第1話:気づいた日


 私は今も昔も、平々凡々でごく一般的な人間である。おかしなところがあるとしたら──前世の記憶があることくらい。

 特に死に際のことはよく覚えている。あんまりにも運がなかったし、ドジだったし、もう二度とあんな死に方はしたくないと思っているから。


 いつも通り帰路についていたところ、歩道橋の階段、その一番上で足を踏み外してしまったのだ。雨上がりでただでさえ足元が悪かったのに、その日の靴はサンダルでさらに滑りやすく、あっと思ったときにはもうすべてが遅かった。


 大学三年の夏。齢二十一の早い死だった。

 それが前の記憶の最後。かなりオタク趣味に傾倒していたこと以外は特筆事項のないひとであったので、前世のことを思い返そうとは思わない。

 というより、思い出さないようにしている。両親や仲良くしてくれていた友人たちには申し訳ないと思うのだけれども、あの生に戻れないのであろうことは理解しているし、戻りたいと思うことはどこかから与えられたこの二度目の生にも今の両親にも失礼な気がして。

 そして単純に思い出に浸ることでクヨクヨしたくなくて。無理矢理にでも思い出さないようにして今まで生きてきた。


 この新たな生を大切にしたいと思う気持ちは強い、それになにより前よりは長生きをしたい──そんな気持ちだけを持って二十一年間の記憶を殺し、無邪気に生きてきた。

 今生の両親もよいひとたちで、日々を過ごすのに苦を感じたことはない。前世は前世、こういった幼い頃の記憶はなくなることも多いと聞くしもしかしたら一時的なものかもしれない。


 そんなふうに、そこそこ軽く考えながら小学校六年生になった。あの記憶を失うことなどないままに。

 梅の蕾がすこしずつ膨らみ、その豊かな芳香を冷たい風に纏わせている。そんな春の足音がするある日のことだった。


「み〜こ〜と〜ちゃん!もう、早いったら!」

「今日こそ勝ちたいんだもん!」


 大國おおくに美琴みこと。それが今の私の名前だ。みこと、という名の響きは前世と同じだけれど、苗字と名前の書きは異なる。かっちりとしたこすこし重みのあるこの漢字と名前を、とても気に入っている。


 下足室まで競争──その予定が、去年の担任に見つかってしまい早歩きに切り替わった。友達とお喋りをしながら、早足で帰路につく。

 白い息を吐き、くすくすと笑いながら競歩のようにたかたか歩いていると通学路の途中にある神社の前に人影が見えた。

 落ち着いたローズピンクのランドセルを背負う女の子。幼いながらも目鼻立ちははっきりしていて、遠目からでもその美しさがわかる、ハッとするような美人。

 髪は青みを帯びた白───いや、銀。陽の光と角度によってハイライト部分の輝きは色を変えていて、宝石のような虹色の輝きに思わず目を奪われてしまう。

 瞳の色は魅入られてしまいそうなほどの透明感と力強さを兼ね備えた柘榴石ガーネット、その内側には神々しい黄金色の輝きが見えた。


「……きれい」


 友達のつぶやきに思わず頷いてしまう。綺麗としか言い表せない、現実離れしたうつくしさの女の子。

 人を待っているのだろうか。神社の塀にもたれ、ぼんやりとしているその立ち姿だけでとても絵になる。

 その前を通り過ぎる際にふたりして横目でちらちらと不躾に見てしまっても、彼女はにこりと微笑んでくれて───その笑顔に、記憶が、蓋をしていた前世が、あたまのなかいっぱいに押し寄せてくる。


 ああ、ここは普通の世界じゃないかもしれない。私の知っている世界かもしれない。

 見間違えようがない。彼女は、あの子は。


 かつての私がどハマりしていた乙女ゲーム『巡る世界の終わりで君と』の主人公ヒロイン神無月かんなづき八雲やくもだ。


 ここは、あのゲームの世界で。


 私はなんの役割も与えられていない、平和でハッピーなモブということだ。



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