第13話 札が導く未来
人は、この世に生を受けてから、名もらう。
その名は親や養育者が決定するが、本当にその人物が名付けているつもりであっても、実は何かに導かれてそう名付けさせられているのかも知れないと、蓮はずっと思っていた。
自分の名を教主が付けた時に、蓮はその事を感じたからだった。
蓮の名付けは8才と遅かった。名を授かった時にはちゃんと意識があった。
札の儀式の最中に、頭の奥から ”レン” と呼ばれた気がした。
そして、札に刻まれた名が ”レン” だ。字は読めなかったので、教主が字を決めてくれた。
教主は、教会の教主という、その職種の特異性からか、謎が多い人物なのだが、名付けや札については更に多くを語らない。
名目上は、親が付けた名を引き寄せた札に刻む作業をするという事になっている。
だがその刻まれた文字は、一般人が読める文字ではなく、古の文字であると言われている。文字がそもそも読めない蓮には分からないのだが、教主になった者にしか札の文字は読めないのだそうだ。
札の色も、一人一人が違う色を授かるが、似た色はあっても同じ色は無いそうだ。
何故か、魔獣の跋扈するダンジョンの深部に到達する者の札は銀色か赤銅色の者が多かった。その中でも、最奥の深部に到達できる者だけが銀色に近い色を示した。
だが、銀色の札を持つ者は、赤銅色の札を持つ者と違って、比較的若い段階でダンジョンに入るのを止める。
体の造りが赤銅色の者よりも弱いらしく、永くダンジョンに関わると命を縮めるからだった。
蓮の息子も、白銀色の札を持っていたから、もっと早くに勇者を引退しておけば、生きて自分の息子の成長を見られていたのだろう。
だが、彼はダンジョンに潜った。最後の仕事にと決めていたのかも知れないが、帰る事は無かった。
玖南の札は、赤銅色の中でも、金色に近い色だ。
金色に近い赤銅色の札を持つ者は、ダンジョンを創造したとされる、ダンジョン始祖の札がそうだったと伝えられている。
遥か昔の伝説で、実在したかどうかも怪しい人物なのだが。
そして、金色に近い赤銅色を持つ札など、伝説であって、存在しないと考えられていた。
教主の札を見た者は居ないが、一説では教主が持つ札は金色に限りなく近いらしい。玖南が教主になれる資質があったならば、札を得たその場で、教主が引き取る事になったのだろう。だが、そうはならなかった。
もしかしたら、蓮の息子の遺児でなかったら、その札の持つ迷信から、教会に取り上げられて、存在を消されていたかも知れなかった。
玖南が持った札に似た色の、教会の教義に登場するダンジョン始祖なる人物は、元々は教主の教育を受けながらも、異端児として追放された者だ。
追われた先でダンジョンを出現させてしまった事になっている。
ダンジョンが出現した事によって、そこから魔獣が産まれ、人々の生活を脅かす事態となった。だから、ダンジョン始祖者は忌み嫌われる存在なのだ。
いつの時代からか自然に、ダンジョンは存在するものとして定着し、そのダンジョンのモノで生計を立てる者達が現れた。
ダンジョンの植物や生物、鉱物、珍しい貴石などが、人の生活を変えていった。
今となっては、始祖者に関する忌まわしい教義があるかどうかも怪しまれながらも、珍しい銀色や赤銅色の札を持つ子は、ダンジョンに関わる者として、幼少期から認識されるようになっていった。
その札の色を持つ子は、成長しても、何故か生活基盤をダンジョンに頼らざる得ない運命を辿るからだ。
蓮の札の色も、ギルドマスターの札の色も、ダンジョンの深部に引き寄せられるという運命を意味する、赤銅色をしていた。色合いは違っていたが。
