第20話 浪担ギルド
「失敗しました。」
見張りに行かせていた2名が、そんな答えを寄越した時、浪担ギルドのマスターは、握りしめた拳を振り上げてしまった。どうにか振り下ろしはしなかったが、失望が腹の蟲を煮えさせた。
『何でこいつらは、言われた事もできねえんだ。たかが女一人を攫うくらいを』
罵倒しそうになって、ぐっと言葉を飲み込んだ。
”たかが女一人” とは、賦樽ギルド長の妻の宝の事だ。ギルド長の妻を ”たかが” と言う訳にはいかないと、寸での所で口を閉じたのだ。
隣町の賦樽で採取された大フタル蝶の噂は、瞬く間に広まって、ダンジョンに命懸けで潜らなくても、一攫千金が簡単に手に出来ると皆が色めき立った。しかも、孵化させれば量産できる。
とにかく、美しい大きな蝶で、人懐っこく、手を差し伸べると、寄って来て留まるらしかった。
一目、見て見たかった。
蝶は無理でも、卵を手に入れたかった。
賦樽ギルドが建てた蝶の飼育場に人を向かわせたが、当初はギルドマスターが仕切っていて手が出せなかった。
やっと手薄になったとの情報を受けて、人を向かわせたが、誰一人成功せず、逃げ帰った者(始末した)戻らなかった者(捜索中)ばかりで、歯噛みした。
仕方が無いので、人質を取って交渉に持ち込もうと考えた。
選んだ人物は、賦樽ギルドマスター夫人の宝だ。
マスターの那来がぞっこん惚れこんで、娼館から買い取った女で、絶世の美女だとの噂は以前から周知だった。元々娼館に居たなら、少々味見したところでどうって事が無いのも、気楽だった。
自分の女が攫われれば、絶対にこっちが有利に話しを進められる筈だと踏んだのだが、楽勝だと考えていた人攫いも、上手くいかなかった。
『ちくしょう……!』
浪担ギルドのマスターの座を引き受けてから、ずっと思い通りにいかない。
浪担のダンジョンの管理が、予想以上に難しかったからだった。
前のマスターの時は、たいした事はしていない仕事なんだと思っていた。ところが、とんでもない仕事量だった。
しかも、ギルドのマスターは金持ちだと思っていたら、マスター個人が自由にしていい額は限られていて、入って来る金はギルドの収入だった。実際に勇者の頃よりも格段に少なくなった。
『話が違うじゃねえか』
心底からそう失望したのだ。
『やってらんねえぜ』
そう思わない日は無かった。
浪担は昔から、頻繁に魔獣が溢れ出て来て、住民は甚大な被害を被って来ていた。
魔獣を足止めする為の関や壕を築こうとしても、途中で必ず頓挫してしまっていた。町の有力者が協力しないのだ。
「自領に係る場所の景観が壊れる。」
とかいう、ふざけた理由で。
有力者達は、己の屋敷の周囲に立派な壕や塀を築いて、更に景色良く整えて、自分達が魔獣の被害を受けない為だけに注意を払っていて、一般の住人がどうなろうと見て見ぬ振りだった。
貧富の差は開くばかり。
有力者は隣町の有力者と結託して、庶民には手が出ない高級な品々をやりとりして、質の悪い物だけを町に流した。
浪担の産業は、山間地に自生する樹木に付く蚕が吐き出す糸を紡いで作る織物だ。その糸の美しい光沢は、自然が創り出す逸品として高額な取引がされていた。
色とりどりの蛾から産まれた蚕は、様々な色の繭を作り、その糸が創り出す色彩は、染色の必要が無い美しい布になった。
機織り娘が色合わせして織り上げた布は、実に美しい。……らしい。庶民がその布を目にする事は無いからだ。
浪担ギルドのマスターになって初めて、町の有力者に目通りが叶った。しかし、冒険者上がりの勇者を、敬うつもりはそもそも無いのを隠そうともしていない横柄な態度には、反吐が出た。
『こいつらを守る為に働くのは御免だな』
そう思ってしまった自分は悪くないと思った。
その思いを示す為に、魔獣が有力者の屋敷方面に向かった時は、わざと遅れて応援冒険者を出した。勇者は出さなかった。
甚大な被害を被った有力者の屋敷を見ても、何の罪悪感も湧かなかった。
そんな行いを重ねていたら、有力者達は、近隣の町の縁故先に移って行くようになった。元の屋敷は別邸とは呼ばれていたが、明らかに荷物の集積場の用途になり、蚕が繭になると、繭ごと移動させて、機織り娘を囲ったまま移住してしまった。
町に、産業が無くなった。
有力者の家に雇われていた者で、優秀な者だけ連れて行かれて、料理人や小間使い達は、仕事を失った。
蚕を飼う為の粗末な小屋に寝起きする、貧しい住民だけが山間地に居住するだけの侘しい町になってしまった。
町から商店が消えた。その上、農作物は魔獣に食い荒らされた。
旅人は、ダンジョンに潜る為に訪れる渡りの冒険者ばかりになった。
深部にまで潜るパーティーは、十分な装備がこの町では揃わないのが分かっているから、他の町で準備を整えてからやって来る。
宿場の宿代が跳ね上がったのは、仕方が無かった。宿に泊まれるのは、よっぽどのランクの者だけだ。低いランクの者達は、空き家になってしまった有力者が住んでいた廃墟に寝泊まりするようになった。
その廃墟に、野盗が住み着くようになった。
町の治安が悪化していき、夜には一般人が出歩けなくなった。
若い娘は親が家から出さなくなって、そのせいで、質の悪い奴らが家に押し入るようになった。
住民が武装するようになり、親戚同士で結託して各々が傭兵を雇うようになった。傭兵への駄賃が払えない家は娘を差し出した。
傭兵は、ギルドの意向よりも雇い主を優先するから、ギルドに登録した冒険者達と傭兵は険悪な関係になった。
親が望まない子供が増えて、貧民街に捨てられる子が増えた。
教会の教主から、町のギルドの運営方針に苦言が来るようになった。
本来は教会とギルドは協力関係ではあっても、お互いに不可侵だったにも関わらずだ。
浪担ギルドの運営に不満を持つ高ランクの勇者数人が、勇者会を招集しようとしていたので、各パーティーの中の弱い奴を拉致して脅したら、うまくいった。
そのままダンジョンから戻れないように画策して、運良く戻って来なかった。
どうしても勇者の格が落ちてきたので、冒険者のランクをギルド長権限でどんどん上げてやって、無理矢理に勇者にしていった。
ダンジョン深部に潜れる勇者は居なくなったが、他の渡りの勇者が潜って戦利品を持ち帰ってくれるから、不自由はしなかった。
マスターになって数年経って、好きな女が出来て、嫁に貰った。
運よく、すぐに子が授かって、ポコポコと四人の子宝に恵まれた。
一番上の子が
「ギルドマスターって、この町で一番偉い人なんでしょ。すごいな、父さん!」
そう言ってくれた。
その言葉で、ギルドマスターを退く気がなくなった。
ゆくゆくは、この子に引き継がせたいと思った。札の色は銅色だったから、無理な話ではない。
勇者にならなくても、誰かが息子の代わりにダンジョンに潜ってその成果を息子に譲れば済む話だ。潜った奴の口は塞げばいい。魔獣が溢れた時の犠牲者として。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます