頷いた。


「ならいいけどさ。あ、そうだ。今日の放課後、適合者講習の見学あるらしいぞ」


「見学?」


「適合者候補の訓練だよ。新しい適合者が増えるかもしれないってさ。」


迅は胸の奥が少しだけ痛んだ。


自分には関係ない場所。


ずっとそう思っていた。


──迅。


──行ってみたら?


「……なんで?」


──君は“適合者じゃない”。


──でも“零式の適合者”だ。


──自分がどれだけ違うのか、見ておくべきだよ。


迅は少しだけ考えてから、頷いた。


「……行ってみるよ。」


ユウリは嬉しそうに笑った。


「じゃあ放課後な!」


授業中、迅は何度も自分の身体に違和感を覚えた。


ペンを握る指が妙に敏感で、黒板の文字がいつもより鮮明に見える。


教室のざわめきも


遠くの足音も


全部が“聞こえすぎる”。


「……これ、やばいな。」


──大丈夫。


──君の感覚が“拡張”してるだけ。


「拡張って……」


──零式と接続した影響だよ。


──君の身体は、もう“普通の非適合者”じゃない。


迅は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「俺、どうなっていくんだろうな。」


──それは、君が決めることだよ。


カナタの声は、いつもより優しく聞こえた。


放課後。


迅はユウリと一緒に訓練場へ向かった。


そこでは、適合者候補たちが訓練を受けていた。


腕に装着されたamphoneが光る。


彼らのamphoneは刃や盾を形成している。


「すげぇ……」


ユウリが感嘆の声を漏らす。


迅は黙って見つめた。


自分にはできないこと。


ずっと憧れていた力。


──迅。


「……なんだよ。」


──君は、あれとは“違う”。


「違うって……」


──君の力は、あれより“深い”。


──あれより“危険”。


──あれより“強い”。


迅は息を呑んだ。


「危険って言われたって、俺はどうすればいいんだ?」


──簡単だよ。


──君は君のままでいい。


──ただ、強くなるだけ。


その言葉は、胸の奥に静かに落ちた。


訓練場の奥で、突然警報が鳴り響いた。


「機械生命体、出現!」


「北ブロックに小型群体!」


「収拾人を急行させろ!」


ざわめきが一気に広がる。


ユウリが迅を見た。


「……迅、お前もしかして行く気じゃないだろうな?」


迅は拳を握った。


その手が、微かに黒く光った気がした。


──迅。


──行く?


迅はゆっくりと息を吸った。


「……行くよ。」


──了解。


──零式、起動準備を開始する。


胸の奥が熱く燃え上がる。


迅は走り出した。


新しい日常は──


もう始まっている。

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