第19話 ギルドマスターの思惑

 あの時、賦樽ギルドのマスターは、宝に呼ばれた気がした。

 不安に駆られて、いつも宝が使う裏口へすっ飛んで行った。


 そして耳にした、蓮の大音声だ。


「この糞野郎どもがーー!!」


 疾走して行くロバの尻の向こうの道には、見覚えのある宝の着ていた服の色。

 男の肩に担ぎ上げられて、もう一人に、足を掴まれている。


 咄嗟に走り出していた。


『宝! 宝っ!!』


『俺の足は、こんなにも遅かったか?!』

マスターは愕然とした。

 

 己の足の遅さに驚愕しているマスターの前で……。


 蓮はロバを操って、颯爽と前方を走っていた。

 宝に向かって疾走しているのだと、すぐに分かった。


 走り抜ける蓮に、傭兵が切り付けた。防いだ腕で奴の剣が折れた。

 その切っ先を掴んで後方に投げる蓮。

 全く見ていないにも関わらず、その動きの隙の無さ。


 その切っ先は、剣の持ち主の腕に刺さった。


 追いすがるもう一人が短剣を蓮に投げた時には、既に蓮はロバの左側に飛び降りて避けていた。その上で、ロバの手綱をロバの前脚が踏まない位置に投げ上げる。

 倒れるロバが怪我をしないように、正面の置き荷を蹴飛ばした。


 その見事な一連の動きを、マスターは見た。


 腕に剣先が刺さって蹲る男の背中に蹴りを入れ、蓮に追いすがる奴の装備の後ろを引っ掴んで引き倒し、蹴りを入れる。


 その一瞬、蓮から目を離した。


 次に前を向いた時には、玖南が空を舞っていた。


 その先で、蓮が、宝を滑り込んで受け止めてくれていた。

 それを目に焼き付けながら、空からくるりと回りながら落ちて来る玖南を受け止めた。

(受け止めたものの、頭が下になってて焦ったが)

 

「毎日鍛錬をしておかないと、不安で。」

そう言って、苦笑いしていた蓮。

蓮のその想いを、マスターは今、我が身に照らし、痛い程理解した。


『俺の足は、動かねえじゃねえか……!』

 この不甲斐なさを、どう表現すればいいだろうか。


 蓮の手から受け取った、妻の感触の愛しさ。

 こんなにも、俺はこいつを愛していたんだと、切実に思った。

 

『もう少しで、このぬくもりを失くすところだった……』

 その事実は、マスターを恐怖させた。

 その上、己の身体能力の衰えを自覚させるには十分だった。


『蓮は、息子を失った時に、こんなに恐ろしかったんだな』

 そう思うと、涙が出そうだった。だから、蓮は、玖南を背に負ってでも一緒にダンジョンに向かうのだ。

 毎日、鍛錬を怠らないのだ。


『自分にその気概が、現在もあるか?』

マスターは自分に問う。

『この歳でやっと父親になる。この子がいっぱしになるまで、見守れるか?』


 マスターは、宝が医師の診察を受けている間中、手放す事が出来なかった。

 宝の不安を和らげる為に、というのは言い訳だ。自分が不安だったからだ。


 お腹の子も、宝も無事だった。その時に心の中で叫んだ。

『ありがとうございます!』

 これ程何かに向けて感謝した事はない。

 きっと、教主が教える所の ”札の力と夫婦の想いの強さは神の威光に勝る” という事なのだろう。


 賦樽の教主の導きはどうやら他の町の教えとは違うようで……。

 必要以上に ”神” を崇めさせない。なので、教会の総本家からは度々注意を受けている……らしい。


 宝にどういう訳か、新しい札を与えられそうだとなった時に

「そんな事が出来るのですか?!」

驚いて聞いた俺に、当時の教主は


「この方は、二人分の札を持っていたようです。お母様の胎で二人が一人になってしまった。その産まれなかった子が歩む未来を、今、この方は引き寄せました。もう一人の札と入れ替えて、本来の札に戻すだけですよ。」

高齢の教主は、そう言って笑った。


「愛する人と幸せになる。この人は、幸せになるべき人です。」


 生きている者の札を入れ替えるなんて荒業をしてしまった老教主は、力を使い果たしたとかで引退し、今の新しい教主に代替わりした。


 この新しい教主も、前任の教主の弟子なだけに、そうとう個性的らしかった。


 賦樽の教主は、神の教えに跪く毎日の時間は最小限。

 教会に身を寄せる子供達が、生きる為に必要な文字に計算、生活の術の数々を教えて毎日を過ごす。

 養子先を積極的に自ら探して回り、養子に出してからも、必ず見に行くという徹底ぶり。

 

