第14話 玖南の待遇

 ギルドマスターは、奥さんの宝から、玖南の装備の背当てを損なってしまった件でこっぴどく叱られる事となった。


「なんで、切るの? 普通に脱がして欲しかった!!」

「いや……。焦ってしまって……。」

「分かるけど!! これを作ってくれた奥さんに、申し訳ないでしょう!!」


「すみません……。」

「縫おうとしたけど、硬くて、針も通らなかったわ! これじゃ、また頼んで作ってもらわなくちゃいけないじゃない。」

「はい……。俺も謝りに行きます。」


 そこで、蓮も口を挟んだ。

「済みません。宝さん。私ももっと注意して確認しておけばよかったんです。」


 宝は、蓮を見た。

「そうね。でも、透明なこの小さい卵を見分けるのは、難しかったと思うわ。

 私が怒っているのは、外し方です!!」

 蓮にそう言ってから、再び夫を見た。


「あの卵を見分けたあなたは、本当に凄いと思うわ。いつふ化するかも知れない卵だし、焦るのも、分かる。」

 そこまで言って、ふーっと大きく息を吐いた。


「くーちゃんに、何もなかったから、良かったわ。だから、私も一緒に謝るから。また同じに作ってもらえるように、お願いしてみるわ。」


「「お願いします!」」

蓮とマスターは同時に声を発していた。


 蓮の装備の中で、こちらの世界の生物の皮で製作されていた物には、卵が産み付けられていた。それはそのままギルドが回収した。


 玖南の装備品も、帽子や背当てなどの皮で作られていた重要な装備が回収されたので、その装備が揃うまでの期間は、ダンジョンに入るのは延期となった。



 例の黒い蝶、正式名称の ”クナ・フタル・オオクロヘンコウチョウ” は長ったらし過ぎて、誰にも使われず、 ”大フタル蝶” の呼称で落ち着いた。


 賦樽(フタル)の町の皆は、自分の町の名が付いたこの蝶に親近感を持った。


 高名な学者に名前を付けられた昆虫は、学者の名前がデカデカと冠されていたりして概ね不評な事が多かった。更に見た目との不一致感から、ほぼ学名では呼ばれないのが常だった、

 けれど、この ”大フタル蝶” は、見た目の美しさと町の名前の効果もあって、前評判で人気が出ていた。

 

 厄介な ”喰い荒らし虫” の親玉だと知れ渡ったのだが、安心なオスしか販売されないと分かったからでもある。



 賦樽(フタル)の町の外れに、ギルドはこの蝶の飼育場を作った。


 町の若い農民を大量に雇って、広大な荒れ野があった場所を開墾して、地面を均した。要した日数は2日。その上に、丸木小屋が1日で3棟建てられた。


 更に、もう1日で、飼育場の周囲に厳重に囲いが作られて、ギルドの飼育員しか出入りが出来ない場所になった。

 現在、警備の為の人員を雇う手筈を整えている最中だった。


 それと同時進行で、魔獣を処理した後の不要な部位を、蝶のエサとしてギルドが買い取る事にした。

 この行為が、各方面でのこの蝶への関心を更に高めた。


 魔獣の廃棄部位の悪臭と毒性に、町の業者は頭を悩ませていたからだ。

 これまでは、魔獣の廃棄部位はダンジョン内まで持ち込んで処分していた。

 臭いを発する部位を持ち込むものだから、ダンジョンに入った瞬間に襲われて負傷する者達が続出していた。駆け出し冒険者が請け負う事が多かった為に、持ち込む冒険者も命がけだったのだ。


 突貫工事の数日で窓も無い小屋が完成し、小屋内には鋼糸製の丈夫な網が張り巡らされ、大フタル蝶の卵が納められた。

 魔獣の廃棄肉の悪臭が漂う、ムッとする熱い空間が出来上がった。


 風も立たないおぞましい臭いの室内で、翌日には蝶の卵が震え始めた。

 蓮と玖南の装備に産み付けられていた卵が孵化し始めたのだ。孵化した瞬間、透明に透けて輝く小さな幼虫が頭を出した。


 卵を照らし出した明りを嫌うように、糸くずのように細くて小さい幼虫が次々に顔を出した。

 頭部が少し黒いだけの、その糸くず幼虫は、よくよく見ないと見失うような小ささだった。産まれてすぐから自分の卵の殻を喰い、その後からは卵が産み付けられていた皮を恐ろしい速さで喰い破った。そして、すぐその下の魔獣の廃棄部位の中に消えて行った。