玖南の金色に近い赤銅色の札は、蓮よりも更に過酷な運命を暗示している色なのかも知れなかった。ダンジョンに生計を支えられている、勇者や冒険者達にとっては、金赤銅色は単に伝説上の幻の色と考えられてきたが、現に玖南の札はその色だ。
蓮は一般の職業の者が持っている色の、黒色や茶色の札が望ましかったのだが、蓮の孫であり、息子の子であれば、ダンジョンに引き寄せられても仕方がない事なのだろうか、と思った。
ダンジョン内は、人が生きていくには過酷過ぎる世界だ。
闇より暗い、真っ暗な洞内。日の光は届かず、水脈に近い場所では雨のように水が滴り落ちきて体を濡らす。それが単なる水であればいいが、時に強い酸や塩を含んでいた場合は、装備を溶かし皮膚を爛れさせる。
下層に降りれば降りる程、地熱の熱さが体を疲労させる、熱湯を噴き上げる箇所では有毒なガスが漂い、吐き気を催すような強烈な異臭を放っている。
そういった場所では美しい宝石や鉱石が採取できる。効能が高い薬石や薬草、貴鉱石が壁面に育っている。だから、命がけで採取するのだ。不意に濃度を増したガス噴出に巻き込まれる危険を冒してでも。
そんな油断のならない場所に順応し、環境の毒を体内に取り込んで生きる、植物や昆虫や魔獣が、ダンジョンには生息している。
彼等は暗闇でも見渡せる目を持ち、鋭い嗅覚で人の汗や体臭を感じ取って、好みの匂いの者を選別し、執拗に追って来る。
虫達は、その触覚と脚の繊毛で人の装備の弱い部分を探り当てて、闇に紛れて吸血しにやってくる。吸血箇所は止血が出来ず、その血の匂いが魔獣を呼び寄せる。
ダンジョンの深部に足を踏み入れ帰って来られるのは、それらの危機を回避して、肌に擦り傷一つ付けないで居られた者達だけなのだ。
ある意味、授かった札が、その奇跡的な偉業を助けているのかも知れなかった。だが、札にそんな魔法のような力があるとは、誰も思っていない。
札を持つ人は、どんな色の札であれ、只の人であったからだ。擦り傷も切り傷も負い、病にも罹り年も取る。
銀色と赤銅色の札を持つ者は、一般人よりも少しだけ筋力があって、体が丈夫で魔物の牙を見ても怯まず、刃を振るえる胆力がある……。それだけだ。
叡智を学び、札を授ける能力を授かった教主達でさえ、年老いて代替わりしていく。教会の教義をいくら極めたところで、寿命はやってくるのだ。
金赤銅色の札を持つ玖南も、少しの油断で命を落とす、小さな赤ん坊に過ぎない。オムツかぶれはしょっちゅうだし、よだれをこまめに拭いてやらないと、口周りがかぶれるのは、普通の赤ん坊と同じだ。
他の赤ん坊と違っているのは、ミルクよりも粥が好きで、筋骨格がしっかりしていて、抱くとずっしりと重く硬いと感じる事くらいだろう。
ギルドマスターは、玖南の赤毛の巻き毛を撫でると、盛大に鼻水をすすりあげて、涙を拭った。
「俺が泣いたって仕方ない。蓮さんが泣いてないのに……。済まないな。」
そう言った、直後。
部屋の扉がバーンと力いっぱい開けられた。
「ちょっと!! くーちゃんの背当て、こんな風に切って、もう使えないじゃないの!! 虫の卵の所だけくり抜けば、済んだでしょーー!!」
顔を真っ赤にして怒っているのは、マスターの奥さんの宝だった。
手には、虫の卵の箇所をくり抜いた、穴ぼこだらけの背当てがあった。肩部分の紐を、縫い付けようとした苦心の跡と、刺したままの縫い針(途中で諦めた模様)が見えた。
その剣幕に驚いたのは、マスターだけではなかった。マスターの腕の中にいた玖南も、ぱっちりと目を開けた。
宝と玖南の視線が合った。
玖南がにっこりと笑う。そして、たら~っとよだれを垂らした。
「あら~💕 くーちゃん💕 起きたの~。」
宝が玖南に、満面の笑顔を向けた。そして、すすすーっと近寄った。
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