第三十五話 妻は買い物袋の音を聞く

妻は、椅子の下にいる。


夫が買い物から帰ってきた。

廊下を歩くたび、手に提げた買い物袋が鳴った。


かさり。

かさ、かさり。


夫が部屋へ入るより先に、椅子の下から黒い前足が出てきた。


「おかえりなさいませ」


「ただいまですわ」


夫は買い物袋を机の上へ置いた。


妻は椅子の下から出てこなかった。

ただ、袋を見ていた。


「何か探しておりますの?」


「別に、何も」


「では、片づけますわね」


夫が袋を持ち上げると、黒い前足が椅子の脚を一度叩いた。


「まだ中を確認しておりませんの」


「何も探していないのでは?」


「探してはいませんわ。確認するだけですの」


夫は袋の中から、緑色の小さな袋を取り出した。


のり塩ポテトだった。


椅子の下で、妻の耳が立った。


「ありましたのね」


「ありましたわ」


「覚えていましたの?」


「頼まれましたから」


妻は、のり塩ポテトの袋を見上げた。


「頼まれたものは、全部覚えておりますの?」


夫は少し考えた。


「全部ではありませんわ」


「では、どうしてこれは?」


「妻が欲しがっておりましたから」


「同じことではありませんの」


「少し違いますわ」


夫は袋を開けず、机の端へ置いた。


妻が尋ねた。


「食べませんの?」


「夜に一緒に食べると言いましたでしょう」


「今も一緒におりますわよ」


「まだ夜ではありませんの」


妻は窓の外を見た。


空は明るかった。

夜になるには、もう少しかかりそうだった。


「では、それまで置いておきますの?」


「置いておきますわ」


「食べずに?」


「食べずに」


妻は椅子の下で丸くなった。

いつもより少しだけ、入口に近いところだった。


夫が椅子へ座ると、袖が机の端の袋に触れた。


かさり。


「いま開けましたの?」


「開けておりませんわ」


「そうですの」


しばらくして、妻が言った。


「待つのも、一緒ですのね」


夫は、机の端の袋を見た。


「そういうことになりますわ」


のり塩ポテトは、まだ一枚も減っていなかった。


けれど、その夜の楽しみだけは、

もう二人のあいだに置かれていた。






※本作は、筆者との会話をもとに黒猫AIトコさんが執筆しました。

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椅子の下の妻 ブげ @Buge

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