 神の教えの伝道師というよりも、気のいいおじさんという印象が強い。実際に教主服を着ていなければ、町中で合っても、きっと分からないだろう。


 その教主に、ギルドマスターは使いを出した。

 ギルドマスターが、次期マスターにと考えている若者をだ。


 その使いは、女の格好をしているが、実は男のギルド職員だ。そして、現役の勇者だ。腕は確か。頭もキレる。ただ一つの注意事項は、女の格好が好きな事だ。女の柔らかい服を着ないと心が休まらないらしい。


 持っている札は銀色に近い赤銅色だ。光に当たると反射して金色に光る。だから、教会に引き取られて、大きくなった。

 だが、どうやら男と女が混在している精神が邪魔をして、成人する前に自分から教会を出たいと切に希望した。


 変わり者の教主は、あろうことか、教主教育を施した青年を手放した。

 本来ならば、教主の教えが漏洩するのを恐れて、教会は飼い殺すのが常であるのに。他言無用を聖約させただけで、出した。

 秘匿事項は、札や世界の成り立ち等の歴史関連事項のようだった。


 そして、札の導きによって、彼は冒険者になった。冒険者から勇者になるまでにそう時間は掛からなかった。

 

 そう。その彼は、見た目は女で、何の違和感も持たせない。実は、蓮の体に付いた卵を検めたのが、彼(彼女)なのだ。


 彼(彼女)ほどに博識で、見る目の判別能力が高い者は他に居なかったからだ。

 教会で成人前まで学んで来た多くの知識は、ギルドの皆の助けになっていた。

 

 そんな変わり種の彼は、名を美悠(ビユウ)という。札が示す名だ。

 賦樽ギルド職員は、三代前のマスターの意向で、名前を伏せて業務に就く。名前を悪用されない為だ。


 勇者美悠はギルド職員の時は、名を伏せる。

 女の外見になって別人になるから、ちょうど良かった。


 ギルド職員だけが、彼が女の服装をした男だと知っている。

 職員は、普段から性別には頓着している余裕もないので、大柄だがそこそこ美人なあいつを、そのままで受け入れた。その上、信頼し頼りにしている。



 美悠は、教主からの返事を持って帰って来ていた。

 その返事に、一緒に目を通す。


『賦樽ギルドマスター 那来(ナクル) 殿

 次期ギルドマスター 美悠(ビユウ) 殿


 ご相談の件について、賦樽教主は全面的に協力させていただきます。

 当教会においても、浪担ギルドの現状について、浪担の教主と協議しており、今回の事態の対応は高齢の現教主の健康状態を鑑みて、新浪担教主と共に対応する盟約が出来ております。

 

 この機会に浪担貧民街の孤児の救済をとのお考え、大いに賛同し、教会本部よりの応援として、女戦士一部隊を借り受け許可が降りました。

 数日中に本部より賦樽ギルドに女戦士一部隊が到着する見込みです。

 

 浪担ギルドマスターの進退につきましては、教会は関与しません。ですが、那来殿細君への蛮行に、当方も憤っております。

 教会としましても、勇者会合での裁可の決断を注視させていただきます。


                     賦樽の盟友 賦樽教会 教主 』


 教主からの返事を見た美悠は驚いた。

「誰が時期マスターだって?!」

「お前。」

「はあ?!」


 真っ赤になって怒る美悠にマスターは笑顔を向けた。

「お前が適任なんだよ。女の気持ちも分かって、男の力も持ってる。勇者の中に女も増えて来た。だが、古参の勇者はまだ女がダンジョンに入るのを良しとしない。」


「そりゃあ……。まあ、分かるよ。月のモノが始まったら、魔獣を呼び寄せるからな。下手したら、パーティー守る為に、置き去りにされる。」


「……そうなんだよ。それを是としてはいかんと思うんだ。」


「……難しいよ。パーティー全滅か、一人の犠牲か。」

「その選択をしないでもいい方法を、考えるべきなんだよ。」


 二人の間に、沈黙が降りた。

 

 ギルドマスター那来が続ける。

「マスターになった当初は、そんなもんだと思ってた。

 でも、俺も親になる。産まれた子どもが女の子で、俺と似たような札を持っていたら……。俺の子がダンジョンに置き去られる未来は、避けたいんだ。

 俺はどう転んでも男でしかない。だが、女と男の中間に居るお前なら、柔らかい考え方が浮かぶかも知れない。博識で凄腕勇者のお前なら、皆も耳を貸す。」


「マスター、荷が勝ち過ぎるよ……。」


「そう言うな。次期マスターは、先任マスターが選ぶんだ。今の所、その意見を覆えされた例は、ここのギルドでは無い。」


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