推しカプの壁になりたい!

あめのちゆき

プロローグ:私の幸せ


 推しがいれば生活が潤い、より幸せに生きることができる。だというのに、私の推しは好きな人と結ばれない星の上にいる。


 彼女の幸せを壊すのはいつだってプレイヤーである私だ。彼女を誰よりも幸せにしたいのに、私は誰よりも彼女を傷つけている。


 『私はねっ……あなたがしあわせなら、それでいいと思うの」


 淡路あわじ留莉とまり。夕焼けがよく似合う、赤褐色の柔らかいくせ毛が特徴のおんなのこ。攻略対象である天美あまみなおの幼馴染で主人公とも親しくなる、いわゆる親友ポジションのキャラクター。尚ルートにおいて鍵を握る人物でもある。

 どのルートでも主人公の幸せを心から願い、背中を押してくれる。

 もちろん、それは尚ルートでも変わらない。


 『二人が幸せなら、それがいっちばんいいよ! そうに決まってる!』


 彼女のスチルはこのシーンが唯一だ。その分、とても美しく描かれている。

 ふわふわの髪はやわらかく揺れ動き、涙の溜まった瞳は普段の数倍きらきらと輝いていた。黄昏色の瞳は夕立のあとの空のように澄んでいて、吸い込まれそうなほど。

 そのきれいな涙に、心を奪われた。無二の友のために感情を飲み込んで微笑みながら涙をこぼすこのスチルを、うつくしいと思わずにはいられなかったのだ。

 留莉の今までの表情、言葉、描写されてきた仕草たち───それらを見てきた。その涙の理由が喜びや嬉しさなどのしあわせな感情だけではないことは、痛いほど理解できる。

 主人公の親友である彼女の隠し続けた想いに気づかない愚かな傍観者プレイヤーにはなれなかった。


 彼女の幸せは彼女が決める。彼女にとっては、好きな人と結ばれることだけが“そう”ではなかったのだろう。

 けれど、尚ルートの彼女はどのシーンでも「二人が結ばれることが私の幸せ」とは言わない。


 二人の幸せを願うだけで、自分の幸せを願わないこの子が私は愛おしくてたまらなかった。

 それが自分の幸せにつながるわけでもないのに、大切な幼馴染を、想い人を、ともだちへの気持ちを優先するこの子が、だいすきで、幸せになってほしくて───でも、それはゲームのなかではかなわなかった。

 彼女はライバルなどではなく、主人公の親友となる子。プレイヤーがどのルートを選んでも、“幼馴染の相手役”という役柄を与えられてはいない彼女は尚と結ばれることなどない。


 やさしい彼女の選択。結ばれないからこそ美しい関係。

 ふたりの幸せを誰よりも願い、祝福し、そのときの彼女にとってせいいっぱいの笑顔を向ける───美しいそれを尊重するべきだということくらい、わかっていた。全てを理解した上で、彼女に尚と寄り添ってほしかった。


 ───この子に、私の推しである留莉に、尚と幸せになってほしい!


 その感情を吐き出すように、インターネットにふたりの二次創作を投下し続けた。

 恋愛ものから、良い友達として……幼馴染としてのものまで、それはそれはたくさん生み出した。


 けれど、それでは満たされない。公式が中途半端にふたりの想いを描くものだから、足りない。


 ああ、どうか、どうか神様。

 どこかの、もしもの世界線で構いませんので、ふたりが結ばれる未来が見せてはいただけませんでしょうか。


 それが叶うのであれば、私は、死んだって構わないから───まあ、これは冗談だけれども。


 だって、死んでしまったら、ふたりのしあわせを見ることは叶わないのだから。


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