 玖南の装備の帽子の表面に産み付けられた卵の幼虫は、魔獣の頭蓋骨のその骨の中を這いまわって、骨を喰いつくしていった。

 白い骨はスカスカの海綿のような形状になり、喰い足りない幼虫が、骨から這い出して、準備しておいた別の魔獣の骨に入っていった。


「こいつは、ダンジョン内の掃除屋のようだな。肉も、骨も、喰い尽くす。この幼虫の状態で魔獣に喰わせるのを試したいが、それはムリだからな。」


「マスター、家畜で試そうとか、止めてくださいね。家畜の苦痛の悲鳴を聞きながらここで作業するなら、私、辞めますからね!」

 そう言ったのは、ギルド職員で、蓮の体の卵を検めた、あの女性職員だった。彼女は比較的昆虫に詳しい。


「……分かってるよ……。」


「この虫に喰われた魔獣の肉は、悪臭を発しませんね……。」

「腐った臭いがしたら、他の魔獣が嫌って喰わなくなるからだろうか??」

 マスターが考察した。


「……あながち、当たっているかも知れませんね。この幼虫の排泄物に、腐敗防止作用があるのかも……。」


「どうにか、幼虫を取り出したい所だが……。」

「私、しませんよ!!」

「……だよな……。」


「見てました? あの、皮を喰い破る速さ! 掴んだ瞬間に体内に入られます!」

「……。」


 二人は、じっと、どんどん減っていく魔獣の肉を見ていた。


「何日くらいでサナギになるでしょうね。」

「元が、蝶だからな。普通の蝶くらいだろうと思うが……。」

「それなら、恐らく、10日前後。」


「肉の中から出て来る瞬間を、見逃すなよ。」

「そうしたい所なので、私は今日は、帰って寝ます!!」


「えっ?! じゃあ、ここは誰が見張るんだ?!」

「そりゃあ、マスター、あなたしか居ませんよ。」


「俺も、帰りたい……。宝は身重なんだぞ。」

「今日明日に、産まれる訳じゃないでしょう。まだ、3月は後ですよ。」


「誰か、腕の立つヤツ、寄越してもらってくれ。」

「冒険者に負けない腕の職員なんて、そうそういませんって!」


 大フタル蝶の存在が公になって、卵の孵化を行っている事が広まると、後先の危険を考えない無謀な輩が、飼育場の周囲をうろつくのを何度か見掛けるようになっていたのだ。


 こういう時に危険なのは、物資の搬入時だった。質の悪い冒険者が略奪に来る。


 マスター自らが常駐する形で、まだ衝突は起きていないが、この数日を凌いだだけだ。マスターが不在になれば、資材搬入の隙を突いて侵入しようとする事態は容易に想像出来た。


 マスターと、職員は、しばし考えた。


「蓮さん、今、ヒマしてませんか?」

「俺も、それ、今考えてたんだ。」


「まだ、ダンジョン用の装備揃ってませんよね。」

「玖南と一緒なら、蓮さんなら、雇われてくれるぞ。」


「ちょっと、くーちゃんが休めるベットとか、色々手配して、戻って来ます!」

「頼む!! そうだ、宝に頼んでくれ。万事抜かりなくやってくれる筈だ。」

「……マスター、奥さんに頼り過ぎですよ……。」


「……俺だって、家に帰りたいんだ! 宝に会いたいんだ!!」


 職員は、自分の上司の情けない言い分に、ため息をついた。


「分かりました! 万事抜かりなく、くーちゃんを連れて来れるように、手配して来ます!!」

「頼んだぞ!! 全ては、くーちゃん次第なんだ!」


 職員は、大急ぎで飼育場を後にした。


 蓮の快適性よりも、玖南を優先している事には、誰も気が付かないままで、話しはどんどんと進んでいった。



 そして、その数時間後には、ロバに引かせた荷車に積まれた大荷物と一緒に、蓮は玖南を背中に背負って、飼育場にやって来た。


 

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